なぜアメリカ人はトランプという「救世主」を求めたのか?…労働者や農民ら「非エリート」による、傲慢な都市部「エリート」への反乱
ロシアによるウクライナ侵攻、世界的な移民排斥運動、権威主義的国家の台頭、トランプ2.0、そして民主主義制度基盤の崩壊……。
「なぜ世界はここまで急に揺らぎはじめたのか?」。
発売からたちまち重版が決定した話題書、『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』(川北省吾 著)では、共同通信社の国際ジャーナリストが、混迷する国際政治の謎を解き明かすために、国際政治学者や評論家、政治家や現場を知る実務家へのインタビューを敢行。辿り着いた答とは?
本記事では、〈アメリカ国務省の「奥の院」が見通せなかった現実…トランプ登場以前に始まっていた「秩序崩壊」の全プロセス〉に引き続き、グローバル化が生んだ格差と、エリート層への反発から読み解く「ストロングマン」台頭の背景について詳しく見ていく。
※本記事は、川北省吾『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』より抜粋・編集したものです。
ダボスマン
キメジによれば、そうした時代潮流を生んだ主な原因は、冷戦後のグローバル化にある。国境を越えたヒト・モノ・カネの往来は、「勝ち組」と「負け組」を生んだ。成功した人はほんの一握り。多くの労働者は不利益を被った。
それを示す象徴的な言葉がある。「ダボスマン」だ。考案したのはサミュエル・ハンチントン。話題作『文明の衝突』(1996年刊)で今日の文明間対立を予言し、長年、ハーバード大学の教授を務めた国際政治学の泰斗である。
彼は「死せる魂 国民性を喪失したアメリカのエリート」と題する2004年の論考で、この言葉を世に送り出した。掲載したのは「ナショナル・インタレスト」。フランシス・フクヤマが「歴史の終わり?」を発表した外交誌だ。
ダボスとは、スイスの保養地ダボスで開かれる「世界経済フォーラム」の年次総会(ダボス会議)を指す。ハンチントンは、会議に参集する政治家、企業家、外交家、知識人、国際公務員ら「ダボスマン」を厳しく告発したのだ。
ダボスマンはグローバル化の恩恵を受け、冷戦後の世界に現れた「新興のグローバル・スーパークラス」である。国境を越えた自由な往来を是とし、国家間の障壁撤廃を歓迎し、国民国家を時代遅れと見なす。
しかし、ハンチントンに言わせれば、彼らの魂は死んでいる。庶民と懸け離れた高みの世界に身を置き、社会とのつながりを欠く「根無し草」のような「無国籍」エリートだ。キメジによると、ハンチントンはダボスマンを軽蔑していた。
ダボスマンたちが浮世離れした世界にどっぷり浸かっていたとき、足元では多くの同胞が苦しんでいた。長年勤めてきた工場が人件費の安い国に移り、仕事をなくして生活基盤が崩壊した人たちである。
ところが、彼らの窮状が顧みられることはなかった。中央の政治エリートは既得権にまみれ、保身と私欲に身をやつす。日々の暮らしに悪戦苦闘する労働者や農民たちは「忘れられた人々」として置き去りにされた。
そうした中、「救世主」を渇望する声が日ごとに強まっていく。「苦境から救い出し、『より良い場所』へ導いてくれる強い指導者」(キメジ)である。グローバル化のひずみこそ、ストロングマンの台頭というトレンドラインを生んだのだ。
ヒルビリーの哀歌
その潮流は、源のロシアから水勢を増し、アメリカにも流れ込む。巨大な奔流は干天の慈雨のごとく、東部から中西部に広がる「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」のグラスルーツ(草の根の民衆)に染み込んでいった。
第2次トランプ政権の副大統領J・D・バンスが16年に刊行し、第2章でも紹介した自伝的作品『ヒルビリー・エレジー』の中に、ラストベルトの荒涼とした風景を生々しく描き出したくだりがある。
「何百万人もの人が工場での仕事を求め、移住してきた。それに伴って、工場の周辺地域にはコミュニティができた。活気はあったが、極めて脆弱だった。工場が(人件費の安い国に移転するなどして)閉鎖されると、人々はそこに取り残される。教育レベルが高いか、裕福か、あるいはコネに恵まれている人たちは、そこを去ることができたが、貧しい人はコミュニティに残された」(注3)
こうした製造業の空洞化に伴って地域社会は廃れ、絶望した人々は薬物におぼれた。初等・中等教育制度の崩壊と相まって、かなりの人が貧困から抜け出せなくなり、格差が固定されていく。
「われわれアメリカ人には、グローバル化が中間層に不利益をもたらしているとの実感がある」とキメジは語る。トランプは16年11月の大統領選で、そうした不満に応え、「忘れられた人々」の尊厳と力を取り戻そうと試みた。
一方、対抗馬となった民主党の政治エリート、ヒラリー・クリントンは、トランプ支持者を蔑むような言葉を投げかけた。「彼らの半分は『惨めな人々(basket of deplorables)』」──。投票日を2ヵ月後に控えた時期だった。
発言は大きな批判を招き、トランプ陣営は「何百万人もの米国人に対する侮辱だ」と反発する。クリントンは「発言の一部は不適切だった」と釈明したが、困窮する労働者層と、都市部を基盤とする政治エリートとの溝を印象づけ、一敗地にまみれた。
トランプは、「ロシア大統領のプーチンからトルコ大統領のエルドアンに至る他のストロングマンと同じ課題に直面している」とキメジは言う。それは「『都市』対『農村』」「『エリート』対『非エリート』」の亀裂である。
トランプを勝利に導いた16年のアメリカ大統領選は、労働者や農民ら非エリートらによる都市部のエリートへの反乱だった。グローバル化の「負け組」による「レコンキスタ(失地回復)」だったのだ。
それでも、「草の根の人々の怒りが十分に理解されていたとは言い難い」とキメジは言う。多くの人は、民主主義大国のアメリカがロシア発のトレンドラインにのみ込まれ、その流れの一部になるとは思っていなかったからだ。
だから「トランプ時代は『一時的な逸脱』と考えた人が少なからずいた」という。トランプが20年11月の大統領選で民主党候補のジョー・バイデンに敗れ、再選を果たせなかったことも、そうした見方を後押しした。
だが、楽観論は4年後に打ち砕かれる。24年11月の大統領選で、トランプが民主党候補のカマラ・ハリスに大勝したからだ。トランプは25年1月、第47代アメリカ大統領に就任し、復権を果たした。
キメジは言う。「今となってみれば、バイデン前政権の4年間こそ、本来の軌道から外れた『一時的な逸脱』だったように思われる」と。「バイデンではなく、トランプの方がトレンドラインの本流だったのだ」
*
さらに〈「世界の警察官」の座を降りたアメリカの「ギブアップ宣言」がもたらしたもの…なぜアメリカは「唯一の超大国」ではなくなったのか〉では、アメリカが「世界の警察官」を辞めることになった経緯や、それによる国際秩序の混乱について詳しく見ていく。
注3 J・D・ヴァンス『ヒルビリー・エレジー』(光文社)P229〜230
【つづきを読む】「世界の警察官」の座を降りたアメリカの「ギブアップ宣言」がもたらしたもの…なぜアメリカは「唯一の超大国」ではなくなったのか
