【W杯回顧録】第20回大会(2014年)|「1−7」の悪夢…開催国ブラジルを襲った悲劇。メッシ躍動、日本は惨敗。その大会の裏にあった“国民の不満”
違いを生み出したのはやはりリオネル・メッシで、ボスニア・ヘルツェゴビナとの初戦では、ゴンサロ・イグアインとのワンツーからDFを混乱に陥れ2点目を奪い、それが決勝ゴールとなった。またイランとの2戦目でも、引き分けが濃厚だった90+1分に、右からカットインして角度のないところから鮮やかにファーサイドへと巻き込んで勝点3を拾い上げる。続くナイジェリア戦でも自ら2ゴールで3−2の勝利に導いた。
アルゼンチンのサポーターは上機嫌だった。自国はデフォルト(債務不履行)の危機に瀕しているのに、家財を売り借金をするなどで工面し、車やバスを利用して大量に入国。スタジアムでは、膠着したゲームが一息つく度に、1から7までを数えて前日のブラジルの失点をからかい盛り上がる。それは36年前の自国開催時の決勝カードだったが、120分間ゴールが生まれずPK戦を経て再びアルゼンチンに凱歌が上がった。
アルゼンチンにとっては24年ぶりの決勝進出で、さらに自国からはサポーターが雪崩れ込む。チケットを持っていたのは1割程度だったようで、大半はパブリック・ビューイング等で盛り上がった。もっともアルゼンチンは、チーム状況も24年前に似ていた。1990年大会の同じくドイツとの決勝では出場停止等で主力4人を欠いたが、この大会でもメッシが相棒役として信頼を置いていたアンヘル・ディ・マリアとセルヒオ・アグエロが故障。アグエロはなんとか決勝戦までに回復したが、後半からの途中出場に止まった。
決勝戦は24年前ほどではないが、ドイツが主導権を握り推移した。メッシは序盤、立て続けに右サイドを抉り、後半開始早々にも左サイドから際どいシュートを放つなど何度か見せ場を作ったが、ボールを持たない局面ではピッチ上を闊歩することが多く、走行距離は120分間で1万721メートル。90分間換算なら7000メートル弱だった。アルゼンチンの最大のチャンスは40分、ドイツのトニ・クロースの頭でのバックパスがイグアインに渡ってしまい、イグアインはフリーで狙ったが枠を逸れた。
ポゼッションが60パーセントを記録したドイツも、前半終了間際にベネディクト・ヘーヴェデスのヘッドがポストを叩くが、アルゼンチンのボランチ、ハビエル・マスチェラーノの出色の読みなどもありゴールが遠い。レブ監督は、延長戦突入直前の88分、クローゼに代えて22歳売り出し中のマリオ・ゲッツェを送り込み、結局この采配が勝利を手繰り寄せた。
113分、左から同じく交代出場のアンドレ・シュールレがニアにクロスを送ると、走り込んだゲッツェが胸でトラップしてそのまま左足でボレー。サイドネットが揺れて決着がついた。86年、90年に続く3度目の同一カードの決勝はドイツの連勝となり、南米大陸開催5度目の大会で初めて欧州からチャンピオンが誕生した。
だが大会を締め括ったのは、開催のために巨額の公費を注ぎ込んだブラジルのジルマ・ルセフ大統領への容赦ないブーイングだった。
文●加部究(スポーツライター)
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