日本は本当に「人手不足インフレ」なのか…?日本の政策論争が迷走するワケ
経済政策は本来「妥協可能な領域」にあるにもかかわらず、現実には戦争やイデオロギー対立のような熱量で議論されている。過去の金融緩和や財政出動の是非における政策議論がそうだった。その背景には、十分な根拠に基づかない断定的な主張が拡散しやすい構造がある。
前編『なぜ経済政策はここまで「不毛な対立」に陥るのか――インフレ論争の正体』では、「物価対策」と「物価“高”対策」の混同に見られるように、本来分けて考えるべき論点が整理されないまま議論されていることを指摘した。
「現状認識」と「判断」のズレ
重要なのは、こうした対立の多くが「理論の違い」ではなく、「現状認識」と「判断」のズレから生じているという点である。
であるならば、まず問うべきは、日本経済がいまどのような状態にあるのか、という基本的な認識である。
とりわけ近年は、「人手不足によって供給能力が制約されており、財政拡大や金融緩和は物価を押し上げるだけだ」という見方が広く語られている。
この認識は正しいのか。
この点をデータに基づいて検証し、あわせて、経済政策論争を「不毛な対立」から脱却させるために何が必要かを考えていこう。
本当に「供給制約経済」なのか
もう一つの重要な論点は、人手不足の認識である。
現在の日本経済について、「極度の人手不足にあり、供給能力が限界に達している」との見方がある。この立場からは、財政拡大や金融緩和は物価を押し上げるだけで、実質GDPは増えないとされる。こう考えた場合の物価対策は、「引き締めが必要」という結論になる。しかし、現実のデータはこの見方を必ずしも支持していない。
失業率や有効求人倍率を見ると、いずれも過去のピークを上回っているわけではない。むしろ直近では、失業率は上昇し、有効求人倍率は低下している。
また、2026年2月時点の物価上昇率(生鮮食品を除く)は前年同月比1.6%であり、政策目標である2%を下回っている。
この状況を「供給制約によるインフレ」と断定するのは難しい。
そもそも、人手不足とは何か。それは「現在の賃金水準では労働力を確保できない」という状態である。であれば、対応は明確である。
賃金を引き上げるか、機械による代替を進めるかのいずれかである。
このように考えると、「人手不足だから財政拡大は無意味」という議論は、現状認識そのものに疑問があると言わざるを得ない。
数字は「政策の優先順位」を示している
以上を踏まえると、経済政策論争が紛糾する理由は明らかである。それは、議論が数量ではなく印象や立場によって行われているからである。
例えば、為替と物価の関係について、内閣府経済社会総合研究所のマクロ計量モデルはこう示している。
為替レートが10%円安になると、消費者物価は2年目に0.16%上昇する。2024年の150円から2026年の160円への変化(約7%の円安)は、物価を0.11%押し上げるにすぎない。一方で、2025年には米価が2倍となり、これは物価を0.6%押し上げた。
つまり、為替よりもコメ価格の方がはるかに物価への影響が大きい。
では、物価を下げるために金利を引き上げるとどうなるか。同モデルによれば、短期金利を1%引き上げても為替は1.7%しか円高にならず、物価への影響は0.03%の低下にとどまる。
しかも、その代償として実質GDPは1%減少する。
0.03%の物価低下のために1%のGDPを失う政策が、合理的と言えるだろうか。私には、到底勘定が合うとは思えない。それならば、農業政策を通じてコメ価格を抑える方が、はるかに効果的である可能性がある。
もちろん、こうしたモデルが完全に正しいとは限らない。しかし、政府の研究機関が精緻に推計した数値である以上、議論の出発点として用いる価値はある。
問題は、このような数量的な比較がほとんど行われていないことである。
経済政策は本来、「どちらがどれだけ効くのか」という比較の問題である。それにもかかわらず、現実の議論はしばしばイデオロギーや立場の対立に流れてしまう。
だからこそ必要なのは、立場ではなく数字で議論することである。
そうすれば、少なくとも「紛糾」はかなりの程度、抑えられるはずだ。
さらに連載記事『なぜ生産性が伸びても「賃金」があがらないのか…?若者を搾取する「日本資本主義の魔物」の正体』でも経済政策について論じているので、ぜひ参考にしてほしい。
