「理事長になる」夢を語ったエリート医師は“独身偽装男”だった…人生を狂わされた看護師の絶望「これからは人を信じず生きていく」
「独身偽装」という言葉を聞いたことのある読者も多いだろう。既婚者でありながら「独身」と偽り、異性と交際する行為だ。
2025年12月に東京地裁は、マッチングアプリで知り合った女性に独身と偽り、交際した大手広告代理店の男性社員に対し、貞操権侵害を認め、約150万円の賠償を命じた。男性は、2026年3月末で代理店を退職したという(同社広報担当者は退社の事実関係について「個人情報的観点から、在籍確認などについてもお答えしておりません」と回答)。
その後、検察官、自衛官、テレビ制作関係者などの加害事例などが相次いで報じられている。独身偽装はけっして特殊な事例ではない。巧妙な手口も多く、被害女性が妊娠や出産に至るケースもあるが、その実態はほとんど報じられていない。
本記事では、“エリート男性医師”からプロポーズされ、結婚を信じて妊娠・出産した末に裏切られた女性の実体験をもとに、独身偽装の深刻な実態を明らかにする。
■「離島医療」に熱心に取り組む消化器内科医
「彼に、社会的な制裁を下したいと思っています」
なぜ取材に応じてくれたのかという問いに、C子さん(30)は静かに、そして噛みしめるように答えた。若いころの天海祐希を彷彿とさせるC子さんは、素直で温厚な印象を受ける女性である。現在、看護師として地元の美容クリニックに勤めながら、実家で1歳6カ月(取材時点)の男の子を育てる。
C子さんは看護大学を卒業後、地元九州の大規模病院に入職した。勤めて3年目になる2021年の1月、関西から応援に来ていた医師に飲み会に誘われ、21歳年上のIと知り合う。C子さんが25歳のときだ。
「ベテランの医師なのに、とても物腰がやわらかく、優しかったのが印象的でした。コロナ禍での久々の飲み会だったので、新鮮な気持ちで楽しかったのを覚えています。そのときは、彼が関西の系列病院の副院長とは知らず、特に連絡先も交換せずに解散しました」
Iは、C子さんの病院にもしばしば診療に訪れており、お互いを認識してからはたまに病院内ですれ違ったときに挨拶する程度の関係だったという。
「その後、私が病院を退職したので会う機会もなくなっていたのですが、たまたま夜に街中のビルのエレベーター内でばったり再会したんです。私は一人、彼は男性の友人と一緒で、流れでそのまま飲みに行くことになりました。彼はのちに“運命を感じた”と言いましたが、私も少しそんな気持ちがありました」
飲み会でC子さんはIと連絡先を交換し、その後、アプローチされて交際することになる。C子さんは当時26歳、Iは47歳だが、C子さんは人柄重視で年齢をあまり気にしないタイプだった。しかしこの“運命”が人生を狂わせることになるとは、C子さんは知る由もなかった。
「つき合ってすぐ、彼は家族のことをいろいろと話してくれました。同僚の医師や友人にも『僕の大好きな彼女』と紹介してくれました。少したって、別れた女性との間に子供がいることを教えてくれ、“彼はバツイチなんだ”とは認識していました」
Iは、診療や病院経営のかたわらで、離島医療に熱心に取り組む消化器内科医。「へき地にも最先端医療を届けたい」「離島医療に革命を」と、全国を飛び回る姿が新聞にも取り上げられた。病院グループ内では出世街道をひた走り、C子さんには「理事長になる」と言っていた。しかしそんなエリート医師にもかかわらず、誰にでもやわらかい態度で接し、偉ぶるところはなかった。C子さんは母親にも交際を伝え、このころを「愛情をたくさん受けて、とても幸せだった」と振り返る。
「住まいは離れていましたが、多いときは毎週のように会っていました。会わない日も、寝る前には毎日のように1〜2時間電話していました。誕生日プレゼントを彼の自宅に送ったこともありました」
■「子供を作ろう」と言われて妊娠、そして暗転
そうして、交際は1年4カ月を過ぎた。
「このころIさんから、『異動が落ち着くころに結婚しよう。子供が欲しいから、そろそろ子供を作り始めよう。2〜3人は欲しいな』と言われました。Iさんの年齢を考えて、私は同意しました。すると、結婚を待たず、2023年12月中旬に妊娠がわかりました」
嬉しかった半面、結婚前なので不安もあったと、C子さんは当時の心境を語る。
「Iさんに妊娠を伝え、『産んでいいのかな』と伝えると、『当たり前じゃん! 早く籍を入れなきゃね。性別はどっちかなぁ』と言ってくれて、とてもうれしかったのを覚えています。3人での生活を想い描きながら、幸せな気持ちで新年を迎えました」
しかし2024年1月3日、C子さんはIが「既婚者」だったことを知ることになる。
「Iさんに、ご両親に私の妊娠を伝えたか、ご両親への挨拶をどうすればよいかを相談したとき、態度が曖昧だったので違和感を持ったんです。ふと、“バツイチだと思っていたけど離婚していないんじゃ…”との思いがよぎり、『離婚しているよね?』と確認したところ、『離婚した』と言うのですが態度がおかしく、『いつ? 本当に? 離婚できてないんじゃないの?』と問い重ねると、『離婚できていない…』と白状したのです」
Iには別居していた妻がいた。2026年の春に中学生になった子供はその妻との子ではなく、その前に交際した女性との間にできた子供だと、のちに判明する。
「彼は、『忙しかったから離婚を先延ばしにしていただけ』『妻も離婚に同意している』と繰り返しました。しかし、そのうち最初の話とは違ってきて、『妻が離婚届をくれない』『らちがあかない』と言い、妊娠がわかった2カ月後に弁護士を立てて離婚調停を始めました。そんな状況だったので中絶も考えましたが、彼は『中絶せずに産んでほしい』と言ったため、私は彼を信じて待つことにしたんです。けれど待てど暮らせど離婚話は一向に進まず、私は2024年8月に男の子を出産しました」
取材に同席したC子さんの母は、感情を高ぶらせながら当時をこう振り返る。
「Iさんが独身でなかったと知ったときは、ショックで怒りの感情が渦巻きました。でも、彼の誠実な態度で謝る様子と『ちゃんと離婚してC子さんと結婚しますから』 という言葉を私たちは信じることにしました」
C子さんは、Iと出会う前からずっと実家で母と暮らしていた。Iは近くの系列病院で月数回診療があり、C子さんが妊娠してからは診療の際や休日には、C子さんの実家で一緒に過ごした。「彼は赤ちゃんをとてもかわいがっていたのが救いだった」と、C子さんは言う。一日も早く離婚してほしいと願いながら、C子さんは実家で過ごした。
お食い初めなどの行事も済ませ、C子さんの実家からそれほど遠くないIの実家にもたびたび訪れ、先方の両親、弟夫婦らと一緒に家族写真も撮った。だが、Iの離婚は秋になっても成立しなかった。しかも、離婚に不利になるからと子の認知もしてくれないまま、Iからは離婚調停が裁判に移行したと告げられた。そんな環境のなかで、当時28歳だったC子さんの心は次第に追い詰められていった。
■派手な女遊び、嘘、裏切り――「裏の顔」が発覚
「年が明けて2025年になっても彼の離婚は成立せず、とうとう3月になったある日、寝落ちしていた彼のスマホが光っているのを見つけました。ゲームをしたままだったのでロックされていなかったんです。起こさないように彼のスマホを手に取って見てみたところ、彼が浮気を繰り返していることを知ったのです。『死ぬほど大好き』『愛してる』『一生大切にする』、私にかけてくれた言葉は嘘だったんだ、裏切られていたんだと、雷に打たれたような衝撃を受けたことを覚えています」
LINEのやりとりには、C子さんとつき合う前から関係のあった高級クラブの女性と今も続いていて、お互いが求めに応じて会っている様子が記されていた。しかもC子さんの実家に来る前日に宿泊した、病院が手配したホテルでもその女性と逢瀬を重ねていることがわかった。しかも、それ以外にも定期的に会っている女性が複数いた気配もあった。写真の共有フォルダを開くと、泥酔した全裸の女性の画像、女性の陰部を広げた画像などがあった。Iには、裏の顔があったのだ。
「私が泣きながら責めると、『もう二度としないから』『ちゃんとするから』と最初は言いましたが、その後も約束を守らず、裏切られる日々が続きました。喧嘩が絶えなくなり、彼も怒っている私とは話したくないと、何日も電話に出なかったり対話を拒んで黙り込んだり、逃げるようになったんです」
浮気発覚の翌月には、2人で選んだ関西のタワーマンションに移り住む予定になっていた。Iに逃げられる可能性を危惧したC子さんはすぐに引っ越しの手はずを整え、8カ月だった子供を連れて予定どおりマンションに入居し、住民票も移した。2025年4月末のことである。
「マンションに移り住んでからは喧嘩ばかりの日々でした。彼の行動は改まらず、離婚も進まない。私も嘘や裏切りを立て続けに受けて通常のメンタルではなくなっていて、Iさんを責めることが増えました。彼はそんな私を受け止めるどころか徐々に開き直り、『浮気は俺にとっての日常』『俺が不真面目なのは親戚も友達も同僚も、みんな知ってるよ』などと言うようになりました。そして、『C子と話していると頭がおかしくなる』などの言葉も吐かれました」
そして、同居して1カ月半が過ぎた6月――。
「彼が私の話を無視してベッドにもぐりこんだので、服を引っ張って起こし、『父親失格やろ!』と言ったところ、彼が突然、私の首を絞め、そのまま投げ飛ばしたんです。そして、『家から出てけ!』と怒鳴られ、玄関まで押し出されました。私は怖くて110番通報をしましたが、彼の仕事を考え、来てくれた警察の方には暴力の件は伝えませんでした。後日、かなりのあざができ、母には後からでも被害届を出すように言われましたが、診断書も証拠もないため、被害届は出しませんでした」
あまりの状況に、「このまま同居を続けていたら娘が飛び降りるんじゃないか」と心配した母親に諭され、C子さんは新幹線で迎えに来てくれた母親と共にマンションを去ることとなった。しかし、事件はまだ終わらない。
「彼からは、『別れたくない』『愛しています。この先、浮気をすることは絶対にありません。信じてください』という電話やLINEがありました。しかし、彼は私がマンションを出た半月後に新しい女性を作り、家に入れていたんです。ベビー用品を置いたままの家に……。私は驚いて、友人2人に同行してもらって彼が在宅していそうな日を狙ってマンションに踏み込んでみたところ、まさにその女性と過ごしていました」
その後、友人2人とC子さん、Iを含めての話し合いとなったが、そこでIは信じられない言葉を口にする。
「『子供がかわいくないの?』と問い詰めると、『本当に俺の子かわからないし、俺の子じゃないならかわいくない』って。自分もあんなにかわいがっていたくせに……。そして、『どうして私ばかり。あなたが育てる?』と聞くと、『C子が捨てるんだったら育てるよ』って。あまりの言葉に私は絶句しました。友人たちは泣いていました」
この日が、Iと会った最後になった。C子さんは打ちのめされて精神状況が悪化し、ついに適応障害の診断を受けた。マンションでの事件から2カ月以上が過ぎた2025年11月、IはC子さんと子供の生活費のために渡していた家族カードを停止する。子供の認知もせず、養育費の支払いもない。すべてがなかったことのように新しい女性と過ごすIに対し、C子さんは2025年12月、Iに子供の認知と養育費の支払い、そして、独身偽装による性的自己決定権(貞操権)の侵害による慰謝料などを請求するため、弁護士を通じて民事調停を申し立てた。
■「これからは人を信じず生きていく」とC子さん
「子供はかわいいです。けれど、こんなことをするなら何で『産んでほしい』って言ったんだろう。私はシングルマザーとして育てるつもりで子供を産んだわけではありません。『子供を作ろう』と言われたとき、Iさんが既婚者なんて知らなかった。それなのに彼は、『聞かれなかったから言わなかっただけだ』と言って、独身偽装を認めないのです。つき合っているときから、『私は嘘がいちばん嫌い』『隠し事はない?何かあったら言って』と伝えていたのに、彼は私を裏切り続けたんです」
C子さんの母は、娘を気遣いながらこう言った。
「私たちはIさんを家族として受け入れ、C子の出産にも立ち会い、孫の育児も全面的に協力してきたんです。母である私がかわいがった以上にC子をかわいがってほしいと伝えたときの、『はい』という彼の返事を信じました。しかし結局、Iさんは嘘ばかりでした。子供を産むということは、女性にとって人生の大きな選択。なんで、C子ばかりが苦労しなければならないのか」
C子さんは、涙ながらにこう語った。
「私、それまで人生で自分が『嫌い』だと思える人に出会ったことがありませんでした。根本的に、相手を悪い人と思って接したことがなく、誰でも“いい人”と捉えたがる傾向があって、信じてしまうんです。それがこんなことになるなんて……。今回の件で、人間ってこんなに嫌な人がいるんだなって思いました。彼の同僚や部下、友人や知人たちは、彼が既婚者だと教えてくれませんでしたし、その後もみんな見て見ぬふりでした。これからは私、人をあまり信じすぎないように生きていこうと思います」
C子さんが「独身偽装被害者の会」の存在を知ったのは、2025年6月。その後、自分以外にも多くの女性が独身偽装の被害を受けていることを知った。24〜29歳という女性が輝く時期をIに踏みにじられたC子さんは、今後について次のように語る。
「2026年1月27日に家庭裁判所で最初の調停をおこないました。Iさんが今後、調停で誠実な態度を示さないなら、実名報道の手段も探りたいですし、彼が私に一方的に患者情報を共有してきた件、病院が取ったホテルに女性をたびたび連れ込んでいる件などの通報も考えています。泣き寝入りは絶対にしません」
■「ちゃんと確認しないからだ」いわれのない批判も
C子さんは大切な数年間を加害者Iによって奪われた。また、Iが既婚者であることを知りながら、真実を告げなかった同僚らも悪質だ。
「独身偽装被害者の会」の創設者であり、自身も被害者であるマイコさんは「もっと多くの人に、この問題の深刻さを知ってほしい」と訴える。
「独身偽装の問題は、単なる男女トラブルではなく、女性の人権侵害です。ようやく社会に認知が広がり始めましたが、『婚前に性交渉するからだ』『既婚者であることをちゃんと確認しないからだ』などのいわれのない批判を受けたり、間違ったとらえ方で報道されたりすることも多いのが実情です。今後も多くの人に問題の本質と被害の実態を知ってもらう必要があると考えています」
好きな人と一緒に子供を育てたいと思って妊娠、出産した女性たちの人生は、“独身偽装男”によって狂わされたのだ。
(取材・文:ウラノけいすけ)
