質の高い食材にこだわり、おいしいのに安いと人気の俺のフレンチ・イタリアン。常識外れの価格設定を実現している秘密と、そんな大人気業態の意外な弱点とは――。

※この原稿は、拙著『「値づけ」の思考法』(日本実業出版社、2019)を編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/a-wrangler)

■業界の常識を打ち破る高回転率

ワタリガニのトマトクリームリゾット680円、オマール海老まるごとロースト マリニエールソース1980円、名物! 牛フィレ肉とフォアグラのロッシーニ1980円。(2019年5月現在、「俺のフレンチ神楽坂」のHP参照から)。

居酒屋並みの値段で高級レストランの食事を楽しむことができる「俺のフレンチ」。高品質ながら激安業態を発明したのは、中古本の販売を手がける「ブックオフ・コーポレーション」の創業者、坂本孝さん。創業は2011年で、東京銀座・新橋エリアを中心に複数業態を展開するのは、「俺の株式会社」。その後、上海など海外にも出店。近年はカフェ業態に乗り出すなど、俺の株式会社は成長し続けています。フードビジネス業界の常識を覆す驚きの経営手法に迫ってみました。

ふつうのフレンチ(フランス料理店)は、せいぜいランチ1回転、ディナー1回転。しかし同店は夜の営業(8時間)だけで3.5回転。たとえ粗利が低くても客数が多いので赤字になりにくいのです。一般的なフレンチの客単価は1万5000円前後ですが、同店は3000円。ちょっと安すぎる気がしますが、シミュレーション(図表1)を見ると、3.5回転で月約1260万円の売上が出る計算になります。回転率次第では、激安料金でも経営が成り立つのです。

■高回転率を実現した3つの条件とは

それでは、俺のフレンチ・イタリアンは、どのようにして高い回転率を実現しているのでしょうか? まず注目したいのは非常識ともいえる「高い原価率」です。いくら低価格でも、「安かろう、悪かろう」ではお客はお店を利用してくれません。俺のフレンチの魅力は、50〜60%という高い原価率にあります。ファストフード店や牛丼チェーンなど、代表的な飲食店では、食材の原価率は30%前後です。原価900円の肉を、高級店では3000円前後で提供しています。しかし、俺のフレンチでは、一流店と同じ品質の肉を1500円程度で提供しています。グラム当たりに直すとほぼ半値になります。お客が殺到するわけです。

二番目は、「立ち食い形式」だったことも、高回転率の経営を実現できた要因の1つです。一般的なフレンチ店のテーブルは、おおむね4人掛けです。2人で来店しても相席はしないので、ムダな席が生じます。それだけで、テーブルの回転率が落ちてしまいます。ところが、俺のフレンチの場合は、立ち食いのため席数に縛られません。1つのテーブルを3〜4人で囲むので効率がいいのです。

立ち食い業態では、お客は長い時間は疲れて立ち続けられないため、自然に滞在時間も短くなります。実は、「座り心地の悪さ」で回転率を高めるという発想は、コーヒー店のドトールに由来しています。ドトールの店内の座席は、硬くて座り心地が良くない設計になっています。マクドナルドも同様な椅子のデザインになっています。

■いきなりステーキもお手本にした立ち食い方式

この立ち食い方式をコピーしたのが、ペッパーフードサービスが運営している「いきなりステーキ」です。同チェーンは、立ち食いのステーキを、例えば、「100グラム500円」のように、グラム単位で価格を設定しています。食品スーパーで採用されている「ユニットプライシング方式」をレストラン業態に応用したものです。近頃は、郊外店で一部の店を閉めるところも出ていますが、これまでは俺のフレンチをしのぐ急成長を遂げてきました。

ちなみに、「いきなりステーキ」のアイデアを思いついたとき、ペッパーフードの一瀬邦夫CEOは、「俺の株式会社」の坂本社長に電話を入れて、「俺の」の事業形態を模倣することについて、諒解を求めたとのことです。数年前のインタビューで、坂本社長ご本人から直接その話を伺ったのですが、事業家として立派な振る舞いだと感心したものです。

■着席にしても回転率は下がらず

三番目に、俺のフレンチの回転率の高さは、メニューの作り方からもきています。高級フレンチのメニューはコース料理が基本です。着席してから順番に料理が出てくるので、デザートを食べ終わるまでには3時間ほどかかります。そのため、基本的に高級フレンチは、1日平均で1.2回転ともいわれています。一方、俺のフレンチでは、一品料理(アラカルト)主体の居酒屋スタイルとなっています。しかも、その日の推奨メニューがどんどん売れていきますので、1時間くらいでサッと帰る客が多いのです。

ただし、2015年ごろから、俺のフレンチ・イタリアンでも、ほとんどの店舗で「着席スタイル」に転換しています。お客から「立ち席だと落ち着かない」という要望を取り入れた結果です。着席でも高い回転率を実現するため、そのころから「2時間制」を導入しました。実際には、席の入れ替えがあるため「1時間45分制」です。飲み放題の居酒屋で見られる「時間貸しのシステム」となっているので、立ち食いスタイルのときと回転率はほとんど変わっていません。

■スシローとの経営的な共通点

ここまでで説明してきたように、俺のフレンチ・イタリアンが低価格でも店が運営できているのは、高原価率・高回転率で客数が多いからです。じつは、回転寿司の「スシロー」も同じ戦略を採用しています。品質のよいネタを高原価率・低価格で提供しています。しかも、原価率50%以上、商品単価が一貫100円とわかりやすいのも特徴です。スシローの場合も、粗利は薄くなりますが、回転率を高めることで高収益を確保できています。

ただし、これらのチェーン店と俺のフレンチ・イタリアンでは決定的に異なる点があります。それは、店舗運営で「個店経営」を取り入れているということです。通常の飲食チェーン店のほとんどは、全店で材料を一括して仕入れています。「セントラルキッチン方式」と呼ばれるもので、食材は工場で途中まで加工して各店舗に配送します。

■俺のフレンチは個店経営

それに対して、俺のフレンチ・イタリアンは、仕入れやメニューをシェフに一任しています。そのため、店ごとにメニューが異なったり、同じ店でもその日に仕入れた材料によってメニューが変わったりします。お客としては、週に1回通っても飽きがこないような機動的なメニューになっています。

しかし、個店経営には弱点があります。チェーン店は運営がシステム化されているので、キャリアが浅い人でも店長を務めることができます。しかし、個店経営は腕のよいプロでないと店長は務まりません。2019年4月現在、「俺のフレンチ」は8店舗、同系列の「俺のイタリアン」は7店舗、「俺のフレンチ/イタリアン」は2店舗、「俺のスパニッシュ」は1店舗、「俺のビストロ」は1店舗となっています。その他に、「俺のBakery」「俺のGrill」「俺の割烹」「俺のやきとり」「俺の焼肉」「おでん 俺のだし」「そば 俺のだし」「俺のうなぎ」などの姉妹店も展開中です。さらなる出店攻勢には、人材の確保が課題になります。

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小川 孔輔(おがわ・こうすけ)
法政大学経営大学院イノベーションマネジメント研究科教授
1951年、秋田県生まれ。東京大学経済学部卒業。法政大学経営学部教授を経て現職。日本フローラルマーケティング協会会長。著書に『マクドナルド 失敗の本質』『CSは女子力で決まる!』『ブランド戦略の実際』ほか。
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(法政大学経営大学院イノベーションマネジメント研究科教授 小川 孔輔 写真=iStock.com)