『風、薫る』写真提供=NHK

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 放送開始から1カ月を目前に、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)の前にトレインドナースへの扉が現れた『風、薫る』(NHK総合)。りんがその扉をくぐるためには、母・美津(水野美紀)を納得させなければならない。

参考:ヒロインを導く両親の役割とは? 『風、薫る』りんの原点を形作った北村一輝&水野美紀

 美津を見ていると、どうしても前作『ばけばけ』(NHK総合)の雨清水タエ(北川景子)と比較してしまう。明治維新の直後を生きる士族の娘という設定は同じであるが、正反対と言っていいほどキャラクターが異なるのが、なんとも興味深い。

 タエは名家の出身で、根っからのお姫様。トキ(髙石あかり)に礼儀作法や教養全般を指導する一方で、家事や料理は苦手。北川が演じていたのも相まって、物語の序盤は気高く高貴な印象を与えるキャラクターだった。

 美津は那須の旧藩主の娘で、家老であった信右衛門(北村一輝)の妻。タエと同じく姫様として生まれ、信右衛門が農家になったあとは、家を守ることに専念していた。タエとは異なり、家事を自らこなしていた女性だ。また、美津は薙刀の名手としての顔も持っている。

 タエと美津を比較してみると異なる点が目立つが、共通しているのは誇り高き家を守りたいという価値観だ。タエは雨清水織物が倒産したあとも、雨清水の家を守るために、三之丞(板垣李光人)に「雨清水家の人間なら、人に使われるのではなく人を使う仕事に就きなさい」と言葉をかけ、どうにか雨清水家の格を守ろうとしていた。美津もまた、娘の結婚が家を守ることにつながるという考えがあった。

 士族の娘である2人にとって、結婚とは家の価値を存続させることと同義だ。生家と同等の格を持つ家に尽くすことが、もっとも優先される。武家の娘であるがゆえの振る舞いといえる。

 しかし、りんがこれから生きていくのは、武士の特権が失われた明治維新後の世界。お金がなければ生きていけない。家の格などと言っている場合ではない。作中でも繰り返し言及されているとおり、明治時代の結婚とは女が生きていくための手段なのだ。

■『風、薫る』明治時代の常識に流されない美津(水野美紀)の強さ これを踏まえて、りんが奥田家を逃げ出してからの美津の行動に注目すると、美津は時代に即した女性観、結婚観に流されない強さを持っていることが分かる。奥田家から逃げ出したりんを優しく迎え入れて東京へ逃がし、りんの行方を探す亀吉に対してしらを切り通す。安(早坂美海)と共にりんの家に身を寄せて以降は、持ち前のコミュニケーション能力で、あっという間に近所住民と関係性を構築してしまった。

 大切に守られ、内にこもる姫ではなく、矢面に立ち、自分で道を切り開く姫なのだ。大切なものを守るために、誰かに守られる道を選ぶのではない。自分自身が強くなる。母として、娘を守るためなら時代の常識に流されずに抗う、真の強さを持った女性といえる。

 そんな強さを持つ美津だが、近寄りがたさはまったくない。むしろ親しみやすい雰囲気が漂うのは、水野が演じているからこそだろう。栃木訛りがなじむ、比較的ゆったりめなセリフ回しが特徴的で、家族で会話しているシーンは、どんなに厳しい局面でも和やかだ。筝の指南を始めると、やる気をみなぎらせる姿もチャーミングだった。

 水野は、若手の頃『踊る大捜査線』シリーズの柏木雪乃役に代表されるような、涼やかな顔立ちが生かされた清楚な役柄も多かった。年齢を重ねてからは、役柄の幅がどんどん広がり、さまざまなキャラクターを思い切り演じている。2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』での、女郎屋の女将としての厳しさと温かさを絶妙なバランスで成り立たせたいね役も、記憶に新しい。近年はコメディエンヌとしての才能も際立ち、『風、薫る』でも要所要所でユーモア要素を担う俳優だ。

 美津役は、水野がこれまで演じてきた役柄の、強さ、厳しさ、親しみやすさ、ユーモアを融合した役といえるかもしれない。

 現時点では、看病人に対する偏見から、りんがトレインドナースになることに反対している美津。美津が持つ偏見は、明治時代にトレインドナースが世間から向けられる視線とイコールだ。

 りんの選択とともに、美津の価値観がどのように変化していくかは、トレインドナースの扱いの変化と一致していくだろう。そして、明治の世を生きる母の変化を、水野がどう演じていくかも楽しみだ。(文=古澤椋子)