なぜ宝石のなかでダイヤだけが「特別」なのか…希少性を刷り込んだ「価値操作」の真相
砂糖やコーヒーから始まった「ラグジュアリ(贅沢品)」を、ダイヤモンドの独占供給、エルメスやLVMHのプレミアム戦略、ユニクロやザラのマーケティングから「7つの大罪」を満たすGAFAまでを1本の線で繋げ、世界を回すラグジュアリの本質に迫る『贅沢と欲望の経営史 あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか』(光文社新書)。
本記事では、ラグジュアリの代表である宝石から、ダイヤモンドと真珠の価格のカラクリに迫ります。
(本記事は、坂出健『贅沢と欲望の経営史 あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか』(光文社新書)の一部を抜粋・編集したものです)
ダイヤモンドの価格はデビアスが「勝手に」決める
供給過剰によるダイヤモンド価格下落のピンチを救ったのが、後のイギリス帝国の植民地政策にも関わるセシル・ローズでした。彼はロスチャイルド家の資金援助を受け、1888年に「デビアス社」を設立しました。複数の採掘会社を合併して供給をコントロールし、ダイヤモンドの価格を安定させたのです。
20世紀のほとんどの期間、デビアスは世界のダイヤモンド原石の大部分を支配していました。その中核がCSO(Central Selling Organization)という一括管理システムです。世界中の鉱山(自社以外も含む)から原石を買い叩いてCSOという一つの窓口に集約し、供給量を蛇口のように調節して、価格の暴落を徹底的に防ぎました。
また、サイトホルダー(選ばれし顧客)制度をとり、ダイヤモンドを買えるのは、デビアスが認定した世界でわずか100社程度の業者のみで、購入には以下の条件がつけられていました。
(1)ダイヤ原石の割り当ては本社が決める。
(2)文句・値引き交渉禁止。
(3)ダイヤ原石は箱ごと、丸ごと買い取ること。
(4)ダイヤを未加工のまま売らないこと。
(5)デビアスに対して、市場の情報をすべて提供すること。
年に10回開催される販売会(サイト)で、デビアスが一方的に「箱(ボックス)」の中身と価格を決めます。業者は「箱の中身を全部買うか、一切買わないか」の二択しかなく、価格交渉も一切許されませんでした。
そして、デビアスは、市場が冷え込んだときには供給を止め、膨大な量のダイヤを自社の金庫に「在庫」として貯め込みました。これによって、実際には地中に大量にあるダイヤモンドを、市場に小出しにすることで「非常に珍しいもの」と思い込ませることに成功したのです。
供給を絞ると同時にデビアスが行ったのが、需要を永遠に減らさない戦略です。1947年に発表された「ダイヤモンドは永遠の輝き」というスローガンにより、「ダイヤは売るものではなく、一生持ち続け、中古市場に流さない」という文化を根付かせました。これにより、市場にダイヤが還流して価格が下がるのを防いだのです。
デビアスがコントロールしているのは、物理的な石の量だけではありません。「ダイヤモンドは高価で、希少で、愛の象徴である」という世界中の人々の「認識」そのものをコントロールしているのが、彼らの最大の強みと言えます。この人々の「認識」を支えたのが。高級ジュエリー店・映画・新しいマーケティング手法でした。
ティファニーとカルティエが「物語」を強化
デビアスの「愛の証」としてのダイヤモンドを商品化したのが、高級ジュエラーのティファニーとカルティエでした。どちらもダイヤモンドジュエリーの代表格ですが、その魅力には大きな違いがあります。
まずティファニーは、1837年創業のアメリカ発祥のブランドで、上品でシンプル、そしてどこか可憐なイメージを持っています。映画『ティファニーで朝食を』(1961年公開)のオードリー・ヘップバーンを思い浮かべると、その雰囲気がよく伝わるでしょう。ティファニーがダイヤモンドを6本の爪で高く持ち上げるデザイン「ティファニー・セッティング」の指輪を発表して以降、立て爪ダイヤモンドは婚約指輪の定番となりました。
一方、カルティエは、1847年創業のフランスブランドです。洗練された中にも個性と存在感が光る、大胆なデザインが魅力です。女優グレース・ケリーがモナコ大公のレーニエ3世から贈られた婚約指輪がカルティエだったのは有名な話です。映画『上流社会』(1956年公開)の中でも、彼女はそのリングを実際に身に着けて登場しています。まさに「王子様とのロマンス」の象徴です。
ダイヤモンド・マーケティングの深層心理学
私たち日本人が「婚約指輪といえばダイヤモンド」と思うようになった背景には、ある仕掛けがあります。1960年代、日本ではまだ婚約指輪に宝石を贈る習慣は広まっていませんでした。
そんな中、デビアスが世界最大の広告代理店と組んで、日本市場に「愛の証=ダイヤモンド」というイメージを根付かせるキャンペーンを展開しました。実際には、ダイヤモンドの価格は希少性に依存していて、モノとしての「固有の価値」はありません。しかし、「ダイヤモンドは永遠に」というキャッチコピーが、結婚を控えた日本人女性の心をつかんだのです。
アメリカのジャーナリスト・政治学者のエプスタインは、デビアスの戦略を心理学的にも分析しています。まず、多くの男性は「女性がダイヤモンドを欲しがっていることを、なんとなく察している」とし、あるときふいに決心してダイヤモンドを買う――この「ギフト・プロセス」は無意識のうちに刷り込まれていると指摘します。
また、ダイヤモンドには「永遠」「価値」「美しさ」「かけがえのなさ」といったイメージが結びつけられ、婚約の象徴として完璧な位置づけがされていきました。
ペンシルベニア大学のボザード教授は、婚約指輪には「夫を獲得する能力のシンボル」としての意味があると分析しています。それは「簡単には手に入らない高価なもの」であり、「目に見える形」で「永遠に残る」もの。大規模で匿名性の高い社会の中では、こうした「見える形」での証明がとても重要になるのです。
結婚を目前にした女性が、職場や学校でその指輪を見せることで、「私は選ばれた」ということを周囲に伝える――。それが当時の社会における婚約指輪の本質的機能だったともいえます。
ここでちょっと視点を広げてみましょう。フランスの人類学者モースは、古代社会の「贈与」について、次のような3つのルールを挙げました。
(1)贈る義務=立場ある人は、贈り物をすることで権威を保つ。
(2)受け取る義務=贈り物を断ると、相手に「お返しする気がない」と思われてしまう。
(3)お返しの義務=お返ししないと「面子」を失う。
この考え方は、現代の婚約指輪にも通じます。高価な指輪を贈ることで、愛情や誠意を「見える形」で示す。女性もそれを受け取ることで「この人と未来を築く覚悟」を周囲に示す。そして、結婚という形で「返礼」が完結する――まさに現代の贈与の循環です。
ところで、「ダイヤモンドは永遠に」と言われながらも、実際にそれを売ろうとしたらどうなるのでしょう? 実は、ダイヤモンドを買い戻してくれる店はあまり多くなく、売ったとしてもがっかりするほど安く見積もられることが多いのです。装飾用のダイヤは台座によって欠けやキズが隠れていることがあり、「投資」としての価値は案外あやふやです。
実際、格式あるジュエリー店ほど買い戻しには消極的です。つまり「ダイヤモンドは売るものではなく、持ち続けるもの」という価値観自体が、「不都合な真実」を隠すための、マーケティングで築かれたフィクションでもあるのです。
…つづく『日本はヤバい…真珠の王者『MIKIMOTO』が世界の大金持ちと衝撃を与えたワケ』では、ダイヤよりも希少とされた真珠の価格破壊が起こるまでを史実からたどります。
