老夫を毎日虐待…「でも、一緒に過ごさせたい」長男の言い分

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どうやって老人ホームを選んだらいいのか? それには入居者の生の声を聞くのが一番と、国内最大の老人ホーム紹介センターを経営する著者は断言します。そこで著者は、数々の入居者のエピソードを通して、ホームでの暮らしの悲喜こもごもを紹介。現在、国内最大の老人ホーム紹介センターを経営する著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『老人ホーム リアルな暮らし』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。

ホーム内でも有名なおしどり夫婦の秘密

■エピソード3
夫婦で入居。奥さまがご主人を毎日虐待

Cさん夫婦は、ホーム内でも有名なおしどり夫婦です。一番大きな居室に夫婦で入居しています。ご主人は元官僚で94歳。現役時代は国会で省を代表して答弁をするような立場の人でした。奥さまは専業主婦ですが、お父様は元海軍将校でこれまた有名な人だったようです。この二人にとって、とても残念なことは、ご主人は重度のアルツハイマー型認知症、奥さまも認知症にかかっていました。一日のほとんどを、ご夫婦で仲良く過ごしているのですが、ある行動が職員を悩ましています。

「あのね。あそこに見える赤い屋根の家があるでしょ。あそこに、毎日うちの主人が通っているのよ」「あそこにいる女のところに主人が通っているの」と。職員を見つけると、奥さまは、そう言って窓の外に見える赤い屋根の家を指差します。

一見、穏やかに見えた夫婦には隠れた一面があった。(※写真はイメージです/PIXTA)

お風呂に行ってご主人の姿が見えないと「きっと、あの家に行っているのよ」と言って、自室に戻ってきます。ほどなくして、ご主人が職員と一緒に入浴から戻り、ラウンジでお茶を美味しそうに飲み始めます。入浴が終わったことを居室にいる奥さまに伝えると、奥さまもラウンジにお茶を飲みに出てくるのですが、Cさんの整容やバイタルチェックなどのために、女性の看護師や職員が関わっていると、てきめん、「あれは主人の女で」うんぬんかんぬんと始まってしまいます。しかし、Cさんが一人になると、今までのことが嘘のように、二人で何事もなかったように、仲が良さそうに一緒にお茶を。

この認知症夫婦は、毎日、ほぼ一緒に仲良く行動を共にしています。これは、家族からのリクエストでもあります。職員は、どちらかが、入浴やレクリエーションに参加するので一人になってしまう場合は必ず相手に説明し、いちおうの了解をさせてから行動に移るということをホーム内での約束事としています。

一見、穏やかなで知的なご夫婦。しかし、この二人には、まったく別の顔がありました。それは、奥さまによるご主人に対する虐待です。夜間や早朝、夕飯後に、奥さまのご主人に対する虐待は多く発生します。多くの場合、アルツハイマーで何もわからないご主人に対し、居室の真ん中に土下座をさせ、汚い言葉で奥さまが罵ります。さらに、時には、手や足で、時には、居室にある枕やタオルを使って、土下座をしているご主人を叩きまくるのです。

老妻が鬼の形相で老夫を虐待していた

さすがにたまらず、ご主人は居室から出てきて職員のところに駆け寄りますが、当然、上手く説明をすることはできません。職員が「どうしました?」と問いかけても、意味不明なことを言うだけで、おどおどしているだけです。虐待の事実がわからなかった初期のころは、職員の多くは、この現象に対し、アルツハイマーの高齢者だからこのような行動をとるのだろうと考えていました。さらに虐待は、密室の中でしか起きないため、真実を確認するまでには時間がかかりました。

小嶋勝利著『老人ホーム リアルな暮らし』(祥伝社新書)

ある日のこと、入浴を担当していた職員から、看護師に対し、Cさんの太ももにあざや発赤があることが報告されました。看護師は、このあざと発赤を見て、すぐに奥さまによる虐待を疑いました。そして、看護師より介護職員に対し、夜間帯の訪室を適当な理由をつけては頻回にするように申し送られました。ある日の夜間帯、医師の指示でご主人に対し目薬を差さなければならないという口実で訪室したところ、奥さまが別人のような形相で、ご主人を叩きまくっていたところを目撃しました。すぐさま、ご主人を保護したことは言うまでもありません。

しかし、人間というものは、つくづく本当に難しいもので、この事実を整理した上で、後日、ご家族を呼んで今後の二人のことを協議することになりました。私たちからご家族への提案は、ご主人と奥さまをホーム内で別居させて様子を見てみたいというものでした。しかし、ご家族からの回答はNOでした。ご家族は、今まで通り二人を一緒の居室で暮らさせたいと言います。

長男が代表して次のように説明しました。

実は、奥さまのご主人に対する虐待は、ご主人が認知症を発症してから長い間、自宅でも継続していたとのことでした。毎晩のように、ご主人に対する虐待は行なわれ、その様子を自分たちはビデオカメラで撮影し、確認もしています。多くは、奥さまによる口頭での罵倒、罵りが中心でしたが、時には手を上げることもあったといいます。しかし、しばらくすると、奥さまは別人のようにうって変わり、ご主人の面倒を献身的に見始めるといいます。

なぜこのようなことになってしまったのかは、定かではありません。現役時代のご主人には、長らく外に特定の女性がいました。そして、そのことで、奥さまがひどく傷ついたことは事実です。子供だった自分も、現役時代のご主人の振る舞いに対し、憤りを覚えています。「東大以外の大学には行くな」「東大以外は大学ではない」「東大以外は人間のクズだ」と言われ、勉強をすることを強いられ、子供ながらにご主人の理不尽さを許すことができませんでした。

家族の願いは両親が一緒に過ごすこと

しかし、退官し、現役生活が終わってすぐに、認知症になってしまい、あれよあれよという間に、認知症が悪化、今までの振る舞いが嘘のようにまるで幼児のようになってしまいました。そして、奥さまに強く依存するようになってしまったのです。次のように整理しています。

かつては、やり手のエリート官僚として、仕事にも収入にも恵まれ、おまけに女性にも恵まれ、好き勝手にやってきましたが、やはり、母のことを思う気持ちは嘘ではなかったのではないだろうか。だとすると、今は当然そのような女性は存在せず、母と一緒にいたいと願っているはずです。たとえ、母親から虐待を受けていたとしても、それでも一緒にいたいはずなのではないだろうか。どうか今まで通りの生活でお願いしたい。

もちろん、この事実は家族である自分たちは承知していることなので、万に一つの、事故や事件が起きた時は、そのすべての責任は、自分たち家族にあると考えています。ホーム側には一切迷惑をかけるつもりはありません。どうか、家族の願いを聞いて欲しい。……そう話したのでした。

結局、当面の間は「今まで通り」ということで決着をしましたが、看護師からの強い要請で、昼間帯はなるべく居室で二人だけにしないこと、必要があれば、一時的に二人を分離して介護を行なうことを家族に承知してもらうことを条件に二人での生活を継続しました。

小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役