【豊永浩平インタビュー】沖縄の歴史と自分の「いま・ここ」を交差させて「新しい文体」をつくりたい
琉球大学在学中にデビュー作『月ぬ走いや、馬ぬ走い(ちちぬはいや、うんまぬはい)』で群像新人文学賞と野間文芸新人賞をダブル受賞し、一躍注目をあつめた作家・豊永浩平さん。このたび、受賞第一作となる新刊『はくしむるち』が第39回三島由紀夫賞にノミネートされました。彼はこれまで何を読み、どのように小説を書いてきたのか。書評家・江南亜美子さんによるロング・インタビューで解きあかしていきます。(「群像」2026年3月号より転載)
デビュー作『月ぬ走いや、馬ぬ走い』の方法論
江南 今日は新作の『はくしむるち』について伺うことが中心になりますが、やはりせっかくの機会ですので、豊永さんのデビュー作の話から始めさせてください。2024年の群像新人文学賞を受賞した『月ぬ走いや、馬ぬ走い(ちちぬはいや、うんまぬはい)』を読んだとき、新鮮な驚きを覚えました。だれしも新人は固有の光る徴とともに現れますが、豊永さんの場合、沖縄の戦後の歴史をこのように書く作家がいるのかということと、ひじょうにお若いことにびっくりしたんです。21歳、現役大学生でのデビューでした。でもむしろ若いからこう書けたのかもしれないと思いました。
さんざんすでに聞かれたでしょうが、沖縄で生まれ育った豊永さんにとって、沖縄近代史を下敷きに新たな小説を紡ぐことにはどのようなモチベーションがあったのか教えてください。
豊永 沖縄の近現代史をあつかうことは、その地で小説を書いている以上はいずれやろうと思っていたことでした。さまざまな小説の方法論を試していくあいだに、戦後80周年が近づいてきて、プライベートでもいろいろあり、このタイミングで一回トライしてみようと決めたんです。まず考えたのが、これまでの沖縄文学の先輩方のようにはリアリティをもって書くことはできない、けれど、いまを生きる20代の自分として、なにか現代に通じるものを生みださないといけないということでした。そのために新しい方法論を考案しなければ、と感じました。そこで作品に自分に似た目線の若者を登場させるだけではなく、過去から現代にいたる歴史のつながりを見せたい。現代と過去のパートを振り子形式で交互に描いていくスタイルのアイデアが浮かび、これでいこうと。現在は固定で、過去パートは1945年から10年単位で年代ごとに区切っていき、最終的に現在に合流する流れになりました。
江南 『月ぬ走いや』の構造を簡単に整理すると、全14章で構成され、それぞれ世代も性別も異なる人物が一人称の語り手を担いながら、章をつないでいきます。トップバッターは現代の沖縄に生きる小学生男子で、クォーターの島尻・ケンドリック・浩輔。お盆の「道巡礼(ミチジュネー)」の日だから海に行くなとオバアから止められます。二番手は、戦争末期に沖縄地上戦で赤子と母を殺し、米兵によって殺された日本兵の亡霊の「私」。三番手は、周囲の男の子たちや身体の話を赤裸々に吐き出す、現代の沖縄の女子といったぐあいです。特攻隊の青年や、ベトナム戦争時の基地周辺に住む若者なども登場し、物語レベルでも文体のレベルでも章ごとに落差が用意され、雰囲気ががらっとかわります。生者も死者もいて、それぞれにかけ離れた人物を表象するのは難しかったのではありませんか?
豊永 いまある順番通りに、まず子供のパートを書き、つぎに兵隊さんの回想のパートを書いたとき、このままちょっとずつつなげていけば、なんとかなるんじゃないかという気がしました。現代にもさまざまな考えの人がいるように、戦中も軍国主義のイデオロギーに染まった兵士もいれば、それに納得できなかった人物もいる。現代パートもふくめてたくさんの人物たちの思いと声を書き分け交錯させる必要がありましたが、自分が影響を受けてきた作家たちを明らかにするつもりで取り組みました。彼らの文体を「サンプリング」の参照先にし、沖縄の歴史と個人的な文学史を辿り直してみようと。
江南 ちなみに、影響を受けたというのは近代文学の?
豊永 たとえば特攻隊の隊長のパートは、島尾敏雄を意識しました。大岡昇平もそのひとりです。4ブロック目の島尻隊長の箇所のラストは、若干『野火』と重ねて書きました。フィリピンの田村一等兵が見る、終盤の草と水とともに燃える炎の「神の映像」のイメージを、自分も書いてみたいなと。そこで、それ自体説話や神話のコラージュであるエリオットの『荒地』の一節を燃える短艇に重ねました。
一回きりの「語り」を与えたい
江南 ヒップホップ用語でもある「サンプリング」は、豊永さんがインタビューなどでよくつかわれるキーワードです。具体的には「引用」の感覚ですか。
豊永 引用というよりは、自分なりに先人の作家の文体をかみ砕いて書く感じです。一作ごとに要素を抽出して、自分に取り込み、書けるものを書いていくような。
江南 章ごとに語り手がリレーするスタイルはめずらしいわけではなく、とくに若手の作家やデビュー前のひとには断章形式も挑戦しやすいかもしれません。ただ豊永さんのは、章がパキッと分かれるのではなくいわばリエゾン的につながりながら、しかし文体やリズムや語彙には、章ごとにきわだった特徴がある。書き分けの技術がすばらしいんです。だから読んでいて飽きないし、ページをめくる楽しさがあります。
たとえば在沖縄米軍基地の兵士相手に性的な商売をする人物が出てくる、「鉄腕アトム(アストロ・ボーイ)」の章があります。男とも女ともつかぬからだの持ち主とされる「ぼく」がクスリをやると、スローモーションのように、すべての会話も出来事もゆっくり流れだす感覚がありました。描写の解像度に変化がついていたのかもしれませんし、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』を想起しました。文体による効果は、どれぐらい意識されたんですか。
豊永 現代の若い不良たちが出てくるパートではできるだけ句読点を排除していき、そのなかで平仮名を多用するといった工夫はしました。時代をさかのぼるパートは、単純にボキャブラリーの問題ですかね。この当時の人はこういう言葉を使うのではないかと分析して、語彙を徹底してコントロールしました。ひとりずつの登場人物にふさわしい、一回きりの語りを与えたいという意図もあったので。
これを書いたとき意識していたのは、これまで自分が影響を受けてきた作家と、いま沖縄に立っている自分が結びついた、新しい文体をつくっていければいいなということです。14もの一人称ができあがったことで、その達成を今度はべつの作品で展開させてやろうと思った。それで書き始めたのが『はくしむるち』です。
江南 新作の話も聞きたいのですが、もう少しだけねばっていいですか(笑)。『月ぬ走いや』でのデビュー以前に、新人賞にどれぐらいトライされてきたんでしょうか。また、この複数の一人称の書き分けと時代をパートごとに描くという手法は、本作のために用意したものなのか、なんどか手法のトライアルがあって、最終的に本作に落とし込まれたのか、そのあたりも教えてください。
豊永 デビューまでは何十作も書いたわけではなくて、『月ぬ走いや』が 4、5作目ぐらいです。すべて一人称形式ばかりで書いてました。いろんな登場人物の一人称を、短く区切って歴史ごとに組み合わせてやればいいんじゃないかと思いついたのが『月ぬ走いや』で、歴史的な題材をあつかったのはこれが初めてです。完成時に、どうにかうまくできたかもという手ごたえはありました。
江南 新人賞に応募する前や後で、作品をだれかに講評してもらったりしましたか?
豊永 デビュー前は、応募作品が一本でき上がったら、SNS上で知りあった人たちに感想を募って、人目にさらすようにしていました。ネット上で読書会をしたり、リアルで会ったこともあります。書きつづけるモチベーションはそんな場でもらえたのかなと思います。
過剰な「エモ」を警戒する
江南 こんな質問をした理由は、私がいま芸術大学で小説の創作を教えていて、学生が小説や批評を書いたりするのを、日々見守っているからなんです。何を書くのかというテーマは各自が見出すしかないし、テーマにふさわしい書きぶりについて教えることはなかなか難しいものがあります。私が豊永さんの『月ぬ走いや』で感じたのは、大きなテーマを内包しているけれど、それを謳いあげすぎない禁欲さです。暴力と性の連鎖を描くにあたり、「恩賜の軍刀」をめぐるエピソードなどはガーッと起伏をつけて登っていきたくなるものなんですが、豊永さんは完全に絶頂まではいかず、すっとひいて次に移っていくイメージ。この抑制について、どう意識されましたか。
豊永 14に分かれた小説である以上、ひとつひとつの章でドラマチックな展開を作ってバーンと終わらせてしまうと、後まで続いていかないかなと考えました。一人一人がいて、14人が自分のことを語りながらひとつの小説になるという、この流れを大事にしたかった。ここ80年の歴史の流れが、自分のいま・ここの流れに合流するようにやれればいいなと。そのバランスを壊したくなかったんです。
やはり歴史をあつかうので、多分にエモーショナルに書けてしまう題材ではあるんです。でもそれをやったらずれるというか、危ういものが出てきてしまうおそれがありました。たとえば特攻隊の青年をあまりに感動的に書けば、昔の殉国美談のようになる。物語化して消費する構造の作品になりかねない。だれか一人が突出して語るのではなくて、ちょっとずつ抑えて14人の語りから何が見えてくるか。立場の違う人もいれば、現代の人も過去の人もいる。そこから見えてくるものを書きたかったんです。
江南 単一の声に塗り込めてしまう過剰な「エモ」を排除するというのは、方針としてよくわかります。豊永さんという著者の、歴史認識に対する誠実さでもあるでしょうし、もっといえば作品を、沖縄の社会問題をあつかった「沖縄文学」であるという位置づけから解放する働きももっています。沖縄の貧困問題、沖縄の性暴力、沖縄の戦争……、と特定の土地に紐づいた固有の物語ではなくて、たしかに沖縄のことではあるにせよ普遍性のほうへ開かれていく。同様のことは『はくしむるち』にもいえるかもしれません。
豊永 メッセージとして沖縄のことを伝えたいとは考えていますが、いまの自分にすべてがあつかいきれるのかという疑問がどうしても拭えませんでした。これまでの沖縄文学の作家たちは、政治的な運動と文学の両輪で、明確なメッセージを打ち出そうとされてきました。90年代を知る作家なら、95年の少女暴行事件も顕在化した基地問題も身近に起こったことだから、コミットせざるを得ないわけじゃないですか。でも自分が彼らと同じように直截的に書けるかというと、どうしても及び腰になる。まずはあつかい方の問題、態度の問題になるのかなと。
それに加えて、単純に、20代の自分がいまの視点から昔の人たちをジャッジできるのかとは考えます。軍国主義イデオロギーは明らかにおそろしい。でもどういうことが連関してそれに至ったのか、駆り立てられてしまった集団心理も書いていく必要がある。さっきの「エモい問題」ともつながりますが、ジャッジすることってすごく気持ちよくなってしまいますね。読者もそうだし、自分もそう。
江南 書き手もそれに酔ってしまうと。
豊永 だから書いていて、気持ちよさオーラみたいなものをちょっとでも感じ始めると、書いてるものから反発を受けて、こんな風に書いていいのかなと冷静になります。
江南 テキストが豊永さんに教えてくれるんですね。「だいぶ筆が走っているけど大丈夫?」みたいに。神秘的ですてきです(笑)。いま悪しき意味の「物語化」、つまり読者の感情と共感に訴えて、わかりやすく単純化したメッセージを伝えようとしてくる小説や、小説にかぎらないさまざまなコンテンツが広く支持される風潮にあって、ここに自覚的かどうかは大事でしょう。沖縄出身の作家というだけで、いらぬ荷物を肩に載せられがちでしょうが、いまのお話で豊永さんのスタンスがよくわかりました。
豊永 沖縄の歴史自体、一筋縄でいかないというか、対立する意見のぶつかりあいと積み重ねの上にいまのかたちがあるわけです。過去とつながってきた沖縄ですから、複雑さこそをおそれず書きたいですね。
⇒「【豊永浩平インタビュー:後編】いまを生きる少年少女と戦時中の少年兵たち、二つの時間を重ねて「暴力の構図」を描く」につづく
