樺沢紫苑の『読む!エナジードリンク』私が精神科医になった理由

私の人生を決めた映画 『ドグラ・マグラ』
私には、どうしても観直したい映画がありました。
その作品は……『ドグラ・マグラ』です(松本俊夫監督、1988年)。
先日、高画質のプロジェクターとサラウンドシステムを私のYouTubeスタジオに導入し、ホームシアターが完成しました。そこで観る記念すべき1本めの映画は何を選ぶか。そうだ! ということで、映画『ドグラ・マグラ』を34年ぶりに観たのです。
この作品は私の運命を変えました。もし私が『ドグラ・マグラ』に出合わなかったならば、「精神科医・樺沢紫苑」ではなく、「内科医・樺沢紫苑」になっていたかもしれません。
そこで今回は、小説版も含め、この『ドグラ・マグラ』という作品について語ります。
■書店に置かれていた1冊が光り輝いて
今からさかのぼること32年前、1990年の夏。当時、札幌医科大学医学部6年生だった私は、医学部を卒業した後、どの科を専攻すればいいか迷っていました。
医学部では、6年生の2月に医師国家試験があります。その勉強に専念するため、6年生の夏休みが終わるまでに進路を決めるのが通例でした(最近では、医学部卒業後、2年間の初期臨床研修が義務づけられているため、専攻はその後に決めるのが一般的です)。
どの科を専攻するかは、自分の自由意志です。私は医学部に入学したときは、「ごくふつうの内科医」を目指していました。しかし、臨床研修で各科を回る過程で、データ採取や検査中心だった内科のあり方に疑問を感じるようになったのです。
内科でのカンファレンス(症例検討)は、データについて議論する場にすぎません。そこには「一人の人間としての患者」という視点が抜け落ちているのではないか? これは、私が進みたい道なのか?
一方で、初診患者の面接に1時間以上もかける精神科は、「人間と向き合う仕事だな」と感じ始めていました。
内科に進むべきか? いや、精神科に進むべきか? 一生を決める重要な決断。夏休みはもうすぐ終わります。
そんな折、国家試験の受験勉強の気分転換に、お気に入りの書店に入ると、夏の角川文庫フェアが開催されていました。そこに並んでいた1冊の本が、光り輝いて目に入ってきたのです。
その本のタイトルは……『ドグラ・マグラ』でした。
■最後まで読むと頭がおかしくなる?
じつは私はその約2年前(1988年)に、映画版『ドグラ・マグラ』を観ていました。
記憶喪失の主人公・呉一郎(松田洋治)が精神科の閉鎖病棟の隔離室で目を覚まします。自分はいったい何者なのか? 自分はいったい何をしたのか? なぜ、精神科病棟に入院しているのか?
呉一郎はその謎を明らかにすべく、精神科の正木敬之教授(桂枝雀)、法医学の若林鏡太郎教授(室田日出男)と対話をする過程で、驚愕の事実が明らかにされるのです!
と、ストーリーをシンプルにまとめてみたものの、実際の映画は極めて入り組んだ構成とストーリーのため、観ている途中でまったくわけがわからなくなります。迷宮に陥り、同じ道を堂々巡りさせられるような感覚にとらわれるのです。
原作は、探偵小説家・夢野久作の同名の小説。構想・執筆に10年以上の歳月をかけ、1935(昭和10)年に刊行されました(翌年に夢野久作は死去しています)。小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』と並んで日本探偵小説三大奇書にも数えられる本書は、「最後まで読むと頭がおかしくなる」という噂があるほどのいわくつきです。
映画を観た直後、「これは原作を読まねば!」と思ったものの、国家試験の勉強も始まり、多忙な時期だったため、そのまますっかり忘れていました。
その本が今、目の前にある! 私は買って帰ると、すぐさま一心不乱に読み始めたのです。

ハートを持つ医師(写真・AC)
■作者の先見性と未来予測のたしかさ
「映画ではよくわからなかったけど、原作を読んでようやく謎が解けた」。そういうことはよくあります。小説を映画にする場合、上映時間などの関係で、細かい描写やストーリーを削り落としてしまうことがあるからです。
しかし、『ドグラ・マグラ』は真逆。原作を読めば読むほど、さらにわけがわからなくなってくるのです。というか、読めば読むほど混乱がひどくなる。まさにそれが本作の最大の特徴であり、最大の魅力。夢野久作が仕掛けたトリックのもたらす混乱です。
一例を挙げると、小説の冒頭に、正木教授が提唱する「脳髄論」なる理論が登場します。
〈脳髄は「電話交換局」に相当する。つまり、人間の意識や感覚、そして思考といったものは全身の細胞それぞれが独自に行っており、脳髄というものはただ単純に、その細胞の意識や感覚を反射し交換する仲介機能を持つ存在に過ぎない〜〉
この文章ひとつとっても混乱を招きますが、当時私は心理学や精神世界の本を夢中になって読み漁っていたこともあり、卒業論文として「脳髄論」を書いた正木教授と、自分がオーバーラップしました。「心はどこにあるのか?」その問いかけは、精神医学に興味を持ち始めていた私には非常に深く刺さったのです。
正木教授が始めた先進的な「解放治療」のくだりも衝撃的でした。精神疾患患者の「収容施設」でしかなかった精神病棟を「治療の施設」へと変貌させるというのです。今では当たり前の話ですが、夢野が執筆を始めた大正15 (1926)年当時に「精神病棟の解放」を描いたのは画期的、先駆的といえるでしょう。
さらには、一度入れられたら死ぬまで出られない当時の精神病棟の恐ろしさが、正木教授が歌う祭文の形で延々と数十ページも綴られます。
〈スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ〜〉
そんなまったく意味不明の阿呆陀羅経も、よく読んでいくと、精神疾患の患者に対する閉鎖的処遇や差別の実態を、ユーモアたっぷりに告発していることがわかります。
『ドグマ・マグラ』は、娯楽小説やミステリーの形式をとりつつ、現代にも通じる形で精神医療における差別、スティグマ(烙印)の問題を炙り出している。そこに、あらためて夢野久作の先見性と未来予測のたしかさを感じます。
■精神医療に一生かけて取り組む!
精神疾患の深い闇を描いた『ドグマ・マグラ』ですが、そこに救いがあるのかというと、小説を最後まで読んでも、映画を最後まで観ても、「全然救いがない」と感じる人は多いでしょう。しかし、私の感想は、まったく逆でした。
精神疾患や精神医学には、未知な部分、不可知な部分がたくさんある。それだけ解明の余地がたっぷりあるということ。進路に迷っていた私は、学問の点からも、治療法の点からも、そこに無限の可能性を感じたのです。
小説『ドグマ・マグラ』の最後のページを読み終わった直後に、私は思いました。精神疾患の患者を治療するのは、たいへんなことだろう。しかも、そう簡単には治らないことも多い。だからこそ、やる価値がある。
私が一生をかけて取り組むべき分野は、精神医学しかありえない! そこに、少しでも「光」を当てられたら、どんなに素晴らしいだろう! と。こうして、精神科医・樺沢紫苑が誕生したのです。
最後まで読むと頭がおかしくなるといわれる『ドグラ・マグラ』ですが、幸いというべきか、私はそうはなりませんでした。
いや待てよ……。「情報発信によってメンタル疾患を予防する! 日本のメンタル疾患患者を減らす! 日本の自殺者数を減らす!」 と誇大妄想的なことを言い続け、8年間、毎日YouTube動画をアップ、かれこれ4000本を超える動画を配信し続けている。こんなことが、正気の人間にできるのでしょうか? 私は、どうやら “ドグラ・マグラの世界” に足を踏み入れてしまったのかもしれません。

かばさわ・しおん
樺沢心理学研究所代表。1965年、北海道札幌市生まれ。札幌医科大学医学部卒。YouTubeチャンネル「樺沢紫苑の樺チャンネル」やメルマガで、累計60万人以上に精神医学や心理学、脳科学の知識・情報をわかりやすく伝える、「日本一アウトプットする精神科医」として活動
イラスト・浜本ひろし
