トヨタ、ソニー、NTTも出資する「ラピダス」の正念場…TSMCでさえ苦戦する半導体の「巨大な谷」の正体
競争力を削がれた日本の製造業における「失われた30年」を取り戻すべく、高市政権は「国家主導の産業政策」の方針を掲げて支援を進めている。果たして、日本の製造業は復活できるのか。登録者数100万人超の人気YouTubeチャンネル「大人の学び直しTV」のすあし社長が、前編に引き続き解説する。
※本稿は、すあし社長『この国の「なぜ?」が見えてくる日本経済地図』(かんき出版)の一部を再編集したものです。また、2025年12月時点の日本経済、世界情勢に基づいて執筆しています。
前編記事を読む→TSMC、サムスン、インテルが逆らえない日本企業…半導体「前工程」を支配する「会社の正体」
世界の最先端の背中がついに見えてきた
かつて、1980年代後半には日本の半導体メーカーが世界市場の約50%を占め、NEC、東芝、日立といった名前が世界を席巻していました。しかし、25年現在、日本企業で世界のトップ10に入るメーカーは存在しません。
この「半導体版、失われた30年」を取り戻すために、日本政府が総力を挙げて支援しているのが、北海道千歳市で進む「Rapidus(ラピダス)」プロジェクトです。
Rapidusは、トヨタ、ソニー、NTTなど日本を代表する8社が共同出資し、22年に設立された半導体製造会社です。その目標は「2027年までに2ナノメートル(nm)世代の半導体を量産する」という、極めて野心的なものです。
さらに、業界のトップを走る台湾のTSMCが1.4nmプロセスの開発を進めるなか、Rapidusもまた、将来的に1.4nmを目指すロードマップを視野に入れています。
周回遅れの日本が、ついに世界の最先端の背中を捉え、追いつこうとする姿が明確に見え始めています。
25年4月、千歳市に建設された製造拠点「IIM-1」では、試作ラインの稼働が正式に開始されました。この施設では、従来のFinFET構造の限界を超える「Gate-All-Around(GAA)」という新しいトランジスタ構造を採用しています。同年7月には、このGAAトランジスタの動作確認に成功したと発表されました。
これは量産を想定した製造ラインでの実証という意味で、極めて重要な進展です。技術的な指標においてRapidusのプロセスはTSMCの次世代プロセスと同等の性能を達成しているとの分析もあります。
ラピダスにとっての「真の正念場」
しかし、実験室で数個のチップを動かすことと、月産数万枚の規模で欠陥のない製品を作り続けることの間には、巨大な谷があります。
微細化の最前線を走るTSMCですら苦戦するなか、Rapidusにとって真の正念場は、数百台の製造装置を有機的に連携させ、安定した歩留まり(良品率)を確保する「製造技術(マニュファクチャリング)」の確立にあるのです。
Rapidusの勝算は、自前主義からの脱却にあります。
かつての日本の半導体産業は、全てを自社で開発しようとして失敗しました。そこでアメリカIBMから2nm世代の基礎技術の移転を受け、さらに伝説的なチップ設計者ジム・ケラー氏が率いるAIチップ企業「Tenstorrent(テンストレント)」との提携も進めています。
この連携では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援のもと、TenstorrentがCPUチップを設計し、産業技術総合研究所などがAIアクセラレータを設計、そしてRapidusがこれらを2nmプロセスで製造するという分業体制が構築されています。
25年10月の報道によれば、IBM、およびTenstorrentがRapidusの最初の主要顧客になる見通しが示されています。これは、量産初期における工場の稼働率を保証し、巨額の投資回収を確実にする上で不可欠な要素です。
日本政府もまた、Rapidusへの支援を惜しみません。25年度では、Rapidusへの出資額として1000億円が計上される方針が固まりました。
これまでの補助金中心の支援から、政府による「債務保証」や「NEDOを通じた出資」へとフェーズを移行させることで、民間金融機関が融資を行いやすい環境を整備する「呼び水」効果を狙っているのです。
しかしながら、Rapidusの道のりは平坦ではありません。
最先端の半導体製造には、1台数百億円もするEUV露光装置が必要であり、その調達と運用には莫大な資金がかかります。また、量産技術を確立し、品質を安定させるには、何年もの試行錯誤が必要です。TSMCやサムスンといった先行企業は、既に数十年の経験とノウハウを蓄積しており、その差を埋めるのは容易ではありません。
さらに産業が成長するさいに、「ある問題」に必ず直面します。
「原発回帰」が電力コスト高を解決する?
半導体やEVといった産業を国内で育てるさい、必ず直面するのがエネルギーの問題です。
特に、半導体工場やデータセンターは24時間365日稼働し、膨大な電力を消費します。Rapidusのような最先端ファウンドリを運営するには安価で安定した電力供給が不可欠です。
しかし、日本の産業用電力価格は国際的に見て割高です。2025年の推計によれば、日本の産業用電力価格は1キロワット時(kWh)あたり約31円(約20.6セント)です。
これに対し、データセンターや工場が集積するアメリカの産業集積地(中西部や南部)では約12円(約8.0セント)、中国も約12円(約8.0セント)と、日本の半分以下の水準にとどまっています。
日本とアメリカ・中国との間には、kWhあたり12セント以上の開きがあります。これは、24時間365日稼働する工場にとって莫大なランニングコストの差になり、国内立地の経済合理性を損なう要因となっているのです。
この電力コスト高の背景には、複数の要因があります。
まず、日本は化石燃料、特に液化天然ガス(LNG)の輸入に大きく依存しており、国際的な資源価格の変動の影響を直接受けます。
さらに、再生可能エネルギーの普及を支援するための再エネ賦課金が電気料金に上乗せされており、この賦課金がさらに増額される見通しです。
加えて、送電網の増強コストも電気料金に転嫁されており、これらが積み重なって高止まりが続いているのです。
こうした状況に対し、高市首相は「原子力発電の最大限活用」という明確な方針を打ち出しています。
高市首相は、エネルギー安全保障と脱炭素の両立のため、既存原発の再稼働加速と運転期間の延長を最優先課題としています。
さらに、次世代の小型モジュール炉(SMR)の開発・建設を「国策」として位置づけ、将来的なエネルギーミックスの中核に据える構想を描いています。
原発推進の背景には、太陽光発電への懐疑的な見方もあります。
釧路湿原などでの無秩序なメガソーラー開発を例に、環境破壊を伴う開発に強い懸念を示しています。また、太陽光パネルのサプライチェーンが中国に依存している現状を経済安全保障上のリスクと捉え、補助金制度の見直しに言及しているのです。
もっとも世界市場に目を向ければ、発電コスト(LCOE)において太陽光は最も安価な電源になりつつあります。世界的な潮流は「経済性の太陽光」と「安定性の原子力」をどう組み合わせるかであり、リスクを強調するあまり再エネのポテンシャルを過小評価することへの懸念も、投資家の間には存在します。
原発は天候に左右されず安定して電力を供給できる「ベースロード電源」です。また、発電時にCO2を排出しないため、脱炭素社会の実現にも貢献します。産業界からは「安価で安定した電力」を求める声が強く、原発の再稼働は期待に応えるものと言えます。
日本社会が抱える「原発推進」の難しさ
しかし、原発回帰には大きな論点が横たわっています。
第一に「過酷事故」と「避難計画」の現実性です。
能登半島地震でも明らかになったように、原発立地地域の多くは半島や海岸沿いの孤立しやすい地形にあります。ひとたび地震と津波の複合災害が起きれば、道路が寸断され、住民の避難は困難を極めます。福島第一原発事故のトラウマが残るなか、この「逃げられないリスク」への懸念は払拭されていません。
第二に、高まる地政学リスクに伴う「テロ・武力攻撃」の脅威です。
ウクライナ紛争では原発が攻撃目標となり、占拠される事態が現実に起きました。ドローン攻撃やサイバー攻撃を含む新たな脅威に対し、従来の警備体制で十分なのか。その防衛コストを含めてもなお「原発は安い」と言えるのか、厳しい検証が求められています。
そして、これらに加えて解決の糸口すら見えないのが、高レベル放射性廃棄物、いわゆる「核のごみ」の最終処分地選定問題です。
24年11月、原子力発電環境整備機構(NUMO)は、北海道の寿都(すっつ)町と神恵内(かみえない)村で行われていた第1段階の「文献調査」に関する報告書を提出しました。
しかし、ボーリング調査を伴う第2段階「概要調査」へ進むには、地元町村長だけでなく北海道知事の同意が必要になります。鈴木直道知事(在職:19年-)は「核のごみを受け入れ難い」として道条例を根拠に反対姿勢を崩していません。
25年前半にかけて行われた住民説明会では、寿都町東部の磯谷地域の火山活動評価などについて、一部専門家や住民から根強い懸念が示されました。丁寧な対話と追加の説明をくり返していますが、地元の理解を得るにはいたっていません。
この構図は、国策としてのエネルギー確保(原発推進)と、地方自治・住民感情との衝突という、日本社会が抱える合意形成の難しさを象徴しています。
安定な電力供給の課題は、Rapidusなどの産業基盤を支える電力政策を左右することになるのです。しかしながら、たとえ原発の再稼働が進んだとしても、すぐに電力コストが劇的に下がるわけではありません。日本のエネルギー構造には、原発以外にも根深い問題があるからです。
その最大の問題が、化石燃料、特にLNG(液化天然ガス)への依存です。
「エネルギー・トリレンマ」をどう解決するか
2011年の東日本大震災と福島第一原発事故以降、日本の多くの原発が停止。その穴を埋めるために急増したのが、LNG火力発電です。
日本は発電用燃料の大部分をLNGに依存している世界最大の輸入国です。石炭に比べてCO2の排出量が少なく、環境負荷が低いというメリットがありますが、価格変動が大きいという弱点があります。
22年のロシアによるウクライナ侵攻を機に、欧州がロシア産天然ガスからの脱却を急いだため、世界的にLNGの需要が急増し、価格が高騰しました。日本はこうした国際市場の変動をもろに受け、電気料金の上昇というかたちで国民や企業に転嫁されることになったのです。
LNG調達は長期契約が主体であり、その価格決定式の多くは依然として原油価格にリンクしています。そのため、中東情勢などで原油が高騰すれば、LNG価格も上昇し、電気料金が上がるという構造になっているのです。
さらに、日本は島国であるため、電力を隣国から輸入することができません。欧州のように、国境を越えて電力を融通し合う「電力の国際市場」が存在しないため、国内で調達できる電力だけで需要を賄わなければならないのです。
再生可能エネルギーの拡大も進んでいますが、太陽光や風力は天候に左右されるため、安定した電力供給には大規模な蓄電池が必要となり、そのコストもまた電気料金に上乗せされることになります。
こうした構造的な制約が、日本の電力コストを押し上げる要因になっています。
高市政権が原発回帰を進める背景には、こうした「LNG依存からの脱却」という狙いもあります。原発が再稼働すれば、LNGの輸入量を減らすことができ、エネルギー自給率を高めることができます。
また、原発は燃料費が比較的安価であり、長期的には電力コストの引き下げにも貢献する可能性があります。しかし、原発再稼働には安全対策のための追加投資が必要であり、短期的にはコスト増になります。
このように、日本のエネルギー問題は、「コスト減」「安定供給」「脱炭素」という三つの要求を同時に満たさなければならない、極めて難しい課題です。この「エネルギー・トリレンマ」をどう解決するかが、日本の産業競争力の行方を左右することになるのです。
振り返ると日本の産業界は「国家による強力な保護と育成」と「グローバル市場における競争と淘汰」が激しく交錯する場になっています。
Rapidusを中心とする半導体産業の再興は、政府の巨額支援と日米連携により、決して絵空事ではない現実的な道筋が見えつつあります。
自動車産業においては、トランプ政権下でのEV失速により、日本が得意とするハイブリッド車(HEV)が「現実的な解」として再評価される追い風が吹いています。
しかし、これを安堵の材料にしてはなりません。本質的な危機はクルマが「走るスマホ」化するSDV領域での劣勢にあります。国家がハードウェア開発のリスクを負担することはできても、ソフトウェア領域での組織変革は、企業自身が痛みを伴う改革で成し遂げるしかないのです。
高市政権が進める「経済安全保障」と「積極外交」は、日本企業に対して地政学的リスクを考慮した経営判断を迫るものです。国家の支援を最大限に活用しつつも、自らを変革し、新たな市場へと打って出られるかどうか。それが、日本の製造業の再生の分水嶺になるのです。
企業関連記事をもっと読む→三菱重工、川崎重工だけじゃない…日本の防衛産業の「知られざる実力」、日本3社で「世界シェア5割超」の分野も
【もっと読む】三菱重工、川崎重工だけじゃない…日本の防衛産業の「知られざる実力」、日本3社で「世界シェア5割超」の分野も
