Image: mosseri / Instagram

盛った写真や動画はAIに見えちゃうもんね。

SNS疲れで投稿をやめる「Zero Posting(ゼロ投稿)」のトレンドが加速するなか、Instagram(インスタグラム)率いるAdam Mosseri氏が「これまでみたいなフィードはもう終わってる」と大みそかに発言し、注目を集めています。

25歳未満の人を除けば、インスタと言われてイメージするのは盛った写真、映えメイク、トーンアップした肌、美しい景色を四角く切り取った写真のフィードだと思うんだけど、ああいうフィードはもう終わってる。みんなプライベートなことはもう何年も前から公開しなくなってきてるんだ。

今は非公開のDMで共有するのが主流だし、ボケボケの写真、ブレブレの録画で何の変哲もない日常を切り取ってシェアするようになっている。靴撮ったり。全然カメラ目線じゃないのを隠し撮りしたり。一般公開のコンテンツやアート作品にもこういうRAW(盛らない、ありのまま)を求める美意識が広まってるように感じる。

なのにカメラメーカーさんたちは間違った美意識に走って、2015年からずっとプロみたいに撮れる機能を競い合ってきた。でも今は完ぺきな写真ならAIで生成できるし、プロっぽい仕上がりが逆にAIの目印になってしまっているのが現実だ。

映えの写真なんて安上がりに撮れるし、みんな見飽きてる。みんなが見たいのはそういうのじゃなくて、リアルに感じられるコンテンツ。敏感なクリエイターはその辺汲み取って、身構えない、盛らない写真を敢えて目指してたりする。すべてがパーフェクション。そんな世界ではインパーフェクション(完ぺきじゃないもの)に人は惹かれるのだ。

RAWNESS(生であること)は美の指向性であるのみならず、本物の証、防御の砦でもある。”完ぺきじゃないんだから本当にあったことなんだよ”と伝えたい思いがそこには込められている(以下略)。

なる〜。

確かにAI生成型コンテンツがじゃんじゃんフィードに混じってくる今日び。出来すぎた写真や動画を見るとすべて一度は「AI?」と疑ってかかるのが習慣になっちゃってます。映え系のクリエイターは「うちはAIじゃない!!!!」と差別化図るの、ますますたいへんそう。下手すると完璧すぎる美貌ゆえにAIに顔面使われちゃったりするケースもあるっていうし。

こういう識別機能実装の難しさについては、Mosseri氏さんも後半言及しています。カメラメーカーとSNSプラットフォーム、双方の大きな課題になりそうです。

Source: The Verge

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