タワマン浸水した武蔵小杉「天災ではなく人災だった」市と住人たちは“泥沼裁判”
2019年10月に発生し、広範囲にわたり多大な被害をもたらした台風19号。当時、頻繁に報道されたのが、神奈川県川崎市・武蔵小杉における浸水被害だ。多摩川の水が下水管を通じて逆流してしまい、住宅地から駅前まで広いエリアが冠水。なかには、タワマンの配電盤が浸水し一時は全戸断水に陥るなど、多くの世帯が水害被害に遭った。
道路の側溝から流れる一定量を超えた雨水を川に放流できる仕組みになっている当該エリアの合流式下水道は、“樋門”と呼ばれる水門を閉めることで川からの逆流を防ぐことが可能になっている。損害を被った現地住民は、“この水害は、台風による「天災」ではなく、川の水位を見ながら逆流を防げるタイミングで樋門を閉めることを怠った市の対応ミスが原因にある「人災」だ”と主張した。
対して市は、“マニュアルどおりだった”、“正しい手順に従った”、“市に責任はない”と反論。台風被害から一年以上経った今も両者の争いは続き、2021年3月にはとうとう住民側の原告団約60人が市に損害賠償を求めて提訴する予定だという。
この度の提訴について、「台風19号多摩川水害川崎訴訟原告団」の原告団長であり、私立学校の教諭を務める川崎晶子さんに詳しい話を伺った。
同じ過ちを繰り返す、市のずさんな対応
「実は、2017年に発生した台風21号でも同じような多摩川の逆流による浸水被害があったんです。当然それを把握しているはずの市は、今日まで既存のマニュアルを見直すことをしませんでした。
2019年6月にはあらかじめ国土交通省から“多摩川増水の際には樋門を閉める”よう通達が来ていたにもかかわらず、結果的に市はそれを無視したんです」
当該エリアの合流式下水道は、地上の雨水を下水管で処理しきれなくなった場合に雨水を川へ放流するよう機能する。そのフタとなる樋門を閉めず、そこから多摩川の水を逆流させてしまっては本末転倒である。川崎さんは続けてこう話す。
「台風19号が上陸前から、“今回の台風は規模が大きいので多摩川が氾濫するのではないか”と市民レベルでも危機意識が高まっているなか、具体的な対策を取らなかった市にはやはり責任があると思います」
住民側が“人災だ”と言いきる理由にはそういった根拠があったわけだ。
さらに、市が検証報告書に記した再発防止の対策としては、《今後は、水位が樋門周辺の地盤高に近づいた時点で、樋門を全閉する》という内容を発表している。
川崎さんは、それに関しても「市が自分たちの対応に非があることを自任していると等しいのではないか」と指摘。
何よりも、“マニュアルどおりだった”、“正しい手順に従った”という市の主張も、無過失である証明や責任に問われない理由になるのか、というと疑問である。
市は、川の逆流を「予見可能」だった?
とはいえ、“市の対応ミスが住民の損害に繋がった”と裁判所に認めさせるほどの具体的な証拠などはあるのだろうか。川崎さんは、次のように語る。
「3月の提訴に向けて用意している訴状は弁護団にお任せしているのですが、そのなかでは“市は川の逆流を『予見可能』だったにも関わらず対応を怠り、被害を拡大させた”というニュアンスの内容を作成しているはずです」
争点は「予見可能」だったかどうかになるだろう──。川崎さんはこう続ける。
「2017年の台風21号と2019年の台風19号では同じ現象が起こっています。2017年に得たその現象の観測データをきちんと参考にできていれば、台風19号では然るべきタイミングで樋門を閉めることができたんです。
市は“雨水が街に溢れてしまうのを防ぐために樋門を閉めなかった”という理屈を展開していますが、過去にデータを取っていたことは、『予見可能』だったという証明になるのではないでしょうか」
提訴にあたり、ここまで準備を整えた住民側に対して、市はどう反論していくのだろうか。
川崎市上下水道局・下水道部の藤田秀幸課長はこう話す。
「市としての検証の結果は、住民説明会等の場で丁寧(ていねい)に説明して参りました。訴訟への対応につきましては、実際に訴状が届いてから、その内容を踏まえて適切に対応して参ります」
最後に、提訴内容とその意図に関しても川崎さんに教えていただいた。
「損害賠償額としては、慰謝料として100万円。さらに原告約60人分の家財損害額を上乗せする予定です。いちばんの目的は市に“行政側の過ちだった”と認めさせることにあるので、慰謝料は行政訴訟として一般的な額を請求しています」
2019年に台風19号による水害被害を被ってからもう一年以上が経つ。長い戦いを強いられながらも住民側が踏ん張り続ける理由は、川崎さんの説明からも明白だろう。
3月に提訴することで、この一件は新たな展開をみせる。動向に注目だ。
(文=二階堂銀河/A4studio)