英国製高級車の芳しき香り│コノリーが歩んできた140年の歴史
「それは、この革ではありませんか?」ティム・コノリーは傍のブリーフケースを引き寄せると小さな革のバンチを取り出し、迷うことなく一枚を選んでみせた。
インタビューにあたって、初対面の話の接ぎ穂にと、その時点でさえ既に40年前の生産になる、私が所有する車のアップホルスタリーの素材について尋ねたときの答えだった。彼が無造作に、しかし的確に選び出した1枚はまさに私の車の内装皮革そのもので、40年も昔の製品を記憶していること、さらにはそのサンプルを常に持ち歩いていることに驚かされた。これは、ほぼ30年前の話である。そのティムも今や86歳。家督を次男のジョナサンに譲り、毎日10kmのサイクリングを日課とする悠々自適の生活であるという。

コノリーレザーといえば、ウィルトシャーで作られるウエスト・オブ・イングランド・クロースとともに、かつては英国製高級車の内装材としてなくてはならないものであった。コノリー・ブラザース社は1878年、ジョン・ジョセフとサミュエル・フレデリック・コノリーが創業した。ロンドンのユーストン通りで家族経営の靴修理店だった店を馬具・皮革の商いに発展させ、さらには自らが革を鞣し、最高品質の皮革素材を供給するタンナーとして世界的な名声を得るに至る。
名を成したきっかけは、1902年、プリンス・オブ・ウェールズ時代のエドワード7世が、ご自身の戴冠式で使うコロネーション・コーチのシートの革にコノリーが使われたことだった。話は逸れるが、エドワード7世といえば、世界初となる御料車としてディムラーの6HP フェートンを使われたことで知られ、それを紹介したのが車好きで知られるモンタギュー卿であった。また、エドワード7世が戴冠式で使われたコロネーション・コーチは、2011年4月のウィリアム王子とキャサリン妃のウエディングにも使われている。
話を戻すと、コノリー製皮革のクォリティが評判となり、キャリッジの内装材業者として不動の地位を得ることになる。その威勢は、英国自動車界で激しいライバル同士であったハーバード・オースティンとウィリアム・モーリスを同じテーブルにつかせることのできる唯一の人物は、サミュエル・フレデリック・コノリーであるという逸話が残っているほどだ。
第二次世界大戦後はエリザベス女王の玉座、英国会議事堂の椅子、英国の誇る豪華客船クイーンエリザベス?世の座席、大英図書館の椅子など、高級ファーニッシングレザーとしても幅広く採用された。特に車の世界ではその名はほとんど神格化され、そのアロマに惚れ込んだエンツォ・フェラーリは伝を辿ってコノリーレザーをフェラーリに使うことに成功したという。納品先リストの自動車メーカーには自国のロールス・ロイスやベントレーを始めとしてジャガー、ランド・ローバー、アストン・マーティン、マクラーレンなど。
また国外メーカーもフェラーリ、マセラティ、アルファロメオ、ボルボなどが名を連ねる。日本のメーカーも特別仕様車などにコノリーレザーを使うことはめずらしくなかった。

軟質プラスティック、いわゆるビニール製の擬似皮革の普及まで、皮革は耐候性耐久性の面から主にアウトドアでのシート素材とされており、風雨を避けられるキャビン内においては布帛素材を用いるのが通常であった。大衆用ライトウェイト・オープンスポーツカーのトライアンフのシートを剥がしてみたら、コノリーレザーのスタンプが押してあったなどという例もある。また戦時中はスピットファイア戦闘機やアブロマンチェスター爆撃機の座席にも使われたことからも、現在のような高級レザーブランドというよりも耐久性に秀でた実用面で採用されていたことがわかる。
コノリー・レザーの使用が当たり前であったかつての英国製高級車の室内には、一種独特の香りがあった。これは多くその素材から発せられ、コノリー・レザー独特のベジタブル・トリートメントによるものだ。ベジタブル・トリートメントとは鞣し工程のひとつで、トライヴァレント・クロミウムという無機物質を使う1回目のクローム・タンニングの後、ミモザの樹皮やシクンシ科のミロバランの実など、有機物を使って行う。ただ近年はあの芳しい香りも顧客やマーケットによっては必ずしも歓迎されないらしく、新車のドアを開けてもかつてほど香らなくなってしまったのは、個人的にはちょっと寂しい。
トリートメントの話が出たところで、コノリーレザーの作り方をちょっとおさらいしてみよう。北欧から調達された原皮は保存用の塩分や脂肪、毛をライムと硫化物の溶液で分解した後、専用のマシーナリーで削り取る。
銀面と床革に分け、銀面のみがコノリーレザーとなる。クローム・タンニン、ベジタブル・タンニンを経て染め、必要に応じてメーカー指定のエンボス加工を行う。この間要する時間は、1960年代までは手作業で約半年も要していたが、1990年代にはマシンの発達により2週間ほどに短縮された。

現在はプロダクションモデルへの素材の供給は行わず、もっぱらスペシャルモデルやレストア用の素材の供給に特化しているコノリー社だが、この鞣しのプロセスは一切変えていないという。このことは特に、新車時と同様の素材を使いたいという正統派のレストアラーやオーナーにとっては嬉しいことに違いない。
専ら素材業者としてトップクラスの皮革を供給してきたコノリー社が、自社の皮革を用いた革小物ビジネスに参入したのは1995年のことだ。ハイドパーク・コーナーの聖ジョージ病院 ( 現レインズボロ・ホテル) 裏のグロブナー・クレッセント・ミューズに、アンドレ・プットマンデザインが手掛けた店舗をオープンした。この後、2000年にジョセフの創業者ジョン・エッティギィが営業権を取得、店を繁華街リージェント・ストリート近くのコンデュート・ストリートに移転しアパレルに進出するも、ジョセフが2010年に死去。その後数年を経て、ジョンの妻のイザベルが、2016年にサヴィルロウに近いクリフォード・ストリートに店を再開。合わせてレザー小物やトラベルグッズをディレクションする。
