三井不動産社長・植田俊の「ライフサイエンス・宇宙・半導体の産業コミュニティを」
この不動産の流動化・証券化は都市再開発を進めていく上での新たな資金調達の手段にもなってきた。リート(REIT、不動産投資信託)と呼ばれる金融商品もその1つ。
投資家から集めた資金で不動産開発を行い、そこから得られる賃貸料収入や不動産の売却益を原資にして、投資者に配当するというやり方である。同社の2代前の社長・岩沙弘道氏(前会長、現相談役。1942年生まれ)がリート開拓者として知られる。
若き植田氏もリート立ち上げの現場に身を置き、様々な体験をしてきた。 「東京ミッドタウンも投資家さんの資金で成り立っています。それに関わっていましたから、本当にそういうプロセスの中にいましたし、日本だけが世界から取り残されていくという恐怖感も味わいました」
植田氏はそう振り返りつつ、「今、日本はまだやれるチャンスがあるということだと思います」と強調する。
『令和の殖産興業を』
「やはり日本は、産業を強くしないと駄目だと思うんです。今こそ、明治時代の先人たちの殖産興業が必要だと。まさに令和版の殖産興業ですね」
植田氏はこう語り、「国もバラマキではなくて、国全体で戦略的に成長産業を育てるための投資をしていくことが大事だと思うんですね。人と産業に投資をしていくと」との思いを述べる(後のインタビュー欄参照)。
日本は、先述のバブル経済崩壊などを経て、2010年(平成22年)、GDP(国内総生産)で中国に抜かれて3位に転落。2023年(令和5年)にはドイツに抜かれて4位となった。1人当たり名目GDPで見ると、38位までその地位は低下し、先進7カ国では最下位である。ちなみに37位は台湾、36位は韓国となっている。
こうした状況にあって、植田氏は「もう一度改めて出直す良いチャンス」という認識を示す。マイナスをプラスに転化していく思考である。また、世界で『分断と対立』が進む中で、「日本の世界の中での立ち位置がはっきりしてくる」と植田氏は考える。
日本の〝失われた30年〟は、世界規模でグローバリゼーションが進んだ時期とも重なる。
先進各国は、例えば製造業のコストダウンのため、安い労働力を求めて中国へ向かった。製造業立国を目指していた中国は国力を付け、GDPで世界第2位の経済大国にのし上がり、米中対立構造が生まれた。
この間、日本はどう行動してきたのか?
各国が、生産適地を求めて国際分業を進めたのに対し、日本は下請に圧力をかけ、納入価格を下げさせ、「人件費を叩く」という形でしのいできた。
親会社と子会社・下請というグループ構成の中で、こうした動きが強まり、結果的にデフレ(物価下落)構造が30年間も続くこととなった。
日本には、「いいモノを安く」という考えが根強くある。それは、日本の伝統的なものでもあり、日本の良き産業風土でもあるのだが、反面、現在は資材・人件費高騰もあり、付加価値を反映させた〝適正価格〟が求められる。
「付加価値を高めていくという方向の中で、今は日本の立ち位置を世界に示すことができるチャンス」と植田氏が語るのには、そうした背景があり、「こんなチャンスを生かさない手はない」と植田氏は強調する。
では、自らの本業では、どうカジ取りをしていくのか─。
「産業デベロッパーとして」
「わたしたちは産業デベロッパーを目指す」─。植田氏は2023年の社長就任以来、こうした考えを示し、積極的に情報発信をしてきた。
要は、産業競争力を高めるということ。日本再生を図るには、国内の産業競争力を高めることが不可欠。そのためには、産・官・学の連携を進める産業コミュニティづくりが重要という同社の考え方である。
