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女性被告は泣きじゃくっていた。

横浜地裁で開かれた公判の証言台には、被告の夫がいた。弁護側の情状証人として出廷。同時に、被害者でもある。

40代の被告は25年10月の夜、神奈川県内の自宅で同年代の夫に対して刃渡り12センチメートルの包丁を振り回し、左肩に全治2週間の切創を負わせたとして傷害罪に問われていた。当時、被告は酒を飲んでいて、切りつけたこと自体の記憶はない。

2011年に結婚し、約15年となる。子どもはいない。夫は勾留中の被告のところに週1回程度は面会に行き、本などの差し入れをしてきた。「面会中はどのような話を?」と問われた夫は、「(飼っている)犬の様子がどうだとか…」と言いながら嗚咽(おえつ)。被告もつられるように声を上げて号泣した。

夫は今回の事件で被害届を出すかどうかも「罪が重くなってしまうかと思い、迷いました」と明かした。被害を受けながらも、妻への思いは残っているようだ。実際、夫は「ふだんは夫婦2人でお酒飲んでテレビを見て、妻の機嫌がいいときは楽しく飲める」とも話す。

夫婦の共通の友人で飲食店を営む男性も、証人として「夫婦で一緒にお酒を飲んで、途中で言い合いの喧嘩(けんか)になっても、最後は手をつないで帰っていく」と証言。“喧嘩するほど仲がいい”の典型のような夫婦だったのかもしれない…。

ところが、夫の歯切れが次第に悪くなっていく。

弁護人「被告人が病院に行って(メンタル面の)治療をちゃんと受けるとなったら、受け入れることはできますか」
夫「現在、すぐに答えることはできません…『はい』とは言えません」
弁護人「病院に付き添いで一緒に行くことはできますか」
夫「今の段階では…行けない」
弁護人「実際に同行できなくても、気持ちで寄り添うことはできますか」
夫「今の段階では…できない」

弁護側としては、被告が社会復帰した後も夫婦で一緒に暮らし、夫が被告の日常生活を監督していくことを約束する流れを期待していたはず。夫の予想外の返答に、やや困惑した様子の弁護人は「なぜですか」とたずねた。夫は、いかにも言いにくそうな様子で次のように答えた。

「離婚を考えているからです」

その瞬間、ハンカチで涙をぬぐい続けていた被告の涙がピタッと止まった。“エッ”と言いたげな、意外そうな表情を浮かべた。

いきなりの離婚宣言。その裏事情は、ほどなく判明した。

弁護人「一緒に住むことは、全く考えられないですか」
夫「離婚してしまえば、それは…」
弁護人「被告人が釈放された場合、行くところを一緒に見つけたりとかは」
夫「それは…難しいです」
弁護人「難しい事情は、何かありますか」
夫「自分も一人で暮らしているわけではないので…両親とも暮らしているので、みんなの気持ちを考えて…」

自宅の同じ敷地内で隣接する別棟に、夫の両親が住んでいた。夫が被告に切りつけられた際に逃げ込んだのが両親の住む“実家”で、夫の実父が110番通報した。

検察側によると夫の実父は捜査段階で、被告について「ふだんはおとなしいが、酒を飲みだすと豹変する」と当局に説明していた。「(夫婦は)特にここ数年は喧嘩ばかりで、事件の1週間前もテーブルに包丁を突き出して『死ぬなら死んでみろ』と言っていた」ほか、夫の父に対しても「『オヤジのせいだ』などと何度も罵倒された」とも供述。

一方、共通の友人男性は捜査段階で「被告が夫の実母から酷い差別を受けていたようだ」と当局に話していた。被告と舅姑(きゅうこ)との間でかなりの感情のもつれ、軋轢(あつれき)があったのは明らかで、夫の離婚決意も両親の意向が背景にあった。

弁護人「家族の意向は横に置いて、あなた自身としての考えはいかがですか」
夫「………まあ………」

夫は、明確に答えることができなかった。

ワインを主人にかけたところまでは覚えている

続いて被告人質問が行われ、被告は事件前の自身について「常にお酒が入っているような感じ」と苦笑交じりに明かした。精神安定剤や睡眠導入剤を酒と併せて飲むこともあり、その影響からか記憶をなくすことがたびたびあった。農業を営んでいた夫が最近は精神面の不調を抱えて働けなくなったこともあり、生活がやや荒んでいたことがうかがえる。

事件時は前夜に夫の姉の誕生日会を自宅で開き、被告は「場を盛り上げるため」に夫に対して「物まねをするように」求めたが断られたことに立腹した。

「義姉さんが離婚されて、初めて一人での誕生日会だったので私も気を遣っているのに、なんで実の弟が配慮しないんだろうと思いました」

会が終わって寝て、朝起きて夫婦で酒を飲みながら言い争いになった。途中で数時間寝て、起きたら「また大きな喧嘩に」なり、さらにもう一度寝て、起きて、事件になった。「ワインを主人にかけたところ」までは覚えている。気付いたら、「警察署にいた」。

被告「主人の精神疾患への悩みとか、主人の両親との同居で気を遣い、両親に直接言えない分、主人にあたったりして、お酒も増えていきました」

夫の性格について「主人は親きょうだいに押されちゃうところがあって、話を周りから固められてしまう。『どうしたらいいか』と私に相談してきたりすることもあります」と被告。今後も夫と一緒に暮らしていくかを問われると「はい、もちろんです」と即答しながらも、「夫が言葉にして(離婚について)言ったのは初めてなので、あーそうなんだ、と…」。法廷で離婚宣言されたショックは隠しきれない様子だった。

事件後、身柄拘束されて“断酒”状態にある被告は法廷で、夫や友人男性の証言に涙することがあった以外は比較的落ち着いた様子で受け答えしていた。弁護人が「驚くほど(精神状態が)安定してきている」と言及するほどだ。

判決は拘禁刑1年6月に執行猶予4年が付された。これまでは適当だった服薬や通院、そして何よりも酒量をきちんとコントロールして、希望する夫との結婚生活をやり直すことはできるだろうか。

文/篠田哉 内外タイムス