2025年12月、ソウルで国家保安法の廃止を訴える議員や市民団体関係者(共同)

 北朝鮮の称賛や北朝鮮人との接触を罰する韓国のスパイ取締法「国家保安法」の廃止を目指す動きが、革新系与党の中に出ている。独裁政権時代に民主化運動の弾圧に使われ、今も冤罪を生んでいるためだ。「思想の自由を侵害している」との批判も根強い。(共同通信=富樫顕大)

 「『スパイ』とされた気持ちが分かるか。謝罪しろ」。2014年の旅客船セウォル号沈没事故の追悼施設を南部・済州島で運営する申東勲さん(54)が2026年1月、最高検のロビーで叫んだ。

 申さんは、労組幹部が2020〜2021年前後に労組や米軍基地の情報を北朝鮮工作員に報告したとされる事件に絡み、幹部の紹介で工作員に会ったとして国家保安法違反罪で起訴された。当局に監視、録画され続けていたことに衝撃を受けた。

 2025年9月、最高裁判決で幹部は懲役9年6月とされた一方、申さんは無罪が確定した。2023年に半年間、身柄を拘束され、経営する企業からは顧客が離れた。

 ソウルで暮らす男性(44)は海軍士官学校の教官だった2009年に北朝鮮政府寄りの視点で現代史の教材を作成したとして、2011年に国家保安法違反罪で起訴された。身柄は拘束されなかったが、2014年に無罪が確定するまで、退役できないまま軍から月約60万ウォン(約6万円)だけ支給される生活を強いられた。副業もできず、借金をしてしのいだ。

 男性は教材作成の理由を「『敵を知って己を知る』という思いだった」と説明。法律については、証明が不可能な内心の処罰を目的にしており「恣意的に運用される」と訴える。

 2025年12月、革新系与党「共に民主党」などの議員31人は「政府の権力維持のために悪用されてきた」として廃止法案を国会に提出した。特に北朝鮮称賛を禁じる条項は「曖昧で罪刑法定主義に反し、内心の自由、表現の自由を侵害する」と問題視。刑法のスパイ罪などで取り締まることが可能だと主張している。

 国家保安法の廃止は2004年に革新系の盧武鉉大統領が方針を明言したものの、保守層の反発で実現しなかった経緯がある。現在も保守系最大野党「国民の力」は国家保安法を廃止すれば「韓国に潜入したスパイや北朝鮮に追従する勢力に免罪符を与える」と強くけん制している。

 韓国の国家保安法 北朝鮮を念頭に「反国家団体」の活動を取り締まる目的で1948年に制定された。1925年に日本で公布された治安維持法がモデルともいわれる。国家保安法の最高刑は死刑。1980年代までの独裁政権時に民主化運動弾圧に使われ、これまでも見直し論がたびたび浮上してきた。2025年には同法違反罪で計105人が起訴された。

韓国の国家保安法を巡り、廃止論に反対の立場で討論会をする最大野党「国民の力」の国会議員ら=2025年12月、ソウル(聯合=共同)

韓国南部・済州島にある旅客船セウォル号沈没事故の追悼施設で取材に応じる申東勲さん=2026年1月(共同)

北朝鮮政府寄りの教材を作成したとして起訴後、無罪が確定した男性=2026年1月、ソウル(共同)

韓国で独裁政権時代だった1980年、国家保安法違反罪などで起訴され裁判を受ける、後に大統領になる金大中氏(前列右から2人目)ら(聯合=共同)

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