「時代と自分がマッチしていない」と気づいて引退を決めたこの3月に会長に就任し、社長の職は次男の靖二(せいじ)に譲った。その理由については、「ワシももう年じゃけぇ」ということに尽きる。1991年、横綱・千代の富士(故人・後の九重親方)が引退会見で「体力の限界ッ!気力もなくなり、引退することになりました」というコメントを残したが、まさにあの言葉がしっくりくる。当時18歳だった貴花田(後の横綱・貴乃花