7月25日、大阪。パリ・サンジェルマン(PSG)は「ジャパンツアー2022」でガンバ大阪と対戦している。川崎フロンターレ戦、浦和レッズ戦に続くツアーのトリを飾る一戦は、2−6と派手なゴールの宴となり、PSGは3連勝を飾った。

 試合前の記念撮影では、日本人の少年がPSGの30番のユニフォームを着たリオネル・メッシに背後から肩を抱かれると、表情が一瞬、華やいだ。少年は中腰のままで、撮影が終わった後もしばし動けないほどだった。ただ暑さにうなだれていたのかもしれないが、スタジアムに満員の観客を呼び込み(観客数は前日の日本対中国戦の3倍以上)、有料の練習見学にも大勢のファンを惹きつけるパワーを、直接、感じたものだ。

 世界史上最高のサッカー選手とも言えるメッシを現場で見られることは、サッカーの生きた歴史に触れる"霊験"を意味していた。

 35歳になるメッシは20年近いプロキャリアのなかで、いつしかサッカーの神様に近い存在になっている。

「メッシの再来」「〇〇のメッシ」「メッシの後継者」......こうした表現が出るのも、圧倒的なアイコンだからだろう。もっとも、そうたとえられた選手は、たいてい小さくて素早くて、足もとの技術がそれなりにあるという程度で、本家とは似ても似つかない。むしろ、言われた当人が気の毒なぐらいだ。


ガンバ大阪戦で4点目を決め喜ぶリオネル・メッシパリ・サンジェルマン

 筆者は幸運にもメッシのスペインリーグデビュー戦を現地で取材しているが、バルサB時代の試合での光景が忘れられない。

 当時のメッシは16歳か17歳で、かつては1部でプレーしたような老練な選手もいる2部でプレーしていた。当然の如く、若手を脅しつけるように削る"お決まりのシーン"もあった。プロの洗礼である。タックルを受けたメッシが倒れてうずくまった。しかしこの時、怒るかと思ったスタンドにいたバルサ関係者が、笑いながら「もっと削れ」と声をかけたのである。

「その程度で負けるなら、未来はない」

 獅子が我が子を千尋の谷に落とすようだった。どこか狂気じみてもいた。しかし日本では、すぐに甘やかすから才能が腐るという例があちこちで見られる。そこにあるのは、厳しさを乗り越えたものだけが、結局は本物になる、という考え方だ。

PSG加入でゴールが減った理由

 そして、立ち上がったメッシが、もっと狂っていた。ボールを受けると、削った年配ディフェンダーに再び挑むようなドリブルを仕掛け、あっさりと抜き去り、シュートまで行った。怒った時のメッシは本性をむき出しにし、変身を遂げたかのようだったが、それはやがて見慣れた景色になる。

「信じられない魔物を見た」

 そのディフェンダーは腰に手をつき、肩を落としていた。メッシはそうやって唯一無二の選手になっていったのである。

 ではPSG移籍後、メッシの実像はどうなっているのか。

 G大阪戦も、局面では神がかっていた。トップスピードでドリブルしながら、同じくトップスピードの味方に完璧なタイミングのスルーパスを出し、右からのクロスには瞬間的にスピードを上げてディフェンスの背後を取って飛び込むなど、攻撃センスの高さを見せつけている。とにかくボールを自在に操れることで、常にアドバンテージをとれるのだ。

 そんなメッシは、守備でも畏怖感を与えるのか、プレスに行こうすると焦ったG大阪のディフェンスがパスミス(メッシに当ててしまう)。これを拾ったネイマールがメッシに出し、強烈な左足シュートはGKのブロックにあったが、最後はこぼれ球をパブロ・サラビアが決めた。

 あえて言えばそのシーン、かつてのメッシならあっさり決めていただろう。

 猛暑のなかで移動もあり、浦和戦から中二日。疲労が重なったことは間違いない。しかしこの日は、他にも完全に彼のゾーンに入ったシュートがなかなか得点にならなかった。GKの好セーブもあったが、全盛期のようなシュートの踏み込みではなく、若干、腰が浮いて体が流れていた。それによって、コントロールも強度も甘くなったのだ。

 今まで入っていたシュートが入らないのは、昨シーズンも顕著だった。シーズン11得点で、1試合得点率は0.32点。数字は残酷だ。

 バルサ時代のメッシは、1試合1点以上を記録し、ボールを持つたびにゴールしている印象があった。シーズン70得点以上を記録したこともあるし、13シーズン連続でシーズン30得点以上を記録してきた。7度のバロンドール受賞は破格だろう。

 やはり、長年過ごしたバルサのプレーに慣れていたのだろう。パスの出し入れからオートマチズムがあるだけに、ほとんど無意識にボールを蹴ることができた。それがPSGに移籍し、チームに適応せざるを得ないなかで、微妙なズレはメンタルにも影響する。試合で決定機を逃すことで、そのズレが増幅したのかもしれない。もちろん、年齢的な影響もないはずがない。

 それでも、今もメッシはメッシだ。

 G大阪戦で、メッシはチーム4点目を決めた。左に流れたネイマールに展開した後、ドリブルをするネイマールと呼吸を合わせながら、天性のタイミングでエリア内に入り、バックラインの前でのクロスを左足で合わせた。その感覚は、天才的だった。

 メッシは今も持っているものを用い、まだしばらくはすばらしいプレーを続けるだろう。

 PSGではトップ下というよりも、フリーマンとして攻撃を司る。メッシがボールを触るだけで、攻撃にギアが入る。彼を中心に、周囲には4人の選手が配置され、その力を引き出す魔法円のようだ。同時に、守備は周りの選手が分担する形ということか。

 そこにメッシへの価値基準はある。それだけの犠牲を払っても、PSGは神気を求めるのか――。試合後、ネイマールと歓談するメッシの表情は、まだまだ若々しかった。