「数トン積めるトラックで、何回運んだかわからない」。2020年にお母さんを亡くした香坂みゆきさんが直面したのは、想像をはるかに超える実家の片付けでした。綺麗好きだったお母さんも、がんが脳に転移してからは部屋が荷物の山に。結局、ゴミの処分費用だけで数百万円もかかったそうです。凄まじい現場から、彼女が学んだ教訓とは。

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がんが脳に転移した母。施設から「帰る!」と言い張って

78歳で他界した実母の遺品整理の経験から、自身のモノとの向き合い方も見直したという香坂さん

── 香坂さんは2020年にお母さんを78歳で亡くされました。

香坂さん:60代で乳がんと告知されて、転移したり治療したりを繰り返していました。それでも、いわゆる「つきっきりの看病」という感じの期間はなかったですね。父と一緒に住んでいましたし、入院もしていなかったので、母は普通に生活しながら働きにも出ていました。最後はアパレルメーカーの子ども服売り場で働いていて、「私たちみたいなおばあちゃんが働くのにいいところなのよ。お母さんたちがお買い物している間、小さい子を見ていられるから」と楽しそうに言っていました。

ですが、がんが脳に転移してしまったことで、最後の1年ぐらいは誰かが必要な状況になっていきました。

── 大変な状況…とは?

香坂さん:がんの影響で目がとても悪くなったこともあり、その場には誰もいないのに誰かに話しかけることがありました。弟妹たちと「あれ、見えてないよね…?」って。ただ、母の性格的にあまり見えていなくても「見えている」と言い張るタイプだったんです。それなのに「トイレに行く」と言いながらまったく別の方向へ行ってしまって、家族から「トイレはそっちじゃないよ」と言われるようなことが増えてきました。

── ご家族でお母さまのケアを分担されていたのですね。

香坂さん:当時、弟は海外に住んでいたので一時帰国したときに立ち寄って母の面倒を見てくれたり、近くに住んでいた妹も見に行ってくれたりして、それぞれできることをやる、という感じでした。

── 大変さを感じることはありませんでしたか。

香坂さん:病気でしたし、「私たちが治せるものではない」と腹を括っていられた気がします。ただ、私を含めて子どもたちは全員が現役で働いている状況だったので、人手のやりくりや時間の調整が必要でした。母を誰も見られない日はデイケアにお願いすることにしたんですが、そこで問題が生じることがあって。

もともと母は意志が強い人だったんです。でもがんが脳に転移した影響からか、意志の強さに拍車がかかったようでした。私の仕事中にデイケアの看護師さんから電話がかかってきて、「お母さまが、『何で私がこんなところにいなきゃいけないの?帰る!』とずっと言ってらっしゃって…。今から迎えに来られますか?」と。生放送が控えていたので「今からですか?」と焦ってしまいました。取り急ぎ「ちょっと今仕事中なので、もう少しだけ見ていていただけますか?」と頼んで、仕事後に急いで迎えに行ったこともありましたね。

想像を絶するゴミの量「捨てるだけで数百万円」

── お母さん亡きあと、実家の片付けは大変だったそうですね。

香坂さん:それはもう本当に、想像以上に大変でした。母は持っている物が多かったんですけど、もともとは綺麗好きだったので整えられてはいたんです。でも、がんが脳に転移してからは、キッチンなど目に見える場所もめちゃくちゃになっていて。いつのものかわからない缶詰がたくさん積んであったりする状況でした。

弟や妹と「この状況、ヤバくない…?」とは言っていたんですけど、母が生きていてそこに住んでいるわけだから、むやみに片付けることはできません。亡くなるまではそのままにしてあったのですが、いざ片付けようと思ったら「こんなにあるの?」と驚かされるくらい、物がたくさんあったんです。

── どれくらいの量でしたか?

香坂さん:数トン積めるトラックで何回運んだかわからないくらいの量でした。業者さんを呼んで処分をお願いしたのですが結局、捨てるだけで数百万円もかかりました。

── 数百万円も!

香坂さん:たとえば布団は、「誰が使うの?」という古いものが何組もありました。洋服だけでもひと部屋が母のもので埋まっていて、最終的には段ボール何十箱にもなりました。

趣味もたくさんある人だったので、たとえば手芸用品なども大量にあって。山盛りの毛糸、大量の編み棒やハギレが、「こんなに必要?」と思うくらい出てきました。着物の帯締めに使う組み紐のセットなども押し入れの引き出しや天袋から無限に出てきて…。本当にすごかったです。

── 想像以上の量だったのですね。

香坂さん:神奈川県にある4LDKだったのですが、田舎の家って広いので、しまう場所がたくさんあるじゃないですか。だから何十年も使っていないものでも、全部取ってあったんです。

実家の片付けを経て「今朝も7袋捨ててきた」

同居する息子さんに63歳の誕生日を祝ってもらったときの香坂さん

── 不要物の仕分けはご家族でやられたのでしょうか?

香坂さん:父も一緒にやったのですが、物を手に取りながら「これはどうのこうの…」と思い出を語りながらなかなか捨てられなかったり、「それも捨てちゃうの?」と未練を持った様子で言ったりしていたので、説得しながらやりました。最終的には妹と私が中心になり、「いくよー!」と声をかけながら2階の窓から庭に物をどんどん投げて(笑)。みんなでやったからこそ乗り越えられた感じはあります。

── その経験から、感じたことはありますか?

香坂さん:「自分のものは自分で片付けておかないといけないな」と強く思いました。うちは息子が2人いますが、もし将来のパートナーが手伝ってくださることになったとしても、それを任せるのは違うなと思ったんです。だから、なるべく今のうちに物を減らしていこうと意識しています。実家の片付けをやってみて、私自身も自分の家の布団や枕を見直してみると、「こんなに必要ないのでは?」と思うものがいっぱいありました。

── 物との向き合い方が変わったのですね。

香坂さん:変わりました。今朝もゴミ袋を7つ捨ててきました。時間を見つけては物を処分するようにしています。でもなかなか難しいこともあるんですよね。シーツなんかも、ヨレヨレのものは処分したいとは思いつつ、洗ったらなぜかまた畳んでしまってしまう…みたいなことはありますから(笑)。

「捨てるだけで数百万円」。その現実を前にして、香坂さんが感じたのは、「残された人の負担の大きさ」でした。

親の家も、自分の家も、気づかないうちに物は増えていきます。そしてその片付けは、いつか必ず「誰かの仕事」になる。そう考えたとき、私たちにできることは、「まだ元気なうちに、少しずつ減らしていく」という選択なのかもしれません。

あなたは今、自分の持ち物と、どんな距離感で向き合えていますか?

取材・文:石野志帆 写真:香坂みゆき