「妻に怒られて、一生悔やんで生きていきます」港区在住の男性が大失敗! 不動産価格3200万円→7億2600万円の“一攫千金チャンス”を逃した理由とは!?〉から続く

 令和の不動産バブルはいつまで続くのか。都心部の中古マンションの価格は2021年から4年の間に、なんと1.5倍ほどになった。中には3倍近く高騰した物件もあるという。10億円を超えるような高額な物件を購入しているのは、主に香港や台湾の富裕層だ。

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 彼らはどうして日本の不動産を欲しがるのだろうか? 20年以上にわたり不動産業界を取材してきた吉松こころ氏の『強欲不動産 令和バブルの熱源に迫る』(文春新書)では、その理由や価格高騰のからくりを明らかにしている。

 今回は世界的な半導体企業「TSMC」が工場を建設することで空前の不動産バブルに沸いている熊本の内情を描いた箇所から一部抜粋する。

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1700世帯の農家を一気に回る

「2年前ですよ。県の企業誘致を担当する部署に呼ばれたんです。彼らが一番心配していたのは、数がそろうか、ということでした」

 その日、熊本市内で面会した不動産会社の会長が話した。「明和不動産」の川口雄一郎氏だ。熊本の賃貸業界を牛耳る重鎮である。

 彼が言う「2年前」とは、2021年の年明けすぐの頃で、TSMC(半導体の世界的メーカー)による熊本県菊陽町への工場建設計画が発表される以前のことだった。

 県が「そろうか?」と聞いたのは、住宅の数だった。工場建設の最終候補地は、熊本と新潟で割れていた。工場が生み出す雇用の受け皿となる住宅を用意できるか。それは候補地として選ばれる切り札のようにも聞こえた。

「そろえます」

 川口氏は即答した。断言できるのには根拠があった。

 県から呼び出しを受けた時、ピンとくるものがあった。すぐに社員に指示を出し、熊本市内にある賃貸住宅の空室を調べさせ、どこの部屋がどれくらい空いているのかという情報を集めていた。それで、市内には4000室の空室があることがわかっていた。

「場所を選ばなければ、部屋はいくらだってありますよ。この春竣工の新築も380室あります」。川口氏は自信たっぷりに言った。

 県の職員は、台湾人で300室、日本人で700室の合計1000室が必要で、単身とファミリーの割合は500室と500室だと話した。

「定期的に打ち合わせをしましょう」と言って県庁を出ると、すぐさま会社に戻り、川口氏は動いた。

 自ら陣頭指揮を執り、土地を押さえにかかったのだ。全営業社員を集め、1700世帯の農家を一気に回った。1軒ずつ、「土地を売ってください」と訪問し、2年で3周するスピードで、他社を圧倒した。そして買い上げた土地に、新築の賃貸マンションを次々と建てていった。ちなみに2023年8月に私が訪問した時点で、34棟が建築中だった。


TSMC熊本第一工場 ©時事通信

「九州中の杭を集めろ」と社員に大号令

 明和不動産は、1981年創業で、川口会長が28歳の時に興した。熊本を拠点に賃貸住宅の管理や仲介を行うが、福岡や鹿児島、東京にも出店し事業範囲を拡大している。現在73歳の川口氏は会長職で、社長は、次男の英之介氏が務める。

 親分肌で決断が早く、歯に衣着せぬ発言で知られる川口会長は若い頃から人望が厚く、長年、賃貸業界や地域の活性化にも取り組んできた。公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会の会長といった業界の要職も務めていた。

 特に地震対応での貢献は大きい。東日本大震災から使われるようになった「みなし仮設住宅」についてはその仕組み作りに奔走し、生みの親ともいえる存在だ。みなし仮設住宅とは、自治体がすでにある民間の賃貸住宅の空室を借り上げて、被災者に貸し出すというもの。仮設住宅を建てるには時間もコストもかかるため、川口氏が既存の賃貸住宅を活用すべきだと訴え実現した。

 2016年の熊本地震では、会社や自らも被災しながら、現場の最前線で復旧作業に当たった。こうした活動が評価され、2022年には、旭日双光章を受章している。

 TSMC誘致が正式に発表された後、土地の価格はどんどん上がって行った。それまで坪10万円程度だったのが、40万円、50万円になっていった。

 サプライチェーンや関連企業など、80社以上が続々とやってきた。ソニーグループや東京エレクトロンなどが近接地域への工場建設を発表した。物流会社や、クリーンルームを作る会社、専門のクリーニング会社などもきた。人口が増えれば、学校、病院、飲食店、スーパー、床屋もできる。

「九州中の杭を集めろ」

 川口氏は社員に大号令を出した。

 半導体の生産には大量の水がいる。半導体の工場では、1日数万トンを使うとも言われる。熊本が選ばれたのも地下水が豊富で水質が良いことが理由の一つだった。確かに、大きな地下水帯があると言われる阿蘇外輪山を菊陽町から見渡した時、マイナスイオンが目に見えるんじゃないかと思ったほど豊かな水の恵みを感じた。

「その分地盤が悪いんですよ。建物を建てようと思ったらかなり深く杭を打たないといけないんです」(川口氏)

 TSMC進出に合わせて県外から様々な飲食チェーンがやってきたが、そうした事情までは分からなかったのか地盤の悪い地域を坪40万円以上で買って行ったところもあった。

 川口氏はいずれ杭が不足し高騰することを見越して、大量の杭を集めていた。

「杭やら何やらが足りなくなったら建築費なんてどんどん釣り上がっていきますから。建築費が2倍になったんじゃ、せっかく建てても利回りが合わないでしょう」

 新築した賃貸マンションは、1棟ごと投資家に販売する。価格は6000万円から、高いものだと8億円くらいだ。一番多い価格帯は3億円台で、大阪や東京の投資家が購入した。当時建築中だった前述の34棟は、すでに完売済みだと話した。

 2024年1月に、NHKが第2工場建設をニュース速報で伝える半年も前のことである。

「熊本の経済効果でおそらく10兆円は動く」

 さらに手を打っておいたことがある。それはいずれ始まる部屋探しを見越しての宣伝活動だった。新工場では1700名が働くと発表されていた。

 川口氏は、TSMCの台湾本社内にあるデジタルサイネージで、明和不動産のCMを流させてほしいと自ら交渉し、広告枠を勝ち取った。熊本県が温泉や観光地をアピールするCMと並列で同社を宣伝する映像が流れた。同時に菊陽町の町役場に近い場所に土地を買い、新しい賃貸仲介ショップまで建てた。工場の建設現場近くの道路沿いには、「“ウレシイ”住まい探し 賃貸・売買・管理 お任せください!」という目立つ看板も立て徹底的に「明和不動産」の社名をアピールした。

「国は熊本の経済効果を10年で4兆3000億円と言ってるけど、俺はそんなもんじゃないと思ってますよ。おそらく10兆は動く。とんでもないことになる」(川口氏)

 賃貸住宅の建設で特に力を入れたのが、TSMCが従業員の住む場所として推奨する4地区だった。

「A地区、B地区、C地区、D地区の四つです。A地区は熊本駅周辺、B地区は水前寺、C地区が共栄橋、D地区は大津町。この4地区を狙い撃ちしてウチは建てました」

 台湾から600名近い技術者とその家族が来るという情報もあった。彼らはエリートだ。賃貸住宅の仕様は、ありきたりのアパートではなく、高額所得者が好むような高級仕様にした。家賃も相場より高く設定した。

「大卒の初任給は、うちの会社が21万円です。肥後銀行が21万5000円。工場は27万5000円出すそうです。社員食堂のおばちゃんの時給だって3500円なんだから」

 2024年4月、工場運営を担うTSMCの子会社、「JASM」には256名もの新入社員が入社し話題を呼んだ。川口氏はこうしたことをすべて見越して先手先手で動いてきた。県に呼ばれ、住宅の数を「そろえます」と言い切った時から、戦いは始まっていたのだ。

吉松 こころ(よしまつ こころ)
1977年鹿児島県伊佐市生まれ。19歳で進学を機に上京。2003年7月に、業界紙「週刊全国賃貸住宅新聞」に入社。主に、広告営業を担当する。営業デスク、編集デスク、取締役を経て、14年に退職。約12年間の記者生活では、全国の賃貸管理会社や大家、投資家、建設会社を取材して回った。15年に独立。不動産業界向けのミニ通信社、「株式会社Hello News」を起業し、不動産・建築の世界で生きる人々を取材している。過去に週刊新潮、AERA、現代ビジネス、FACTAなどで記事を執筆。

(吉松 こころ/文春新書)