●大仕事を終え「燃え尽き症候群のように…」
えん罪事件を取り上げ、権力の腐敗やテレビ報道の在り方に一石を投じた『エルピス―希望、あるいは災い―』(22年)で数々の賞に輝いたカンテレの佐野亜裕美プロデューサーが、3年半ぶりに連続ドラマの現場へ帰ってきた。大仕事を終えた後、「燃え尽き症候群のような感じになった」と人生の岐路を経てたどり着いた新作が、『銀河の一票』(カンテレ・フジテレビ系 20日スタート、毎週月曜22:00〜)だ。

政治家の不正を告発する文書をきっかけにすべてを失った与党幹事長の娘で秘書・星野茉莉(黒木華)が、政治素人のスナックママ・月岡あかり(野呂佳代)と出会い、東京都知事を目指して選挙に挑む“選挙エンターテインメント”の今作。政治と選挙という一見ハードルの高い題材だが、そこには脚本の蛭田直美氏とともに、選挙を通して“社会は変えられると信じること”への祈りが込められている――。

『銀河の一票』佐野亜裕美プロデューサー

○新しい出会いでドラマプロデューサーの血が騒ぎ出す

ギャラクシー賞テレビ部門大賞、放送文化基金賞テレビドラマ部門最優秀賞、日本民間放送連盟賞テレビドラマ部門最優秀賞など、数々の栄冠に輝いた『エルピス』だが、その仕事を終えた後、「若干、燃え尽き症候群のような感じになったんです」と、すぐに次の作品へ取りかかることができなかったという佐野氏。

TBSからカンテレに転籍して『大豆田とわ子と三人の元夫』『エルピス』、さらにはNHKで『17才の帝国』と3本の連ドラを一気にプロデュースした上、『エルピス』は実現までに長い期間を要したこともあり、「正直なところ気力が湧かなかったんです」と打ち明ける。

「テレビドラマプロデューサーの仕事を辞めるか、海外留学するか、妊活するか――大きく人生を変える必要があるのかなと、心が揺れ動いていました」という中で、次の扉を開いたのは「今まで会ったことない人」との出会い。「初めてお会いする方と自分の中にはない新しい企画の話をしてみたら、もしかしたらまた楽しくなるかもしれないと思ったんです」と、ドラマプロデューサーの血が再び騒ぎ出した。

その相手の一人が、脚本家・演出家・俳優の山田由梨氏。かねてからドラマの題材として興味を持っていた政治・選挙について、山田氏とディスカッションや取材を重ねるうちに、「どうせこの題材をやるんだったら、地上波でやりたい」という思いが固まっていく。

同じ頃、後に大ヒット映画『国宝』の製作幹事としてその名を業界にとどろかせることになる「ミリアゴンスタジオ」を立ち上げたばかりの村田千恵子氏とも出会った。かねてから佐野氏は、テレビ局のプロデューサーとして「作品の中身を面白くすること」と「出口をどう広げるか」の両方を考えなければならないことに難しさを感じながら、自身は前者に注力したいという思いがあった。

そんな中で、プロデューサーがクリエイティブに集中できる環境を作りたいというミリアゴンスタジオのミッションに共感し、自身が友人と設立した会社とミリアゴンスタジオで、地上波ドラマ以外のドラマ・映画作品を開発するというパートナーシップを結ぶ。その流れから今回、カンテレとミリアゴンスタジオが『銀河の一票』を共同制作することになった。

黒木華

○企画づくりで選挙事務所のボランティアも

企画づくりの過程で、佐野氏はなんと実際の選挙にも入り込んだ。候補者事務所でビラ配りをし、電話作戦にも参加するなど、テレビ局員としての勤務時間外のボランティアという形で現場を経験。選挙の仕組みや、政治がどうあるべきかということ以上に、「急な選挙で平日に無償で手伝いに来る人たちは普段何をしている人なのか、どういう関係性なのか…といったことが気になって、選挙戦を巡るいろんな人間模様が面白かったんです」と、今作の方向性が見えてきた。

そこで脚本として白羽の矢を立てたのが、『これは経費で落ちません!』『舟を編む』(NHK)や、昨年には区議会議員選挙を舞台に描いた『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』(フジテレビ)を手掛けた蛭田直美氏。「いわゆる日曜劇場やWOWOWのような硬質な社会派ではなく、人間の希望とか人間の可能性を描きたい」という思いがあった。

●配信で敬遠されるテーマだからこそ…「地上波でやりたい」
今回の作品を「地上波でやりたい」と考えたのは、なぜか。配信サービスでは、視聴者が自ら作品を選ぶ文化の中で、「飲み会の場で、政治と宗教の話はしてはいけない」と言われる日本においては特に、政治や選挙という題材はどうしても敬遠されやすい現状がある。

「ある種、間口の狭いテーマだからこそ、親が見ていたからたまたま目に入ったとか、なんとなくつけていたテレビで見てしまったといった偶然性の中で広がるほうがいいと思いました。だからこそ、“政治ドラマ”として構えるのではなく、広い人たちが入り込める物語として届けようと思っています」

どの選挙を描くかという選択でも、その考え方が貫かれている。放送番組として政治的公平を課される中でイデオロギーの対立にならず、外交や税制のように答えが一筋縄では出ないテーマよりも、選挙自体の面白さを描けるものとして、有権者が自ら代表を決める選挙で最大規模である「都知事選」をモチーフに据えた。

その中で、「都知事選は特に実質人気投票になっている部分もあると思うので、そこに対する疑問を投げかけたい」とメッセージを込めている。

野呂佳代

○実際の選挙を経て脚本作りに反映

2023年夏頃に取材をはじめた当初は「みんな政治にもっと興味持とうよ」というメッセージを伝えようとスタートした。それから都知事選(24年)だけでなく、勢力図が大きく変わる国政選挙も複数あったが、「すごく注目が集まっても、投票率が大きく上がっているわけではないんです。だから、自分たちの力で社会が変えられるというのを信じられることが大切なのではないか」と意識が変わり、後半の脚本作りにも反映されているという。

一方で、テレビドラマは現実と近接しているからこその難しさも抱える。放送直前に起きた現実の事件や社会情勢に応じて差し替えや微調整が必要になるケースもあるが、今作の最終話脚本の打ち合わせでも、「今の社会状況を考えると、こっちじゃなくてこっちにしたほうがいいかもしれない」といった議論があったという。

しかも、結末はまだ決まっておらず、さまざまな可能性がある中で、撮影を進めながら議論が続いている。そんな作り方も、出産を経て3年半ぶりの復帰作となった佐野氏は「久しぶりにちょっと連ドラ感を味わっています(笑)」と、楽しんでいるようだ。

●政治の話題で「対話」ができるきっかけに
このドラマに託しているのは、政治や選挙への関心を喚起することだけではなく、その手前にある「対話」のきっかけを作りたいという思いだ。

前述の通り、日本では親子や友人同士でも政治の話題を避けがちな一方、X(Twitter)などのSNSでは党派性を帯びた言葉が激しくぶつかり合う。この現状に「百歩譲って議論にはなってるのかもしれないけど、決して対話ではないと思っているんです」と指摘。画面越しの文字ではなく、相手の言葉を聞き、受け取り、自分もまた考えて返すというやりとりの中にこそ意味があると考えている。

だからこそ、ドラマの感想をきっかけに、「自分はこう思った」「実はこの人を応援している」といった言葉が自然にこぼれ、そこから少しずつ会話が広がっていく――佐野氏は「理想論かもしれないけど、そのきっかけになったらいいなと思っています」と願った。



●佐野亜裕美1982年生まれ、静岡県富士市出身。東京大学卒業後、06年にTBSテレビ入社。『王様のブランチ』を経て09年にドラマ制作に異動し、『渡る世間は鬼ばかり』のADに。『潜入探偵トカゲ』『刑事のまなざし』『ウロボロス〜この愛こそ、正義。』『おかしの家』『99.9〜刑事専門弁護士〜』『カルテット』『この世界の片隅に』などをプロデュース。20年6月にカンテレへ移籍し、『大豆田とわ子と三人の元夫』『エルピス―希望、あるいは災い―』、さらにNHKで『17才の帝国』をプロデュース。23年1月に映像コンテンツのプロデュースや脚本作り、キャスティングなどの支援を行う「CANSOKSHA」を設立。『カルテット』でエランドール賞・プロデューサー賞、『大豆田とわ子と三人の元夫』で大山勝美賞を受賞、『エルピス』で芸術選奨・新人賞(放送部門)を受賞している。