タイ総選挙、アピシット元首相の訴え不発 「クリーンな政治」掲げるも党勢回復せず

2月8日投開票されたタイ下院(定数500)総選挙で、主要3党に続くダークホースとして、かつての二大政党の「民主党」に注目が集まった。「クリーンな政治」の理想を掲げたアピシット元首相が率い、党勢の回復を予想する報道が過熱したが、結果は21議席にとどまった。地元密着で農家に実利をもたらす連立与党に票が流れる結果に終わった。(共同通信バンコク支局=伊藤元輝)
「ビッグ4の戦い」。投票日が迫った2月6日付の英字紙バンコク・ポストは1面でこう報じ、民主党が上位3党に肉薄する可能性を指摘した。結果は政権与党「タイの誇り党」が191議席の大勝。改革派野党「国民党」が120議席、タクシン元首相派「タイ貢献党」が74議席で、民主党は第5党に沈んだ。
野党の民主党はアヌティン政権への不満をすくい上げていたはずだった。「対応が遅くて失望した」。選挙期間中の2月上旬、南部ハジャイの市場では、2025年11月末の大規模洪水対応で後手に回った政府に不満の声が多く聞かれた。南部限定の世論調査では、アピシット氏を首相に推す回答が5割を超えた。
1946年結党の民主党は清廉な政治家として知られる政界の重鎮、チュアン元首相の出身地、南部に地盤がある。師事したアピシット氏は2008〜2011年に首相を務め、当時の二大政党のタクシン派政党と対峙。その経緯から評価はさまざまだが、経験や知名度があって人気は健在だ。一時は政界から距離を置き、昨年党首に復帰した。
ハジャイで開かれた選挙集会でアピシット氏は「票の買収を持ちかけられても惑わされないで」と約1万人の支持者に訴えた。解散前に連立政権に入っていた親軍「クラタム党」を意識した発言だ。同党は議員の国際犯罪組織や賭博への関与疑惑が取り沙汰され、党幹部は否定するものの「グレーな政党」との疑念が向けられていた。
だが、ふたを開けてみればクラタム党は各地の農村地帯で勝利し、58議席の第4党に食い込んだ。民主党は南部の多くの選挙区でクラタム党や誇り党に競り負けた。アピシット氏個人の人気が目立った民主党に対し、クラタム党は「地上戦」で勝利したとタイメディアは分析。連立で得た農業・協同組合相のポストを生かし、農家に作物の価格上昇策を直接訴える手法が奏功したという。
この構図は第1党争いでも指摘される。内相ポストを生かして地方有力者と関係を構築した誇り党に比べ、政治改革の理想を訴えた野党の国民党は伸び悩んだ。チュラロンコン大のサティトーン講師(政治学)は「地方有権者の投票行動は人間関係に影響を受けやすく、都市部とは大きく異なる」と指摘した。





