【アニメ大先生】マフティーを名乗る覚悟の果て『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』
連載第21回を迎える今回は、八木美佐子アナウンサー(16回目)とともに、宇宙世紀の正統なる後継作にして、映像表現の極致とも言える『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』をピックアップ。
★マフティーを名乗る覚悟の果て『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』
AirDropの端末名を「八木Phone」にしていたら、「個人情報丸出し」と指摘されました。確かに、1「苗字」、2「iPhoneユーザーっぽい」という情報が漏れています。慌てて新しい名前に変えたところ、先日、お仕事の現場で事件が起きました。「あれ? 八木さんいないかも。『シャリにならない美味しいお寿司屋さん』しか出てこない」--いました。ダジャレ寿司職人、それが私です。あまりに恥ずかしかったので、現在、新しいAirDropの名前を募集中です。
そもそも自分をどう名乗るかというのは難しい問題です。「本当の自分を隠して、別の名前で活動する」。その極限の状態を描いているのが、いま公開中の映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』ではないでしょうか。
ずっと公開を楽しみにしていた本作は、腐敗した地球連邦政府への抵抗として台頭する反政府組織「マフティー」を軸に、宇宙世紀0105年の世界を描く物語の二作目です。『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』から連なる宇宙世紀の系譜に位置しつつ、私は大袈裟ながら2020年代の映像表現の到達点のひとつだと感じました。繊細な作画、精緻なCG、そして音響演出が重なり、実写的な手触りさえ感じさせる--そんな作りが、「アニメのリアリティ」の基準そのものを揺さぶる作品でした。
「沈黙は金、雄弁は銀」と言いますが、本作はその真逆。まさに濁流のような会話の奔流の中で、物語が進んでいきます。
カーテンが揺れる。波が寄せる。泡が弾ける。水面がきらめく。まるで実写映画のような質感までも感じられる美しい映像が続きます。しかし、その圧倒的な美しさは、皮肉にも主人公ハサウェイ・ノアの「心の綻び」を残酷なまでに浮き彫りにします。会話の一拍、視線の逸れ、急に気になる咀嚼音……。
この音への過敏さには、私にも痛い記憶があります。
地方局のアナウンサー時代、中継台本を覚えようと必死に徹夜を重ねていた時のこと。静まり返った部屋で、ふと謎の「パチパチ」という音が耳につき始め、止まらなくなったのです。パチ……パチパチ……パチパチ……。怖くなって病院へ行き、医師に問いました。「先生、パチパチという音がずっと聞こえるんです」。返ってきた答えは一言。「コンタクトによるドライアイですね」--私の緊張は、診察室であっけなく終わりました。ハサウェイもどうか病院に行けますように。
指導者としての「覚悟」を語りながらも、自分自身の五感すら統治できていない彼の姿は、現代の私たちが抱えるストレスや孤独とは比較にならないほど巨大なものを背負っています。かつて『逆襲のシャア』で、シャアとアムロは「大義」と「個人的感情」を、ほとんど同じ熱量でぶつけ合いました。
ハサウェイは、彼らの背中を見た第一人者として理念を語りながらも、自分を”完璧な指導者”の器に仕立て上げられない甘さが描かれています。
