「グローバル・ソブリン・オープン(毎月決算型)」の企画からマーケティング全般にかかわり「ミスター・グロソブ」といわれた国際投信投資顧問副社長執行役員の山内一三氏が、6月27日をもって任期満了で退職することになった。山内氏に「グロソブ」の今後と投信業界への提言を聞いた。

写真拡大

 国際投信投資顧問が運用する「グローバル・ソブリン・オープン(毎月決算型)」は、ピーク純資産残高が6兆円に迫る巨大なファンドとなり、日本の投信市場に大きな足跡を残した。同ファンドの企画からマーケティング全般にかかわり「ミスター・グロソブ」といわれた同社副社長執行役員の山内一三氏が、6月27日をもって任期満了で退職することになった。山内氏に「グロソブ」の今後と投信業界への提言を聞いた。(3回シリーズの1)

■「グロソブ」が意図した3つの変革

――そもそも「グロソブ」の開発意図は?

 ファンドを開発した企画ポイントは3点ありました。ひとつは、日本経済は先行き人口減少が見通されていたので、日本の国内には徐々に運用先のない余剰資金が溜まってきます。したがって、日本よりも高い経済成長をする国にお金を投資していかないと、長期に安定したリターンは得にくいため、日本よりも高い経済成長が期待できる海外に投資先を求めるという考え方を提案したいと思いました。

 ファンドを設定した1997年当時は、投資信託というものは日本株へ投資するファンドが主流でした。ところが、日本の株式市場は1990年から失われた10年と呼ばれたように、延々と下がり続けました。わが国経済の先行きを考えると、日本株よりも有望なかつリスクの低いへ投資対象を選ぶ必要があり、海外先進国の国債を中心に運用するファンドを企画したわけです。

 2つ目は、98年12月から銀行窓販が始まることを控え、直接に銀行預金から投信に資金が入ってくる時代を迎えようとしていました。日本経済が低迷し、しかも金余りが進んでいました。預金金利がゼロに向かって低下して「貯蓄から投資へ」の流れの中で、銀行が大切な預金からの移行で投資信託を取り扱ってくれるのだから、比較的リスクが低くかつ信用度の高い、安全でわかりやすい商品を提供したいと思いました。

 銀行の定期預金で金利が5%も付く時代ならば、苦労してリスクを取る必要もないのですが、金利の低下で団塊の世代も含めて、将来のために金融資産を貯めたのに「預金金利生活」ができないという厳しい現実がありました。金利の代わりに定期的に安定したキャッシュフローの出る商品を供給していきたいということで、「毎月分配型」という仕組みを取り入れました。

 3つ目は、長期投資です。それまでの投信業界は、投機資金による短期間に商品を次々乗り換える営業が中心で、商品への信頼度も低く、投資家層も限られていました。銀行の貯蓄性資金が流入すれば、投信本来の長期投資が可能になると考えました。このため、徹底した情報提供による、運用会社、販売会社、お客さまとの三位一体での情報共有をしていこうとしました。何に投資している商品なのか、なぜ基準価額が動くのかなど、情報を共有してもらうことで投資への信頼度を高め、長期にわたって投信を保有していただける新しいビジネスモデルをつくりたいと考えました。

――今となれば、海外投資も毎月分配も情報共有も、当たり前にやられているようなことですが、当時は、そういう文化が投信業界にはなかったのですね。

 そうです。銀行窓販という新たなルートができたことで、それまでの投信業界の常識をまったく変えていこうと考えました。銀行窓販から入ってくるお金は、長期保有の預金から移してくれるお金なので、従来の比較的短期に利益を狙って投資を推奨する営業のやり方とは違った新しいビジネスモデルが必要でした。新しい投信のモデルをつくることによって、中高年の方々の信頼を得て、小銭ではなく資産としてのまとまった資金を移してもらえる商品にしようという思いがありました。

 今の投信ビジネスの基本的な仕組みは、「グロソブ」が大きく育つことによって作りあげられたということもできると思います。

■受益者が育てた6兆円規模の巨大ファンド

――「グロソブ」(毎月決算型)は、5兆7000億円を超えるまで残高が積み上がり、販売会社も600社を超えるという、常識を覆すファンドに育ちました。それほどまでに販路が拡大したのは「グロソブ」の企画意図が広く受入れられたためですか?

 「グロソブ」が大きく育つまでには、大きな苦労がありました。「グロソブ」は、1997年12月に設定したのですが、基準価額は98年8月に11600円台でピークを打って、分配金落ち後の基準価額がそこから約半値に下落してしまいました。底入れは2000年9月で基準価額は6400円台です。大変厳しい調整局面を経験しています。

 この厳しい期間は、徹底した情報提供を行いました。なぜ、基準価額が下がったのか、大きく値下がりしたドルやユーロの見方など、当時は証券会社が中心だった販売会社と共に、投資家に対し繰り返し運用報告会を開かせていただきました。私どもが講師となって分かりやすく工夫した資料を用意し、直接、お客さまに語りかけました。同時にホームページでも情報提供を積極的に行うようにしました。

 また、販売会社向けに投資環境等の見通しをご報告する「ソブリンの会」も、98年秋から定期的に開催しています。さらに販売会社の現場で、販売に携わっていただく方々に対するセミナーや研修も、積極的に実施し、情報提供に力を注ぎました。

 本来なら、分配金は出しているとはいうものの、基準価額は半値近くになっているので、これほど下がったファンドはほとんど解約されてしまいます。

 ところが、2000年ごろから少し様子が変わってきました。ドルやユーロが円に対して、2年間も下げたので、そろそろ底入れなのではないかというムードが漂い始め、お客さまが追加買いをしてくれ始めました。販売会社の方でも、お客さまが店頭で買い増ししている理由を分析すると、お客さまご自身が、「預金金利がゼロだし、これは情報提供が豊富で理解しやすいファンドだし、分配金はちゃんと出ているので、もうこれ以上円高は進まないだろうから、そろそろ買い増したい」というニーズがあることを発見しました。

――「グロソブ」の良さを最初に評価したのは、受益者(お客さま)だったのですか?

 私どもがお願いしたセミナーや運用報告会を繰り返し開いていただいた販売会社でも一定の評価はいただいていたとは思うのですが、お客さまの行動が販売会社を動かしたというところは大きかったと思います。「先進国の国債に投資する」という非常に分かりやすい商品だったので、お客さまが自分で判断してくださったのです。自分で判断できるという商品の分かりやすさ、そこへ、十分な情報を提供してきたことも効果があったと思います。結果的には買い増しが大成功で、2001年になると基準価額も回復基調となったこともあり、取り扱ってくださる銀行が急に増えました。

 また、98年秋から基準価額が大きく落ちて、そこから戻り始めたことによって、後に「グロソブ神話」といわれる信頼が高まりました。半値になった商品なのに、持ち続けていれば、基準価額は徐々に回復することで、受け取ってきた分配金を含めると損失を回復できるというものです。預金を価格変動リスクのある投信に移すことは「恐ろしい」と思っていたら、目先は損をしてもそのまま持っていたら戻るということを体験され、長期投資の効果が理解されました。これにより、預金から「グロソブ」に資金が大きく移動し始めました。

 98年秋に経験した大きなショックが、「グロソブ」の長期保有の効果が理解される試金石になったと思います。そこを乗り越えたことで、「グロソブ」への信用力が一気に高まり、資産規模の急成長が始まったのです。(つづく)(聞き手・編集担当:徳永浩)