【プレイバック’06】小3男児を15階から投げ落とした…“子煩悩な父”が変わってしまった“理由”
女性や子供などの弱者ばかりを狙った
10年前、20年前、30年前に『FRIDAY』は何を報じていたのか。当時話題になったトピックをいまふたたびふり返る【プレイバック・フライデー】。今回は20年前の’16年4月21日号『子煩悩な父親はなぜ悪魔に変身したのか 川崎・小3転落死 容疑者が狙った「連続殺人」』を取り上げる。
’06年4月1日、神奈川県警は無職・杉浦晃一(仮名・当時41)を殺人未遂と建造物侵入の疑いで逮捕した。3月29日に川崎市多摩区にある15階建てのマンションの15階から清掃作業員の女性(68)を投げ落とそうとした疑いだった。
このマンションでは、9日前の20日の昼0時50分ごろに、このマンションに住む小学校3年生のA君(9)が同じ15階から転落死していた。手すりにA君の指紋がなかったことから警察は投げ落とされたとして捜査していたところ、29日の事件で公開された防犯カメラの映像を見た杉浦が多摩署に出頭してきたのだ。杉浦はA君を殺害したことも認めたのだった──。(《》内の記述は過去記事より引用、肩書は当時のもの)。
杉浦は29日の朝9時ごろにマンションに侵入。約30分後に1階にいた清掃作業員の女性に「ごみがある」と嘘をついて15階に連れて行った。15階に着くと、女性を転倒させ、体を抱え上げて投げ落とそうとしたが、女性が抵抗したために逃走。公開された映像はこのとき杉浦が逃走する姿をとらえたものだった。
警察の取り調べに対して杉浦は「一番高いところから落とせば死ぬと思った。女や子供を狙っていた」「(A君を転落死させた)20日が上手くいったので、もともと殺すつもりでマンションに行った」などと供述。A君や清掃員の女性とは面識がなかったという。
女性や子供という弱者ばかりを狙った無差別連続殺人事件にもなりかねなかった犯行。このような凶行に走った彼はどんな人物だったのか。本誌が周辺を取材すると、その意外な“素顔”が浮かびあがったのだった。
《「とても愛想がよく、元気な人でした。Tシャツ姿で縄跳びしたり、夫婦でウォーキングをしてました」(近所の主婦)
また昨年まで店長として勤務していたカーテン販売店のメールマガジンではコラムも執筆。〈カーテンを販売していて(客が喜ぶ)この一瞬のお顔を拝見するのが何よりの幸せです〉と仕事への熱意を記していた。さらにメルマガでは、事故に遭った自分の娘の体に傷が残らないかを気にかけたり、店を訪れる子供連れを見ては、「子供と遊ぶのが大好き」と綴るなど、子煩悩ぶりも隠そうとしなかった》
「突然辞めると言い出した」
だが、’03年ごろから杉浦には不運が相次ぐ。妻の実家の火事があったかと思えば、父親が脳梗塞で寝たきりになり、長女が交通事故で入院した。この時期に3500万円の自宅のローンを組んだことも影響したのかもしれない。心の負担が積み重なったためか、’04年ごろから杉浦の様子は明らかに変化したという。当時の記事では元勤務先の社長が次のように証言していた。
《「眠れないので病院に通うことにしたと相談を受けました。’04年ごろから仕事にも支障をきたすようになったんです。会社には毎朝来るのですが、女性スタッフが出勤してくると、すぐどこかへ出かけてしまう。営業回りをしているふりをして、フラフラしているだけ。日報には、ウソの営業記録や取引先からの入金予定日まで書いてあることもあった。会社でもそれを問題視していたときに、昨年8月に突然辞めると言い出したんです」
社長は何度か慰留を試みるも杉浦の意思は固く、’05年8月20日に《○○ 社長へ お疲れ様です。短い期間ではありました、色々とお世話になりありがとうございました》というなんともそっけない辞表をメールで送ってきた。しかも、妻に一言も相談せずにである》
9月に退職した杉浦は2ヵ月後にうつ病で入院。3月8日に退院したものの、その後わずか2週間足らずで凶行に及んだのだった。当時、本誌は病院を取材したが、ノーコメントだった。
取り調べでの杉浦の言動はしっかりとしており、県警は責任能力があると判断。この段階では精神鑑定の予定もなかった。しかし、やはり杉浦の行動には不可解な点があった。当時の記事では、次のように指摘している。
《「自分で依願退職メールを送りながらも、『(会社から)リストラされた』と矛盾した供述をしていること。また、マンションを何度も訪ねて襲う相手を探したり、逃走する際、管理人室を避けるなど、計画性がうかがえる反面、住民に気付かれる恐れが強いのに同じマンションで犯行を繰り返していることなどです。肝心の動機もいまだハッキリしません」(社会部記者)》
娘思いの父親が無力な小学生を投げ落とすという“悪魔”に変身した理由は何だったのだろうか──。
刑事責任は問えるのか
その後の調べで杉浦は事件現場となったマンションで、自らも飛び降り自殺しようとしていたことが明らかになった。会社を退社した翌月の’05年10月に同マンションの15階に行き、飛び降りようとしたが「通路から下を見たら怖くなってやめた」と供述したという。
また、3月29日の殺人未遂事件の直後に川崎市麻生区の13階建てのマンションでも、小学4年生の男児を投げ落とそうとしていたことが明らかになり、殺人未遂などの疑いで再逮捕されている。
殺人などの罪に問われた杉浦の裁判は’06年7月21日から横浜地裁で行われた。冒頭陳述で検察側は犯行の動機について次のように述べていた。
「幸せな暮らしをしている他人の家庭へのねたみを募らせ、誰でもいいから子供や女性を殺し家庭を崩壊させてやりたいとの思いに駆られ、マンションの高層階から落とせば自分の手を血で汚さずに殺せると考えた」
起訴状によると杉浦は、現場マンションの15階通路でエレベーターを降りてきた雄樹君に「ランドセルにゴキブリがついている」と嘘をついてランドセルを外させ、両脇に手を差し入れて肩にかつぎ、約40m下の植え込み内に投げ落として殺害したという。
杉浦は「間違いないです」と罪状を認めたが、裁判では杉浦の責任能力について争われることとなった。
’09年3月6日の判決公判で杉浦に言い渡された判決は「無期懲役」だった。
裁判長は犯行について「自己の境遇に比べて、幸せそうな家庭を崩壊させるために犯行に至り、その時に感じた達成感を再び味わいたいと感じていた」とし、「犯行の態様は、誠に残忍で悪質極まりない」「犯行はまさに通り魔的ともいうべき態様で、各犯行は、社会に大きな不安を与えたことは明らかで、刑事責任は極めて重大」と指摘。
さらに裁判中に行われた精神鑑定の結果についても「犯行には被告の性格や経済的にも家庭的にも追いつめられた状況が相当に大きく影響しており、疾患の影響はそれほど大きくなかったと言わざるを得ない」とし、弁護側の主張を退けた。
判決の言い渡し後、裁判長から「冥福を祈りながら今後の人生を送るように」と諭された杉浦は、消え入りそうな声で「はい」と答えていたという。
弁護側は控訴したが杉浦は4月21日に控訴を取り下げ、刑が確定した。その後、控訴権回復の請求を行い、控訴したが高裁はこれを退けている。
