堅実に生きても意味なかったな…質素倹約を極めた66歳元会社員、資産8,000万円を手に「安泰の年金生活」も、後悔が尽きないワケ
老後資金への不安が高まるなか、「とにかく貯めなければ」と考える人は少なくありません。実際、年金だけでは生活が成り立たない可能性が指摘されるなか、堅実に資産を築くことは重要な備えといえるでしょう。しかし、人生は約束されたものではありません。“いま”を我慢して準備万端の老後を迎えたのに、「後悔しかない」というケースも……。
老後資金はいくらあれば足りるのか…尽きない不安の正体
老後に向けて、いくら準備すればいいのか。多くの人がその問いに明確な答えを持てないまま、不安を抱えています。その象徴が、いわゆる「老後2,000万円問題」でしょう。
総務省の家計調査をもとに算出されたこの数字は、「年金だけでは老後の生活費が不足する可能性がある」という現実を広く知らしめました。夫婦世帯で毎月数万円の赤字が続けば、30年で約2,000万円に達するという試算です。
もちろん実際の収支は人それぞれです。ただ、多くの場合、年金だけでゆとりある生活を送るのは難しいのが実情です。
そうした現実に気づいた人ほど、「自分で備えるしかない」と貯金に励みますが、どこまで貯めていいのか判断がつかない。2,000万円を超えても、3,000万円、5,000万円を目指す――。「いくらあっても足りない」という感覚へと変わっていくことがあります。
確かに老後資金が増えれば、生活は安泰です。しかし、お金と引き換えに「絶対に取り戻せないもの」を失わないように、注意しなければなりません。
資産8,000万円を作り上げた男性の徹底的な倹約
関東近郊に暮らす井本正一さん(仮名・66歳)は、まさに“備えること”を徹底してきた人でした。定年まで勤め上げた、ごく普通の会社員でしたが、ただ一つ違っていたのは、お金の使い方に対する徹底ぶり。
今でこそ投資情報はあふれていますが、井本さんが資産運用を始めたのは30年以上前。手探りで本を読み、証券会社に足を運びながら、地道に知識を身につけていきました。
そして、その土台にあったのは、徹底した節約でした。結婚するまでは駅から30分離れた築古アパート住まい。特売の食材をまとめ買いし、同じメニューを何日も食べ続ける。外食は年に数回あるかどうか。
夏は扇風機、冬は重ね着でしのぎ、エアコンは使わない。通勤以外の移動は自転車。スーツも最低限しか買わず、ボロボロになるまで着続けました。
結婚しても、根本は変わりませんでした。子どもはいませんでしたが、外食はほとんどなし。夫婦で旅行に出かけることも稀でした。
「老後になれば、時間もお金もたっぷりできる。その時に好きなことをやろう」
50歳時点で4,000万円以上の資産がありましたが、それでも楽しみは先送り。妻は不満を漏らすこともありましたが、「堅実に生きて何が悪い」「女のお前のほうが長生きする。お前のためでもあるんだ」という井本さんに、反対をすることはなかったといいます。
そうして作り上げた8,000万円という資産。しかし、残酷な転機は、65歳の退職から間もない頃に訪れました。
「堅実は正義」と思っていたが……
ようやく会社員という役割を終えて、「これからは夫婦で好きなことを」と考え始めた矢先、妻の体調に異変が起きたのです。診断は重いものでした。そして、懸命な治療もむなしく、妻は帰らぬ人になりました。
あれから約1年。井本さんの資産残高は、ほとんど減っていません。もはや使う理由が、なくなってしまったからです。
「もっと早く、使えばよかった。元気なうちに、いろんなところに一緒に行けばよかった。倹約して堅実に生きて、資産を増やすことが正義だと思っていましたが、今じゃ破天荒でも、その時にやりたいことをやって生きてきた人のほうが、ずっと羨ましい」
静まり返った自宅で、井本さんはぽつりとつぶやきました。
「堅実」とはお金を使わないことではない
お金を貯める力は、人生を支える大切なスキルです。無駄を避け、将来に備える--それは決して間違いではありません。
ただ、どれだけ資産を築いたとしても、使うタイミングや、一緒に過ごすはずだった時間は、あとから取り戻すことはできません。
また、厚生労働省の「簡易生命表(令和6年)」によると、2024年の日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.13歳。「老後の時間はたくさんある」と思うのも当然かもしれませんが、実際には、いつまで生きられるかは人それぞれ。また、健康寿命は男性72.57歳、女性75.45歳。元気に人生を楽しめる時間は、寿命よりずっと短いのです。
井本さんの場合、「堅実」という意味を取り違えていた部分も見られます。本来の堅実さとは「将来への備え」と「いまの生活の充実」とのバランスを取ることです。
お金は、減らさないためだけにあるのではありません。使うべきときに、使うためにあるものです。その線引きを見誤らないことこそが、これからの時代に求められる「本当の堅実さ」なのかもしれません。
