女性の心身を蝕む薬物の代償(写真はイメージです)

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「クラッシュ期」

 ドラッグは男より女を傷つける――。かつて関西で知られた存在だった美貌の薬物密売人、美々姐(びびねえ/仮称)の持論である。この言葉を聞いた筆者は、覚醒剤など薬物事件に絡む男女を捜査員としてだけでなく、医学的な視点からも観察するようになった。たしかに、それまでも“女性の方が薬物使用によるダメージが大きい”とは感じていたものの、「おそらく男女の体格の違いのせいだろう」と勝手に思い込んでいたのだ。【瀬戸晴海/元厚生労働省麻薬取締部部長】

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 ところが、時が経つにつれてどうもそれだけではない、と気づき始めた。同じ時期に覚醒剤を覚え、毎日のようにほぼ同量の覚醒剤を注射してきたカップルがいたとして、個人差こそあるものの、明らかに女性の方が病んでいるように見えた。

女性の心身を蝕む薬物の代償(写真はイメージです)

 シャブの常習者は男女とも覚醒剤の効果が切れてくると、「泥のように体が重い……。きつい!」などと極度の疲労感や倦怠感を訴える。これを「クラッシュ期」と呼ぶ。

 次に過眠状態(※爆睡状態)に陥って、目を覚ますと食べたがる。とりわけ甘いものを欲する(※快楽物質の枯渇を補おうとする生理反応と、極度のエネルギー不足が主な原因されている)。その後、徐々に回復してくるが、女性はこうした諸症状が男性と比べてきつそうだったとの記憶が残っている。肝臓や腎臓に病が見つかることもあるが、そうでなくても肋骨が浮き出るほど痩せ細り、歯はボロボロになってくる(※英語圏ではメスマウス/Meth mouthと呼ぶ)。皮膚はカサカサに乾いて、髪は細く艶がなくなり脆くなってしまう。

 薬物依存も女性の方がきついように見える。たとえば、こんなことがあった。A男(29)が半同棲中の女性B(23)を連れて出頭してきたのだ。

「オレたち2人とも逮捕してもらえませんか」

 A男は次のように語った。

「二人ともシャブを食っています。Bにはオレが教えました。2日に1〜2回ほど一緒に注射しています。ただ、半年くらい前からBの様子がおかしくなったんです。とにかく薬物を欲しがるし、オレと一緒にやらなかったらミナミや西成で注射してくる。極端に痩せてきたこともあって本人を説得して病院に入院させました。でも、アカンかった……」

 Bはすぐに病院を抜け出して元の木阿弥。A男に隠れて注射するようにもなってしまう。それどころか、

「シャブ代を稼ぐために身体を売ったこともあるようです……。もうどうにもなりません。本人もやめたがってるし、オレたち2人とも逮捕してもらえませんか」

 相談内容はかなり深刻なものだった。筆者は2人の状態から身柄拘束が最良だと判断して緊急逮捕した。そして2カ月後、2人には執行猶予付きの判決が下され、どうにか社会復帰することができた。しかし,これでは終わらないのが薬物の怖さだ。

 判決からわずか半年後、Bがひとりでブツと注射器を持って出頭してきたのだ。

「やめれへん。彼には愛想をつかされてしもうた……。病院に入っても、うちは必ず脱走するから刑務所に入れてくれませんか、お願いだから」

 そう切実に訴えてきた彼女は、見た目にも精神的にも不安定な状態にあったため、まず医師の診察を受けさせた。医師の所見は「性病に感染して、投薬による治療を要する。ただし、留置に関しては特に問題なし」だった。私は彼女を逮捕することにした。逮捕状を執行すると彼女は「これで地獄から抜け出せる。“立ちんぼ”もやめられる」と初めて笑顔を見せた。薬物と縁のない読者には奇妙に映るかもしれないが、逮捕されて安堵する薬物常習者はたまにいる。彼らは、自らの意思で薬物を絶つことができず、人間関係にも狂いが生じ、ひとりで無間地獄に堕とされたように感じている。だからこそ逮捕されたことで、“もう薬物に手を出さずに済む。救われた”と思うのだろう。彼女もそんな常習者のひとりだった。

エストロゲンの影響

 マトリを引退した筆者は、いま、薬物問題を調査・研究するチームに所属している。「薬物の効果や影響の男女差」についても、専門の研究室で学び、文献を読み漁っている。そうしたなか、男女には科学的な根拠に基づく「生物学的性差」と「社会心理学的性差」が存在することを理解した。その観点からも、「薬物は女の方が傷つく」「女性の方が依存しやすい」という美々姐の持論に間違いはなかったようだ。

 少し専門的な解説になるが、薬物依存と性差についてはぜひ知ってほしい。とりわけ女性や、娘がいる読者にはご一読いただきたい。

 まず、男性と女性では、体質や分泌ホルモンに大きな違いがある。この男女による違いが、摂取した薬物の効果や体内分布(薬物が臓器へ行き渡る現象やその割合のこと)、分解、排出に大きく影響している――。まずは大まかにそう理解してもらえばいい。

 主に女性の卵巣から分泌され、女性の体内で多岐にわたって重要な役割を果たすのが、エストロゲン(卵胞ホルモン)である。このエストロゲンは、脳内の「報酬系(快感や満足感をもたらす神経回路の仕組み)」を刺激し、薬物の効果を高めたり、依存を形成しやすくしたりすることが明らかになっている。つまり、女性の方が薬物の効果を強く感じ、依存にも陥りやすいわけだ。

 また、体脂肪と水分量の違いも大きく影響している。女性は男性よりも体脂肪が多く、体内の水分量が少ない。そのため、脂溶性薬物(油や脂肪に溶けやすい性質を持つ薬物)が体内に吸収・蓄積されやすい傾向にある。脳には有害物質の侵入を防ぐ関門(血液脳関門)があるが、脂溶性薬物はこの関門を通過しやすく、脳に強烈に作用する性質がある。そのため脂溶性薬物をより多く取り込む女性の方が脳へのダメージが大きいということになる。ちなみに、麻薬「フェンタニル」は脂溶性の高い薬物の代表格だ。

社会心理学的な性差とは

 加えて、「女性はこうあるべきだ」といった社会的、文化的な慣習などに基づくプレッシャーや強迫観念。性的虐待、DVといった被害体験。また、子育てや人間関係のストレス、孤立感などが要因となって女性は薬物に逃避し、抜け出せなくなる傾向が強いという研究報告もある。

 近年多発する市販・処方薬のOD(オーバードーズ)がそうだ。2021年5月〜22年12月にかけて救急搬送された患者の8割が若い女性(平均年齢25.8歳)だったとの厚生労働省の調査結果がある。薬物事犯全体の検挙者数は男性の方が多いが、その一方で、こうしたケースが増えていることは軽視できない。

 男性の場合は、「アイツが悪い」「社会が悪い」「オレをなめている」といった他責思考に陥りやすく、怒りを募らせて暴力的な解決方法を選びやすい。こうした傾向が現れるのは性衝動や攻撃性を高める男性ホルモン(テストステロン)、そして、「男はこうあるべきだ」という社会心理学的な要因が影響しているとされている。これも理解できるところだろう。

 脳をはじめとするあらゆる臓器や機能が未発達、未成長な状態にある子供が薬物を摂取することは論外な話だ。これは誰もが理解できることだろう。しかし、生物学的な性差から、女性の方が薬物のダメージを受けやすいということは、それほど知られていなかったのではないか。

 余談になるが、アメリカではかつて「コカインベイビー(妊娠中にコカインを使用した母親から生まれた新生児を指す俗称。親が摂取した薬物の影響で、生まれながらに様々な健康障害を抱えている)が社会問題となり、現在では「オピオイドベイビー(同じく妊娠中にオピオイド系薬物を常用していた母親から生まれ新生児の俗称)が大きな問題となっている。これも、女性が薬物を摂取することで生じた悲劇に他ならない。「ドラッグは男より女を傷つける」。みなさんにはどう映っただろうか。

 前編【覚醒剤の密売で名を馳せた“美しすぎる姐さん”が「女には絶対にシャブを売らへん!」と言い続けた理由…「シャブは“女の骨までシャブる”んだ」】では“美貌の姐さん”との鮮烈なエピソードを詳報している。

瀬戸晴海(せと はるうみ)
元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。

デイリー新潮編集部