感染者150万人でも発症わずか5%…夫を襲った”病魔”で元女性自衛官が思い知った「夫に寄り添えなかった代償」

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女性、高卒、二等陸士出身という異例の経歴ながら、陸上自衛隊の幹部にまで駆け上がった有薗光代氏。自分の道をがむしゃらに突き進んでいた彼女の生き方を変えたのは、「夫の余命宣告」という試練だった……。

前編記事はこちら→夫の「余命110日」を告げられた帰り道…元女性自衛官が涙より先に口にした「ある言葉」

初の著書『セルフスタータ― 自分で自分を動かすスキル』で注目の有薗氏が、当時の経験を通じてつかんだ「人生で本当に大切なこと」を教える。

「力の使い方」を誤ってはならない

夫は、制約を力に変えるセルフスターターそのもの。そして、彼との人生を通じて私がもう1つ学んだのは――力には、代償があるということです。

私は「思考は現実をつくる」と信じ、突き進んできました。障害を障害と見ず、成果を楽しみに変え、駆け上がっていった日々でした。自衛隊で最下級からはじまった歩みは、まるで特急列車のよう。それは私の力というより、いつも大きな流れにあと押しされていたように思います。

けれども、制御できないエネルギーは、時に暴走し、自分も周囲も傷つけます。私は、その現実に直面しました。

成人T細胞性白血病――日本には約150万人の感染者がいるとされ、そのうち発症するのはわずか5%。夫の体に潜んでいた「眠る地雷」が、ある日突然、火を噴きました。それは突然の余命宣告をともなって。

もちろん、医学的には私の責任ではありません。けれども、暴走した自分のエネルギーが、その地雷を起動させてしまったのではないかと、長く心を締めつけました。

南スーダンから帰国後、自分が「価値を感じられる仕事」と日々「求められる業務」のあいだに、少し距離を感じるようになっていました。

もちろん、私を育てようとしてくれる上司や、組織的な配慮は十分にありました。それでも、フロアで唯一の女性として、前例や慣習に縛られる空気、部署間の力学に神経を使う場面が多く、いつの間にか本来やるべき場所とは違うところに、時間とエネルギーを費やしている――そんな感覚がありました。

「この仕事は誰がやっても同じではないか」。そう思うたび、自分で考え動くよりも、流れに合わせて「こなす」日々に傾いていく。それは、自分の輪郭が薄れていくようでした。

米陸軍工兵学校や国連のミッションでの経験を得た私には、心から価値を感じられる仕事は、全体の3割程度にしか映っていませんでした。

それでも私は、「努力が足りないからだ」「我慢すれば景色が変わる」と自分に言い聞かせ、自己との対話を置き去りにしていました。

毎朝3時に起きてヨガと瞑想。始発で出勤。帰宅は娘の就寝前に間に合うかどうか。

そんな「修行僧メニュー」は、無理だとわかっていてもやめられませんでした。

そうでもしなければ、自分が壊れてしまう気がしたのです。

「無意識の我慢」が心を削っていく

やがて、心も体も静かに崩れていきました。

能面のように感情が動かず、頭痛と動悸が止まらない。大好きな本が開けない。布団から出たくない。なぜか悲しくて消えてしまいたい――。

そんな私の変化を映すようなタイミングで、夫は体調を崩し、余命宣告を受けました。

夫が余命宣告を受ける前の私は、心身が限界に近く、自分自身の異変にも気づけていませんでした。そして、同じく体調のすぐれない夫に、「自己管理ができていない」「足を引っ張らないで」と、風邪がうつるのを避けて別室で寝る――そんな冷たい選択をしていたのです。

夫が私を最も必要としていたかもしれないときに、寄り添えなかった罪悪感が私を長く苦しめました。

夫の闘病生活は約半年に及びました。

最後はウイルスが神経にまで到達し、意識は朦朧。

話すことも動くことも叶わなくなりました。たくさんの管につながれ、呼吸器に支えられた夫の体は痛々しく、私は何もできない無力感で途方に暮れていました。

それでも私が、病室で「ありがとう」や「娘の近況」を語りかけると、不思議なほど穏やかな時間が流れていました。

そして、私と娘が見守るなかで、彼は静かに息をひきとりました。

部屋の空気が止まり、もう二度と戻れない現実が、ゆっくりと体の奥に沈んでいきました。

自分を満たしてこそ人にやさしくなれる

最も私を支えてくれた人に、心を尽くせなかった。振り返れば、夫の人生のなかで、私は暴れ馬のようだった。その後悔は、長く私のなかで消えませんでした。

ただ、いまならわかります。人に寄り添えないのは、自分が満たされていないから。

休んでいる人に苛立つのは、自分が休めていないから。

自分の庭に水をやらずに、他人の庭の雑草を抜こうとしないでください。

まず、自分を満たし、整えること。それができてはじめて、人にやさしくなれます。

夫の死をきっかけに、私は3つの決意をしました。

・自己との対話ができないような状況に自分を置かない

・心に一致するものに、時間とエネルギーを注ぐ

・感謝は、思った瞬間に届ける

退職し、山や川、星空に囲まれた和歌山に移り住んでから、ようやく静かに自分と向き合い、泣きじゃくり、再起動の力を得ました。

夫の存在は、私に「止まる勇気」を与え、結果的に次のステージへと進む決断を促しました。彼は、自分の心の声に耳を澄ますことなく走り続けていた私を自由にし、本当の意味でのセルフスターターとして、生きる道を拓いてくれたのです。

「暴れ馬」にならないために心に留めること

「あなたは、なんのために生きていますか?」

以前は、その問いに、答えられなかった自分がいました。

17歳で特攻隊の遺書に衝撃を受けて以来、「国のために」と生きてきた20年。自衛隊は、私を育ててくれた学校でした。

だからこそいまは、自衛隊の制服を脱いだ私にしかできないかたちで、任務を昇華させることにしました。この経験を共有することで、あなたが「自分の心の平和」を取り戻すきっかけになれば――それが、いまの私に与えられた任務です。

そしていま、この文章を書くこと自体が、私にとっての自己との対話であり、癒しであり、心をほどく時間になっています。

あなたは、最近いつ、自分の心に水をやりましたか?

それは、大切な人とすごす時間かもしれません。

あるいは、誰にも邪魔されずに自分と向き合える静かな朝かもしれません。

セルフスターターは、自己との対話を欠けば暴走します。

自分を守ることは、攻め続けるための最大の戦略です。

心に水をやり、感謝を忘れず、暴れ馬にならずに道を進むこと。

自分を守るとは、自分の「司令」を取り戻すこと。その内なる自分の声を聞ける人が、最も遠くまで走り続けられるのです。

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