犬猫440匹を放棄し、新種ウイルスを極秘研究…富山の山奥に実在したリアル「バイオハザード研究所」の全貌
北陸の山奥に、知る人ぞ知る曰く付きの生物科学研究所、通称「バイオハザード研究所」が存在したのをご存じだろうか。
この研究所は国への届け出なしに遺伝子操作による新種のウイルス実験を行い、複数の法令違反により2度の経営破綻を経験した施設だ。その実験内容は新型の鳥インフルエンザウイルスの作製に関わるもので、文部科学省から厳重注意を受けたことで研究は中止され、サンプルは凍結された。その約10か月後、研究所は経営破綻した。
2024年ごろまでは、Googleで「読売新聞 バイオハザード」などと検索すると、この研究所に関する記事が最上位に表示されていた。大手メディアも報じた、課題施設である。
さぞ厳重な管理がなされているかと思いきや、実態はその逆だ。所有者の死亡後、相続人不在のまま管理者も不明となり、法律上は事実上、誰でも立ち入れる状態が続いている。
「では実際に行ってみよう」と考える読者もいるかもしれないが、現地では警察や地元住民が周辺を注視しており、安易な立ち入りはおすすめしない。
この研究所を運営していたのは「シゲタ動物薬品工業」、かつての社名を「ブルー十字動物血液センター」という。金沢に本社を、富山県に研究所を構えていたこともあり、地元では一度は耳にしたことがある人も多いだろう。
同社はもともと、ペット専用の輸血事業などを手がける会社だった。しかし経営破綻の際、献血用に飼育していた犬と猫あわせて440匹をそのまま放置するという事態が発生。餓死の危機に瀕した動物たちを救おうと全国から引き取り手が集まったが、会社側がこれを妨害したことでも大きく取り上げられた。
こうした話を聞けばあまりに危険な会社のように思われるだろうが、同社の実像はそれだけにとどまらない。法律の一線を越えた問題行為がなければ、世界初の偉業として称えられたはずの研究成果も残している。
功罪相半ばするこの会社に、一体何があったのか? 当時の新聞記事などをもとに検証していく。
犬猫の血液型検査キットを開発
そもそも、犬や猫へのペットの輸血自体が、それまで大きな問題にはならなかった。犬は異なる血液型を輸血しても抗体反応が起こりにくく、猫は抗体反応があるものの約9割が同じ血液型という特性があったからだ。
加えて、ペットがあくまで動物として扱われていた時代には、人間と同じように輸血までして治療しようという発想自体が一般的ではなかった。ところが1990年代に入ると、ペットを大切な家族の一員として捉える意識が広がり始め、人間と同等の医療を求める飼い主が増えていく。
ここで一つの問題が浮上した。ペットの輸血が必要な場合は、動物病院が自前で飼育する供血用の犬や猫に頼るか、ドナー登録されたペットから提供を受けるしかなかったのだが、そのドナー登録数が圧倒的に少なく、輸血体制が整っていなかったのだ。
さらに、犬には9種類、猫には3種類の血液型があり、1995年当時は血液型の判別に90分もかかっていた。これを最短1分で判別できる検査キットを開発し、全国に迅速に血液製剤を届ける仕組みを作れば事業として成立すると確信したのが、ブルー十字動物血液センターの創業者・西尾義行氏だった。
これがのちに「バイオハザード研究所」と呼ばれる施設の前身となる会社の始まりとなる。
世界初の快挙を成し遂げながら、倒産の憂き目に
ちなみに、この犬猫専用の血液製剤の開発は世界初の快挙だった。これだけ聞けば、西尾氏は先見の明を持つ優れた起業家に映るだろう。しかし問題はこの後だ。
銀行から24億円もの融資を受けることに成功した西尾氏は、農水省の許可が下り次第すぐに出荷できるよう、血液型判定キットの工場を建設。さらに廃病院を改造して血液製剤を量産する工場も整備し、同時に富山市内に5階建てのビルまで建設するという積極投資を進めた。
▲北國新聞 1996/8/23朝刊31面 犬猫の感染症に特効薬、金沢市のブルー十字が開発、世界初、血液製剤を量産
だが、こうした医療関連の認可には時間がかかる。焦りすぎともいえる西尾氏の行動が仇となり、多額の先行投資が重荷となって、ブルー十字の経営は急速に行き詰まった。当時、別事業からの収入がひと月約2000万円だったのに対し、社員の給与や光熱費、銀行への返済で毎月8000万円が出ていくという、深刻な資金不足に陥っていた。やがて社会的信用に関わる不渡りを出すまでに至った。
その後、ペット用血液型検査キットの許可がようやく下り、全国の動物病院に2000個を販売。1997年夏からは血液製剤の許可も見込めるようになり、量産態勢に入ろうとしていた。事業が軌道に乗れば、年間50億円の売上も見込めるところまで来ていた。しかしすでに手元の資金は尽きており、不渡りを起こした西尾氏への銀行からの追加融資は望めない状況だった。
追い詰められた西尾氏は、なんとか融資を引き出そうと虚偽の書類を作成して銀行に提出。その結果、1998年5月に有印私文書偽造の罪で懲役1年6か月の実刑判決を受けてしまった。資金も信用も失った会社に救いの手を差し伸べる者は現れず、判決前後にブルー十字は70億もの負債総額を抱えて倒産した。
440匹の犬と猫が劣悪な環境で飼育されていた
ここで問題となったのが、血液製剤の製造工場に残された440匹の犬と猫だ。会社は電気・ガス代を滞納しており、すでにガスは止められ、電気も停止寸前という状況だった。
倒産した企業から動物保護を依頼されるという、日本初の事態に直面したのが富山県の動物愛護団体だった。無償で電気・ガス代を肩代わりしながら動物たちを保護し、全国から里親を募集するという、異例の対応を迫られることになった。
▲富山新聞 1997/4/8朝刊25面 犬、猫440匹悲痛な叫び
しかし、引き渡しまでの道のりは困難を極めた。献血さえできればよいというブルー十字社の方針のもとで飼育されていた犬と猫の環境は劣悪で、皮膚病やストレス症状は当たり前、不治の病にかかりながら3か月も投薬されなかった犬もいた。その上、西尾氏や会社役員は動物たちの処分方針を二転三転させ、里親探しを妨害することもあった。
それでもボランティアたちは諦めずに必死で里親を探し続けた。ただ、十分なしつけを受けていない犬猫は人を噛んだり、散歩の仕方を知らなかったり、ところ構わず排泄を繰り返したりと、引き取った飼い主を悩ませた。面倒を見きれないと返却する人も相次いだ。それでも元飼育員とボランティアたちは最後まで諦めず、4か月以内にすべての犬と猫の新たな里親探しを完了させたのだ。
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【つづきを読む】『世界初の快挙を重ねながら、あるウイルスの極秘研究が命取りに…北陸の山奥にいまも眠る「謎の廃研究所」の正体』
