誰もまねできない唯一無二の“ふるさとラーメン” NHK朝ドラ「あまちゃん」のロケ地、岩手・久慈で70年以上愛される老舗 「ラー博」伝説(36)

写真拡大 (全22枚)

全国のラーメンの名店が出店する「新横浜ラーメン博物館」(ラー博)は、年間80万人以上もの客が訪れる“ラーメンの聖地”です。横浜市の新横浜駅前にオープン後、2024年3月に30年の節目を迎えましたが、これまでに招致したラーメン店は50店以上、延べ入館者数は3000万人を超えます。岩岡洋志館長が、それら名店の「ラーメンと人が織りなす物語」を紡ぎました。それが、新刊『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』(講談社ビーシー/講談社)です。収録の中から、創業から70余年経つ今でも唯一無二の味わいのラーメンを提供する岩手県久慈市の「らーめんの千草」を紹介します。

ふるさとラーメン=その土地のソウルフード

「らーめんの千草」の創業は1948年。創業から70余年がたっているにもかかわらず、岩手県久慈市内には、同様のラーメンを出すお店は1軒もありません。しかし、久慈市民で知らない人がいないほどのソウルフードとなっており、お盆や正月などの時期は帰省する地元出身の人たちでごった返します。

私は、その味を誰もまねできなかったのではないか、と思っております。だから、いわゆる“ご当地ラーメン”ではないのです。ご当地ラーメンは、その地域に繁盛した店があり、そこから独立した店や、模倣した店が自然に増え、長い年月を経てその地に定着したラーメン文化です。

対して、「らーめんの千草」のような店を私たちは「ふるさとラーメン」と定義しました。

今でこそ加える素材は「鶏と水」といったラーメンジャンルも現われていますが、「らーめんの千草」のラーメンも「鶏と水」だけの純鶏スープ。創業当時にこのスープを確立していたというのは、本当にすごいことです。

【「らーめんの千草」過去のラー博出店期間】

・ラー博初出店:2004年3月3日〜2005年11月30日

・「あの銘店をもう一度」出店:2024年3月6日〜2024年4月7日

岩手・久慈でラーメンといえば、「千草」のことといわれるくらいの有名店。ラー博には2004年から2005年にかけて出店。当時の外観=2004年

『あまちゃん』のロケ地で育まれた味

まずは岩手県久慈市の場所についてご説明します。一番わかりやすいのは、2013年のNHK連続テレビ小説『あまちゃん』におけるドラマの舞台とされた町です。ドラマに登場した架空の市「北三陸市」のシーンのロケ地が久慈市だったのです。

「らーめんの千草」の創業は1948年。戦前は酪農家を営んでいた遠藤正夫さん、レイさん夫妻が、隣町ではやっていた支那そばを食べて、「これならば、私たちにもできるのでは……」と、「千草食堂」を開業したのが始まりです。

「千草食堂」として創業した初代店主の遠藤正夫さん

その「千草食堂」のラーメンは創業当時から、鶏のみでとったスープで作られています。ルーツは、レイさんの実家である岩手県葛巻町でふるまわれていたキジ汁です。

お客さまが来たときのおもてなしとして、“ニワトリをつぶし、そばを打つ”という昔からの風習があり、「これをラーメンにしてお客さまにお出ししたらどうか……」という発想から始まったようです。

創業当時、麺は毎朝一番列車で八戸まで買い出しに行っていたそうですが、やがて東京から製麺機を取り寄せ、自己流で作るようになったとか。レイさんは、スープ作り、タレ作り、ご飯炊きと、厨房のことはすべてひとりでこなし、正夫さんは麺作りを担当し、製麺が終わると店に出て接客もしていたようです。

創業当時から交通の便は悪く、自動車といえば、隣村である山形村から久慈駅まで木炭を運ぶトラックがあったくらい。用事のある人たちはこれに乗せてもらい久慈で用事を済ませ、「千草食堂」で食事をしてトラックの帰る時間まで待つ―。そんな習慣があったようです。先代いわく、「この人たちに足しげく通っていただいたことが、今の千草につながっている」―とのことでした。

ラー博30周年企画での出店では初代のラーメンを復活させた。丼ぶり1杯に丸鶏半羽分を使い、ネギ、ショウガ、ニンニクといった香味野菜さえ一切使用しない純粋鶏スープ

あまりの繁盛でスープ切れが続き……

「らーめんの千草」の味は、現在三代目へと引き継がれています。1966年、二代目となる遠藤勝さんが「千草食堂」で働き始めます。その後、勝さんは服部料理専門学校卒業後、東京都内のレストランで修業もします。けれど、「岩手で一番になりたい……」という思いのもと、再び「千草食堂」で働き始めます。

「らーめんの千草」として父の味を発展させた二代目の遠藤勝さん

勝さんはラーメン作りに没頭し、さらに「千草食堂」は繁盛店となり、久慈では“ラーメンといえば、千草のこと”というくらい、地元では知らない人がいない有名店になりました。

かつては18時まで営業していたのですが、あまりにも繁盛し、毎日スープ切れが続ようになりました。そのため、1986年、「千草食堂」から現在の屋号である「らーめんの千草」に変更した際に、営業時間も15時までとなりました。そして三代目となる遠藤圭介さんが、1998年頃から店に出るようになり、現在に至ります。

ラーメンの丼ぶり1杯に丸鶏半羽分

「らーめんの千草」のスープに使われているのは丸鶏と鶏ガラのみ。ネギ、ショウガ、ニンニクといった香味野菜さえ一切使用しない純粋鶏スープ。決め手は、使用する鶏にあります。一般的には、生後45〜55日で出荷されるブロイラーが使用されますが、「らーめんの千草」では、生後550〜700日で出荷される青森県産大型鶏を使用しています。生産量が少ないそうですが、飼育日数が長いため余分な肉がつかず、赤身が多いのが特徴。ブロイラーに比べ旨み成分は約1・5倍も含まれています。

ガラ煮込み。「ラーメン千草」では、生後550〜700日で出荷される青森県産大型鶏を使用

そんな丸鶏の肉とガラを別々の寸胴鍋で炊き、濁らないよう“微笑むような火加減”でじっくり煮込み、最後にそれぞれの鍋をブレンドします。スープに使用される丸鶏の量はラーメンの丼ぶり1杯に、なんと約0・5羽分=半羽の鶏が使用されているのです。

丸鶏の肉とガラを別々の寸胴鍋で炊き、濁らないように“微笑むような火加減”でじっくり煮込み濾す

鶏の旨みが凝縮したスープは、どこか懐かしく、優しい香りがします。そしてスープの表面には、キラキラと光る黄金色―。浮き上がる鶏油(チーユ)は、大型鶏でしか味わえないコクがあります。

鶏油(チーユ)が浮き上がり、黄金色に輝くスープ。鶏の旨みが凝縮し、懐かしくも優しい味わい

ラー博30周年では初代の味を三代目が復活

2024年3月6日からの新横浜ラーメン博物館30周年企画「あの銘店をもう一度」での出店は、店の75周年でもあり、原点回帰として、「らーめんの千草」がまだ「千草食堂」だった初代の頃の味を再現していただきました。

圭介さんにその理由を聞くと、「古い常連さんから、“あの頃のラーメンを味わいたい”という声が年々増えてきていて、初代の頃の味はどういうものなのか?」と、考えるようになったそうです。圭介さんは、初代の味を知るべく、二代目の勝さんや常連さんから初代の味について聞き、研究を重ねました。

「らーめんの千草」三代目店主の遠藤圭介さん。ラー博に出店した2004年当時は店長だった

圭介さんによると、「今の味が優しい味なのに対して、昔の味は今よりも輪郭のあるラーメンで、ほとんどの人がライスを頼んでいたそうです。つまり、ライスがほしくなる味わいだったことがわかりました」―と。

私もいただきましたが、これを三代目の圭介さんが作り上げたことに感動です。ラー博に出店していた2004年頃、店長だった圭介さんが授かったお子さんも今や20歳。先日、ラー博に来ていただいたのですが、感慨深いものがありました。今後が楽しみです。

チャーシューも鶏。醤油ダレで味付けされている

■らーめんの千草

[住所]岩手県久慈市二十八日町1丁目10

岩手県久慈市にある「らーめんの千草」。久慈市は朝ドラ『あまちゃん』のロケ地

『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』

『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』

『新横浜ラーメン博物館』の情報

住所:横浜市港北区新横浜2−14−21

交通:JR東海道新幹線・JR横浜線の新横浜駅から徒歩5分、横浜市営地下鉄の新横浜駅8番出口から徒歩1分

営業時間:平日11時〜21時、土日祝10時半〜21時

休館日:年末年始(12月31日、1月1日)

入場料:当日入場券大人450円、小・中・高校生・シニア(65歳以上)100円、小学生未満は無料

※障害者手帳をお持ちの方と、同数の付き添いの方は無料

入場フリーパス「6ヶ月パス」500円、「年間パス」800円

新横浜ラーメン博物館:https://www.raumen.co.jp/

【画像】1杯に丸鶏半羽分を使って作られる唯一無二のラーメン!黄金色に輝くスープが美しい(11枚)