現在はフリーとして活動する、元TBSアナウンサー木村郁美(53)。TBS時代、レギュラー9本を抱えるアナウンサーとして忙しく動き回る裏で、“悪魔”と呼ぶ元夫から預金を奪われ、連帯保証人にされた結果、計3億4000万円もの借金を背負うことになったという。

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 そんな彼女に、大学時代に目指していた意外な進路、アナウンサーになるまでの経緯、地下鉄サリン事件の日に受けた入社試験などについて、話を聞いた。(全6回の1回目/2回目に続く)


木村郁美さん ©石川啓次/文藝春秋

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深夜1時に出社し夜23時まで仕事…多忙なアナウンサー時代

――最高で9本のレギュラー番組を抱えていたそうですが、入社早々から忙しかったのでしょうか?

木村郁美(以下、木村) 1996年に入社して、朝の番組を担当して、『王様のブランチ』にも出るようになってからですね。忙しくなっていったのは。

――朝の番組というのは。

木村 一番最初のレギュラーで『おはようクジラ』だったかな。でもそれは、月金の帯ではなくて週何回かの出演でしたね。そのあとも朝の番組をいくつかやっているんですけど。

 朝の帯番組にプラスして『チューボーですよ!』とか、ほかの特番や収録物も入ってきたので大変になるんですよ。収録が夕方とか夜11時とかに終わるので、そこから朝の番組ってなると5時からの放送なので、もうほぼほぼ寝ないで行くようになっていきました。

――朝5時の番組に出るとなると、出社時間は。

木村 夜中の1時、2時です。メイクもするので。

――忙しさがピークのときは、そんなスケジュールが当たり前だったと。

木村 朝の番組が終わって、その反省会があるんです。それが9時ぐらいに終わるんですけど、その日に収録やロケが入る場合は、すこし間をあけたらそれらに出て。

『チューボーですよ!』の収録は2週間に1回なんですけど、お昼過ぎぐらいから入ったら、夜11時ぐらいまで撮るんです。しかも2本撮りで、料理も全部作るので、収録自体が非常に長いです。30分番組なんですけど。

「もう気にしてられない!」誰かが寝たあとでも、気にせず仮眠室で寝泊まり

――そうだったんですね。

木村 それとは別に、空いた週はキッチンスタジオみたいなところに行って、堺(正章)さんも含めて番組で出すお料理を全部作るんですよ。で、試食して、「いやここはこういうふうにしたほうがいい」とかいろいろ話し合ったりして、ものすごく時間を掛けるんです。

 さらにラジオとかロケとかも入るので、もう毎日スケジュールが違う感じでした。

――会社に寝泊まりすることは。

木村 仮眠室があるので、そこでは寝られます。分割して寝てたので「今日はトータルで4時間寝たからオッケー」とか、そういう感覚でしたね。

――仮眠室は簡易ベッドだけみたいな。

木村 カプセルホテルみたいな感じの仮眠室で、ちゃんと掃除の方が入ってくれるんですけど、こっちはヨレヨレなので掃除が終わるのを待ってることもできないので、誰かが寝たあとそのまんま寝てました。

――前の人が寝た直後だと、人型の寝汗がベッチョリ残ってそうですけど。

木村 抵抗はありますけど、でも寝不足とどっちを取るかとなると、「もう気にしてられない!」となって寝てましたね。

「じゃあ話だけ聞きに行きまーす」アナウンサーを目指すようになった経緯

――TBS入社前から、「アナウンサーは激務」のイメージはありましたか。

木村 まったくなかったですね。私の頃って、アナウンサーの採用試験は3月から始まったんですよ。だけど、その数か月前の11月の学園祭のあとに、先輩から「いくみ、きっとアナウンサーに向いてるから受けたら」って言われて、話がスタートしたんです。そんな感じで、アナウンサーに対する知識がなかったんですね。

 私の前の年に、同じ学習院大学だった小島慶子さんのアナウンサー内定が決まっていて、その小島さんと私の先輩がお友達だったんです。それで小島さんの話を聞きに行ってみたらと言われて。

――なんとなしに話を聞きに行った。

木村 それまでアナウンサーって、ほんとにもうニュースを読んでる人ってイメージしかなかったんです。ただあまりに先輩が熱心に言ってくださるので、「じゃあ話だけ聞きに行きまーす」って行ってみたら、ほかに希望者の方が何人かいて、みんなで勉強会みたいなことをやるんですよ。「アナウンサーになるためには」って。

 皆さん資料とか履歴書とかも作ってるのに、私は手ぶらで行っちゃってたし、知識も何もなかったので、その場で話を聞くだけだったんですけど。

――そこから、どうやってアナウンサーを目指すように?

木村 なんかそこから熱に浮かされたように、「アナウンサー、おもしろそう。やってみたい!」となって。タイミングもタイミングだったので、あんまり研究してないんです。だから、上辺のところしか見てなくて、体力勝負の仕事だとかわかってなかったんですね。

「まずはどっか入んなきゃなー」就活中に1社だけ資料請求した“意外な会社”

――どこに魅力を感じたのでしょう。

木村 高校のときに留学してたので、海外にまた行きたいなっていう思いがあったんです。当時はTBSも良い時期だったので、アナウンサーもバンバン取材で海外に行っていて。

 なかなか会えない人にも会えるし、普通の会社勤めよりも経験値が高い職業だなって。好奇心がすごく旺盛だったので、最初はそこにすごく魅力を感じたんです。

――アナウンサーの選択肢がなかった頃は、どんな就職先を考えていましたか。

木村 考えてなかったですね。日本語の先生になりたかったんで、それなら海外に行けると思って。でもあの頃は、まだそれで食べていけるほど収入がないっていう話も聞いてて。

 海外で日本語の先生をやるにしても、とりあえず貯金をしないといけないなと。さらに親を安心させて、海外に行くことを説得するためには、「まずはどっか入んなきゃなー」と思って、1社だけ資料請求をしたのがミキハウスで。

――意外ですね。

木村 ミキハウスの服、かわいいじゃないですか。ほんとそれだけで、ミキハウスだけ出しとこうかなと。なので、「このあと、どうしよう」って感じでした。

「何したいですか」「お天気を伝えたいです」TBSの採用面接の“裏側”

――アナウンサーの採用試験はTBSのみ?

木村 受けたのは3社です。のんびりしてたんで、テレビ朝日は間に合わなくて。でも受かったのはTBSだけです。日本テレビは一次面接で早々に落ちちゃって。

 日本テレビは、何を思ったのか「報道希望です」と言ってしまって、ものすごい質問攻めにあって、「うん、これ無理だ」と。

 それで、TBSとフジテレビが残っていたんですけど、フジテレビの結果が出る前にTBSが内定を出してくれたので、「それじゃあもう」と。そんな感じで、特にどの局が一番ということがあったわけじゃなく、ただただアナウンサーになりたいだけだったんです。

――TBSの面接で印象に残っていることは。

木村 日テレがそんなふうに落ちたので、正直に行くしかないなと思って。TBSのときは「何したいですか」と聞かれて、「アナウンサーになりたいんですけど、お天気を伝えたいですね」と。

「朝一番に『おはようございます、今日のお天気は』って元気に言われると、その日を気持ちよく過ごせるじゃないですか。そんなふうにお天気を伝える人になりたいです!」とか、そんなことをバカ正直に話してしまって。

 それが一次面接で、その帰りに電話ボックスから母親に「ごめんね、また落ちたと思う。ニュースを読むよりも、お天気を伝えたいとか正直に言っちゃったから無理だよね」なんて話してたら、次の面接にも通してくれたんですよ。

「永田町で地下鉄を降ろされた」一次面接の初日に地下鉄サリン事件が発生

――かしこまっていなかったのが良かったのですかね。

木村 次の面接も「え、今の答えでいいの?」って感じで通って。だんだんそれでTBSに興味を持ち始めて。「こんな小娘の話を一生懸命聞いてくれるなんて」と、だんだん人に惚れ込んでいくっていうのはありました。

 あと、一次面接の初日が地下鉄サリン事件の日だったんですよ。

――1995年3月20日。

木村 TBSに行く途中、永田町で地下鉄を降ろされたんです。あんな大変な事件が起きていたことがわからなくて、「何があったの?」という状態で。携帯電話も持っていなかったし、それまでTBSはもちろん、赤坂も行ったことがなくて。道ゆく人にTBSまでの行き方を聞いて、なんとかたどり着いて。

 報道の方たちが面接官を務めることになっていたんですけど、みなさんサリン事件の現場に出ていて、代わりにバラエティーの方たちが面接をしてくれたんですよ。

セクハラされて大泣きしたら、「それくらい普通だよ」と…

――いざ入社してみて、「思っていたのと違うな」と感じたことが多かったのでは。

木村 こんなにも体力勝負なのかとか、寝られないとか。当時は働き方改革も何もないから、そういったものは無視されるわけじゃないですか。

 これはTBSでの話というわけではないんですけど、20〜30年前だったのでセクハラもありましたね。大泣きしてたら、「それくらい普通だよ」と言われて。衝撃でしたね。

――どんなセクハラを。

木村 胸を触られたりとか。飲み会の最中とかにそんなことをするんですよ。ビックリして、ほかの人に相談したら、「え、そんなんで泣く?」って言われて。「いや、泣くでしょ、普通。泣かないの?」って。

撮影=石川啓次/文藝春秋

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(平田 裕介)