TSMC、サムスン、インテルが逆らえない日本企業…半導体「前工程」を支配する「会社の正体」
競争力を削がれた日本の製造業における「失われた30年」を取り戻すべく、高市政権は「国家主導の産業政策」の方針を掲げて支援を進めている。果たして、日本の製造業は復活できるのか。登録者数100万人超の人気YouTubeチャンネル「大人の学び直しTV」のすあし社長が解説する。
※本稿は、すあし社長『この国の「なぜ?」が見えてくる日本経済地図』(かんき出版)の一部を再編集したものです。また、2025年12月時点の日本経済、世界情勢に基づいて執筆しています。
国の支援で日本の製造業は復活できるのか
日本の製造業は、長らく「モノづくり大国」として世界に名を馳せてきましたが、その栄光は色褪せつつあるように見えます。半導体産業では台湾や韓国に圧倒され、電気自動車(EV)では中国勢に市場を奪われ、国内ではエネルギーコストの高騰が企業の競争力を削いでいます。
そんななか、高市政権は「国家主導の産業政策」という方針を鮮明にしました。北海道千歳市で進む次世代半導体プロジェクト「Rapidus(ラピダス)」への巨額支援、そして原子力発電の再稼働・拡大による電力コストの引き下げ。これらは日本経済の屋台骨を立て直す「大いなる賭け」と言えます。
しかし、国家の支援で本当に日本の製造業は復活できるのでしょうか。
ここでは、日本が依然として持つ「隠れた強み」とは何か。半導体やEVといった最先端分野で日本が直面する「周回遅れ」の現実を見つめます。さらに高市政権が推し進める原発回帰政策が、果たして日本経済の救世主になるのかを検証していきます。
「日本の製造業とは?」この質問に多くの人が思い浮かべるのは、トヨタやソニーといった完成品メーカーの製造企業でしょう。しかし、それだけではありません。日本の真の強みは、一般消費者の目には触れない「縁の下の力持ち」にあります。
それが素材、部品、そして製造装置の分野です。これらは「B To B(企業間取引)」の世界であり、世界中のメーカーが最先端の製品を作るさい、日本企業の技術なしには成り立たないという圧倒的な存在感を持っているのです。
特に注目すべきは、半導体製造装置における日本企業のシェアです。そもそも、半導体を作るプロセスは、大きく「前工程」と「後工程」の二つに分かれます。
このうち「前工程」とは、シリコンウェハという円盤の上に、ナノメートル(100万分の1ミリ)単位の超微細な回路を描き込む作業のことです。イメージとしては、更地(ウェハ)の上に、超高層ビルがひしめく巨大都市(回路)を建設するようなものです。
ただし、そのスケールは髪の毛の数万分の一という極小の世界。少しの塵やズレも許されない、人類史上最も精密なモノづくりです。
日本ならではの高度なパッケージング技術
この「前工程」において、2025年の市場データを見るとその支配力は驚異的です。
例えば、最先端の半導体製造に不可欠な「コータ/デベロッパ」という装置があります。これは、半導体ウェハ上に感光材料(フォトレジスト)を塗布し、露光後に現像する装置です。この分野で東京エレクトロン(TEL)は、世界シェアの84.1%を握っています。
さらに、最先端のEUV露光工程で使われるコータ/デベロッパに限れば、TELのシェアはほぼ100%に達しているのです。
つまり、台湾のTSMCであれ、韓国のサムスンであれ、アメリカのインテルであれ、世界のどの企業も最先端の半導体チップを作ろうとすれば、TELの装置に頼らざるを得ないのです。これは、まさに「技術的なチョークポイント」を握っているということです。
他にも、ウェハを洗浄する装置では、SCREENホールディングスが34.7%のシェアを持ち、エッチング装置(回路パターンを形成する装置)ではTELが世界2位の25.3%、熱処理装置ではTELとKOKUSAI ELECTRICの2社で合計約43%のシェアを握っています。
こうした製造装置の分野で日本企業が強いのは、長年にわたって蓄積してきた「擦り合わせ技術」の賜物です。
半導体製造は、極めて高度な精密制御を要求される世界であり、装置メーカーは半導体メーカーと密接に連携しながら、ミクロン(1000分の1mm)、ナノメートル単位での調整を重ねていきます。この地道なプロセスを積み重ねる忍耐強さと技術力こそが日本企業の強みなのです。
そもそも、半導体の進化は長らく「微細化」が全てでした。「チップの上に、いかに細く、いかに多くの回路を描けるか」、この競争(ムーアの法則)の限界が近づき、単に回路を細くするだけでは性能が上がらなくなっています。
そこで起きたゲームチェンジが、「横に広げられないなら、縦に積めばいい」という発想の転換です。複数のチップをビルのように縦に積み重ねたり、異なる機能のチップをレゴブロックのように組み合わせたりして、劇的に性能を高める。これを「アドバンスト・パッケージング(先端後工程)」と呼びます。
生成AIの頭脳であるNVIDIAのGPUや、最新のAIサーバー。これらは全て、この高度なパッケージング技術によって作られています。
「シェアほぼ100%」という驚異的な独占状態
そして世界のテックジャイアントたちが血眼になって求めているこの領域、「後工程(パッケージング)」において、日本は他国の追随を許さない「圧倒的な独占シェア」を握っているのです。
まず、チップを積み上げるための「絶縁材(ABF)」では、食品メーカーとして知られる味の素グループが、全世界の高性能パソコンやサーバー向けで「シェアほぼ100%」という驚異的な独占状態にあります。味の素の技術がなければ、世界のデータセンターは稼働すらしないのです。
また、チップを保護し接着する「封止材」などの先端材料では、レゾナック(旧・昭和電工と日立化成が統合)が世界トップシェアを誇ります。さらに、積み上げたチップを極限まで薄く削り、切り分ける「ダイシング(切る)・グラインディング(削る)」装置の分野では、ディスコが「世界シェア7〜8割」を握っています。
高性能チップを載せる土台となる「ICパッケージ基板」でも、イビデンや新光電気工業といった日本企業が、AIサーバー向けなどのハイエンド分野で世界をリードしています。
TSMCが茨城県つくば市に開発拠点(TSMCジャパン3DIC研究開発センター)を設置した真の狙いもここにあります。
彼らは日本の労働力や工場用地を求めたのではありません。「ほぼ100%」や「8割」といったシェアを持つ日本の素材・装置メーカーとの密接な連携なしには次世代の半導体が物理的に作れないことを誰よりも知っているからです。
「前工程の装置」と「後工程の独占素材」。この上流と下流の両端という「チョークポイント」を握っていることこそが、日本が半導体サプライチェーンにおいて、アメリカや中国からも無視できない存在であり続ける真の理由なのです。
高市政権は、この技術的優位性を戦略的カードとして認識しています。「日本の装置がなければ最先端チップは作れない」という事実は、強力な交渉材料となっているのです。
ただし、日本が製造装置という「土台」では高いシェアを持つ一方で、半導体チップそのものの製造といった最終製品の分野では苦戦を強いられています。くわしくは後編記事〈トヨタ、ソニー、NTTも出資する「ラピダス」の正念場…TSMCでさえ苦戦する半導体の「巨大な谷」の正体〉でお伝えします。
