中国の文化や習俗を知る、驚きの方法論とは?【中国TikTok民俗学】
中国各地の文化や習俗の生き生きとしたルポが話題となり、先日重版も決定した『中国TikTok民俗学 スマホからはじまる珍神探訪』。
その驚きの、且つお手軽(?)な調査・探訪の方法論とは──?
民俗学者・大谷亨さんによる解説を、本書「フィールドワークのしおり」よりご紹介。
『中国TikTok民俗学』書影
お手軽フィールドワークの方法論──その鍵は中国版TikTokにあり
今、中国で民俗学を震撼させる革命が起きている。革命の首謀者は、中国版TikTok ことDouyin(ドウイン。抖音)。
こうした特徴は、Douyinにおいても大同小異である。それもそのはず、TikTokとDouyinの運営元は共にByteDance(バイトダンス。字節跳動)という中国の企業であり、両者は機能的にもほぼ同一のSNSといって過言ではないからだ。明確に違うのは、名前と想定使用国──つまり、Douyinは中国国内向けに運営され、TikTokは中国国外向けに運営されているという点のみである(以下、Douyinを「中国版TikTok」、TikTokを「国際版TikTok」と表記する)。
ただし、両者は大同小異でありながらも、その小異の部分が看過できないほど個性的なのもまた事実だ。たとえば、中国版TikTokには国際版TikTokではなかなかお目にかかれないタイプの動画──仮に柳田国男が見たとしても大喜びするであろう「農村の奇祭」「旅芸人の記録」「誰かのお葬式」といった激シブな民俗動画が氾濫していたりなんかする。
この特異な事態を手っ取り早く理解してもらうために、たとえばこんな一群の動画を紹介したい。その名も「失踪老人動画」(私による命名)である。
失踪老人動画とは、失踪していた老人が捜索の末にぶじ発見された瞬間を撮影した動画のことを指している。舞台は農村である場合が多く、失踪老人たちは決まって山奥で発見される。生い茂る草木に埋もれグッタリと横たわるその様は、一見して遺体となんら区別がつかず、私などは目にするたびにギョッとしてしまうのだが、驚くなかれ、中国版TikTokにはこうした失踪老人動画がごく頻繁に投稿されているのだ(どうやら中国の農村では老人がしょっちゅう失踪するらしい)。
不謹慎ながら私は失踪老人動画に大変な関心を持っており、見つけるたびにせっせとダウンロードしているのだが、特に興味深いのが動画に付属するコメント欄である。たとえば、ある失踪老人動画には、こんなコメントが投稿されていた。
去年、私の地元の村で認知症のご老人が家を脱走したことがありました。夜になっても帰って来ないので、村総出で探したんですが、それでも見つかりません。しかたがないので、最後は神さまにお尋ねしたところ、村の谷川を探せと告げられました。そのとおりに探したら、本当に見つかったんです。ご老人は怨霊に連れ去られたんだと思います。
ここで語られているのは、動画をきっかけに想起された「おらが村」の失踪老人エピソードである。注目すべきは、その捜索方法と結論部分であろう。なんと、神のお告げに従ったところ、果たして老人はぶじ発見されたといい、また、老人は(認知症であると冒頭で述べながらも)怨霊に連れ去られたのだと結論づけられている。
もちろん、こうした非科学的なコメントは少数派ながら、決して珍しいものではない。たとえばほかにも、山魈(さんしょう)・鬼打牆(きだしょう)・魔神仔(モシナ)……といった神隠しを得意とする妖怪が、しばしば失踪の原因として言及される(それもかなり本気(マジ)なトーンで)。要するにここで生じているのは、失踪老人動画がトリガーとなり、そのコメント欄に中国各地の神隠し伝承が続々と投稿されるという現象にほかならない。
仮に、コメント投稿主たちの「地元」を特定しつつ、失踪老人コメントを大量に収集すれば、興味深い「中国神隠しマップ」が描けるだろうし、そのマップを参考にフィールドワークを実施すれば、画期的な「中国神隠し論」が書けてしまうのではないだろうか。
さて、いましがた紹介した失踪老人動画は、あくまで氷山の一角にすぎない。先述のとおり、中国版TikTokには土地土地の文化や習俗を活写した多種多様な民俗動画や民俗コメントが溢れんばかりに投稿されており、それらのなかにはどんな研究機関もアーカイブしていないような、(地元民以外にとっては)未知の情報さえ少なからず紛れ込んでいるのである。
しかし、なぜ国際版TikTokとは一線を画すこうした特異な事態が中国版TikTokにかぎって生じているのだろう。私は、中国の特殊な社会状況が深く関係していると捉えている。すなわち、1社会に潜伏する未知の多さ、2スマホ普及率の高さ、3肖像権やプライバシー観念の希薄さ、という三つの条件が勢揃いした環境に、たまたま短尺動画SNSという新たなテクノロジーが登場したためではないだろうか。これを敷衍(ふえん)すれば以下のようになるだろう。
第一に、中国は国土が広大すぎるせいか、地元民以外にはほとんど知られていない文化や習俗がいまだ多く残存している。第二に、中国では電子決済システムの普及に伴い、ド田舎のご老人までもがスマホを携帯するような状況がある。第三に、中国では肖像権やプライバシー観念がまだまだ希薄であり、自他のプライベートをごく気軽に投稿してしまう傾向が見られる。そんな環境に、手軽に情報発信できる短尺動画SNSが放り込まれたことで、柳田国男も狂喜乱舞するような民俗動画が氾濫することとなったと考えられる。
要するに、一般大衆が自らの手で民俗誌(のようなもの)を編みはじめたのである。大げさに聞こえるかもしれないが、事実として数億人の人々が一斉に身のまわりを撮影し、情報発信しはじめたのだ。そう考えれば、人口のほんのひとつまみにも満たない民俗学者の研究成果を凌駕する情報が中国版TikTokに氾濫するのも至極当然の成り行きとして納得されるのではないだろうか。まさにこれが私のいう「民俗学を震撼させる革命」の正体である。
以下において、私はまるで食べログを頼りに美味い店を探すかのごとく、中国版TikTokにおんぶに抱っことなり、めぼしい珍神動画を見つけては現地を訪ねるという行為を繰り返していく。そう書かれると、なんの苦労も失敗もない随分退屈な旅行記を読まされる予感がひしひしとしてくるだろうが、その点はどうかご安心いただきたい。
なぜなら、短尺動画を道しるべとしたフィールドワークは、単に動画に映るなにかを現地に再確認しにいく作業にはもちろん留まらないからだ。そうではなく、短尺動画があくまできっかけとなり、かならずや我々を動画の外側に広がる豊穣な世界へと導いてくれるのである。
『中国TikTok民俗学 スマホからはじまる珍神探訪』では、
・フィールドワークのしおり
・第一章 逆立ち張五郎を探せ!
・第二章 張五郎にチラつく鬼の形相
・第三章 セクシー九尾狐に魅入られて
・第四章 タイの神秘とセクシー九尾狐
・第五章 大黒天の逆輸入
・第六章 お盆フェスの聖と俗
・第七章 闇に惹かれる人々、増殖する無常
・第八章 中原に花咲く無常信仰
という構成で、知られざる中国民俗の実態に迫ります。
大谷 亨
民俗学者。1989年、北海道生まれ。2012年、中央大学文学部卒業。2022年、東北大学大学院国際文化研究科修了。博士(学術)。現在、厦門大学外文学院助理教授、無常党副書記。専攻は中国民俗学。著書に、『中国の死神』(青弓社、2023年)。
※刊行時の情報です
