歴史の中の今 FRB主導の金利政策が照らす現在地
世界経済の金利サイクルが、再び動き始めた。2023年に5.5%まで引き上げられたFRBの政策金利は、2024年秋から3回連続で引き下げられ、現在は3.5〜3.75%。さらなる利下げを探りながらも、インフレ再燃を警戒して慎重に構えている。
【こちらも】逆イールド解消でも、FRBの利下げが遠い理由
ゼロ金利から急騰、そして緩やかな引き下げへ。この振り子の軌跡を歴史でたどれば、現在地の意味が鮮明に見えてくる。
■金利が恐慌を招いた
原点は1929年の世界大恐慌だ。FRBは投機熱を冷まそうと政策金利を4%から6%に引き上げた。これが株価暴落の一因となり、その後0.8%まで急落させても経済は回復しなかった。金利を動かすだけでは需要は戻らない。この苦い教訓から、国家が財政と金融の両輪で経済を操る時代が幕を開けた。■金利が武器になった日
次の試練は1970年代のオイルショックだ。原油高が物価を直撃し、米国のインフレ率は1980年に14%を超えた。FRB議長ポール・ボルカーは政策金利を20%近くまで引き上げる荒療治で応じた。景気を意図的に壊してインフレを叩き潰す。痛みは激しかったが、効いた。FRBの金利が世界秩序を左右する武器であることを、市場はそこで刻み込んだ。■ゼロ金利という異常
転機は2008年のリーマン・ショックだ。FRBは政策金利を5.25%からわずか15カ月で事実上のゼロへ引き下げ、量的緩和に踏み切った。2008年から2015年まで7年間ゼロに張り付き、2020年のコロナ禍で再びゼロへ。合計約9年にわたるゼロ金利時代が続いた。カネが安すぎる世界では資産価格だけが膨らみ、格差が広がり、財政規律は緩んだ。■言葉だけで世界が揺れた
ひずみはすぐに顔を出した。2013年、バーナンキFRB議長が量的緩和の縮小を示唆しただけで、新興国通貨が急落し株式市場が連鎖的に崩れた。いわゆる「テーパータントラム」だ。FRBは何もしていない。発言しただけで世界が揺れた。そして2019年9月、銀行間で国債を担保に短期資金を融通するレポ市場で、翌日物金利が一時10%超に急騰しFRBが緊急介入を迫られた。ゼロ金利が生んだ市場のひずみが、静かに臨界点へ近づいていた証左だった。
