歌手の今陽子さん(左)と医師の瀧靖之先生(右)(撮影:玉置順子〈t.cube〉)

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2026年4月14日の『徹子の部屋』にまもなく芸能生活60周年を迎える今陽子さんが登場。同居する母との生活について語ります。今回は今さんが脳の専門家に若々しい脳を保つ秘訣を聞いた『婦人公論』2026年3月号の記事を再配信します。*****今陽子さんは、「ピンキーとキラーズのボーカル」として一世を風靡し、現在も精力的にライブ活動を続けています。いつも元気なイメージの今さんですが、最近気になっているのは歌詞の覚えが悪くなってきたこと。これまで多くの人の脳MRI画像を解析してきた瀧靖之先生に、老化のメカニズムや若々しい脳を保つ秘訣を聞きました。(構成:村瀬素子 撮影:玉置順子〈t.cube〉)

萎縮が進みやすい脳の部位は…

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ライブ中、頭が真っ白に

今 15歳でデビューして60年近くが経ち、74歳になりました。記憶力が少し怪しくなってきたものの、まだまだ大好きな歌の仕事を続けたいですから、脳の健康にはとても興味があって。今日は先生にお会いできるのを、楽しみに来ました。

瀧 こちらこそ。脳の老化というと、今さんのように記憶力の低下を思い浮かべる方が多いかもしれません。ですが、脳機能が衰えると、思考力や判断力、創造力、感情表現、感覚力、運動能力なども低下していきます。脳は、私たちの活動のすべてをコントロールしていると言っても過言ではないのです。

今 全身の司令塔のような役割を果たしているんですね。

瀧 はい。一般的に、加齢とともに脳は少しずつ萎縮し、その部分の機能が落ちていきます。特に、新しい記憶を一時的に保存する「海馬」や、記憶や感情、行動を制御する「前頭前野」など、高次な認知機能を持つ部位ほど萎縮が進みやすいのです。

今 私も若い頃は、英語のスタンダードジャズをすぐ覚えられましたし、今もライブで歌うとスッと歌詞が出てきます。でも、新しく覚えた歌は、ライブ中に突然歌詞が飛んでしまい、頭が真っ白になったことも……。

瀧 昔覚えたことは、脳の長期記憶をつかさどる場所に保存されています。それを何回も思い出してアウトプットしているので、記憶が強固になるのです。

ですから、昔のことはすぐ思い出せるのに、新しいことは脳の加齢によって覚えにくくなり、アウトプットもしづらくなる。歳を重ねれば、誰でもそういった経験はあるはずです。

今 私に限ったことではないんですね。よかった。(笑)

瀧 極めて自然な現象ですし、高次認知機能の働きは個人差があるものの、20代後半がピークと言われているんですよ。

今 えっ! とっくに過ぎているじゃないですか(笑)。実は私、昨年11月に老化を実感する出来事があったんです。

仕事帰りに東京駅の階段で足を滑らせ転倒し、肋骨を2本折りました。人一倍元気なつもりでしたが、筋力の低下だけでなく、バランス感覚も衰えているのかなと。転倒も脳機能と関係があるのですよね。

瀧 脳と体はリンクしていますから、階段を上り下りするという動作にも空間認知力や判断力、反射神経などさまざまな脳の働きが関わっています。

今 もういい歳なのだから慌てるな、走るなという、自分への警告だと思いました。ケガをしてからは、階段は手すりにつかまってゆっくり上り下りし、時にはエスカレーターも活用するなど、慎重に行動しています。

本当にあった「火事場の馬鹿力」

瀧 骨折なさって、お仕事にも支障があったのでは?

今 私、長い芸能生活で仕事に穴を開けたことが一度もないんです。今回の骨折は痛みがひどくて夜も眠れないほどでしたが、昨年12月に歌番組の収録がありまして。

呼吸もうまくできない状態だったのに、ステージに立った瞬間しゃんとして、2曲歌って踊れたんです。それが自分でも不思議で。収録が終わった途端に痛みが襲ってきました。

瀧 さすがですね。プロフェッショナル魂を感じます。

今 脳が、あなたはプロなんだからちゃんと歌いなさい、と指令を出していたのかしら。

瀧 「火事場の馬鹿力」という言葉がありますよね。普段、脳は本来持っている力を出し切らないように、ブレーキをかける方向に働いています。あまり酷使すると、体を壊してしまいますから。しかし、いざというときはブレーキを外して本来の力を発揮する。今さんのプロ意識の高さが、それを可能にしたのではないでしょうか。

今 自分で自分を褒めてあげたい(笑)。何より、人間の脳ってすごいですね。それだけのポテンシャルがあるなら、脳機能は私の年齢でも鍛えることができるのでしょうか?

瀧 はい。何もしなければ加齢とともに機能は低下しますが、脳には「可塑(かそ)性」といって、適切な刺激を与えると変化・成長する性質が備わっていることが最新の研究でわかってきました。

行動さえ起こせば、何歳になっても機能を維持、あるいは向上させることができるんです。


「私も最初は認知症に関する知識がなく、途方に暮れました。同じことを繰り返し要求してくる母にイライラして、つい声を荒らげてしまうことも」(今さん)

別人になった母が回復した理由

今 それは朗報ですね! 私は認知症の母と2人暮らしなのですが、接し方を変えてから母がすごく元気になったんです。もしかしたら、その可塑性が関係しているのかもしれません。

瀧 それは興味深いですね。

今 母はもともとしっかり者で社交的。家事をてきぱきとこなし、私の確定申告書も長年作成してくれていたんです。異変が起きたのは9年前、母が90歳の頃。

最初はオレオレ詐欺で100万円を騙しとられ、本人もショックを受けていました。やがて、明るくおしゃべりだった母が別人のように暗くなり、一日中ボーッとするように。

バッグをどこかに置き忘れて泣きじゃくったり、火にかけた鍋を焦がしたり、心配なことが続いたので病院を受診したところ、認知症と診断されました。

瀧 認知症は、認知機能が衰えることで日常生活を自立して送るのが難しくなる状態を指します。アミロイドβという異常なたんぱく質が蓄積して脳の萎縮が進むタイプ、脳卒中などにより神経細胞が損傷を受けるタイプなど、原因はさまざまです。

今 私も最初は認知症に関する知識がなく、途方に暮れました。同じことを繰り返し要求してくる母にイライラして、つい声を荒らげてしまうことも。自己嫌悪に陥り、夜中に一人でやけ酒を飲んで、「助けて〜」と雄叫びをあげたりしていました。

瀧 今さんは責任感が強く、お母さまのことを一人で抱え込んでしまったのでは?

今 そうなんです。結果、私自身が病に倒れてしまって。そのときにお医者さまやケアマネジャーさんにアドバイスしていただき、介護のプロをはじめ、周りの方々に頼れることは頼ることにしました。そして、私が明るく元気でいないと母を支えられないと気づき、母への接し方を変えたんです。

瀧 どのように?

今 できるだけ笑顔で、ユーモアのある会話を心がけました。たとえばレストランで食事をしていて、母がおもむろに入れ歯を外して皿の上に置いたとき。

みっともないと注意するのではなく、「あら、珍しいデザート。あまり美味しそうじゃないわね」と言ってみる。すると母も笑いながら、「ごめんね」と言って入れ歯をつけ直すんです。

瀧 素晴らしい対応ですね。人間の脳には模倣する力があり、相手がしていることを真似していろんな能力を獲得します。ですから、今さんが笑顔とユーモアで接すると、お母さまも同じように応えるのです。会話したり笑ったりすることは、認知機能の向上にも有効なんですよ。

今 最近は2人で笑い合うことが増えました。母の介護をしていて感じるのは、根底に愛情があれば伝わるということ。親子だから喧嘩もしますが、大切な母だし、元気でいてくれることが嬉しい。大好きだよ、という思いを言葉や態度で示していたら、母はいま、どんどん元気になっています。(笑)

瀧 実は、子どもの脳の発達において土台となるのが愛着形成というもの。親が愛情を注ぐことで子どもとの間に生まれる心の絆です。これは大人にも当てはまり、お互いに愛情を持って接することは、脳の健康を保つうえでとても大切なのです。

今 母は2月で99歳になりますが、以前より頭がしっかりしています。明るさを取り戻し、理解力もある。食欲も旺盛です。要介護3なのですが、ケアマネさんが「要介護1に戻してもいいくらい」とおっしゃるほど。

瀧 素晴らしい! 今さんにとって、介護で無理をしなくなったことも、いい作用をもたらしていると思いますよ。脳にとってストレスは大敵ですから。

今 先生にそう言っていただけて安心しました。

<後編につづく>