なぜ過労死や長時間労働の問題はなくならないのか。弁護士の明石順平氏は「労働基準法にはさまざまな抜け道がある。また違法残業の罰則は企業に甘く、事実上ブラック企業は野放しだ」という――。

※本稿は、明石順平『人間使い捨て国家』(角川新書)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Natali_Mis
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Natali_Mis

■原則は「1日8時間、1週40時間」以内

労働基準法(以下、労基法)の原則では、1日8時間、1週40時間以上労働させてはならないことになっている(労基法32条)。また、休日は週に1日又は4週で4日以上である(同法35条)。休日の決まりはこうなっているものの、1週40時間という縛りがあるので、多くの会社は土日休みの週休2日制を取っている。

使用者が、労働者の過半数で組織する労働組合か、それが無い場合には労働者の過半数を代表する者との書面による協定を締結して労基署にこれを届け出た場合、この「1日8時間、1週40時間」を超える残業や、休日労働をさせることができる。

この決まりが労基法36条に規定されているので、一般に「三六(サブロク)協定」と呼ばれている。そしてこの協定は事業場ごとに締結する必要がある。

この三六協定であるが、そもそもこれすら締結していない企業が非常に多い。やや古い統計になるが、厚労省の平成25(2013)年労働時間等総合実態調査によると、三六協定を締結していない事業場の割合は44.8%にものぼる。これを日本の企業の99%超(従業員数でいうと約70%)を占める中小企業に限定すると、なんと56.6%が三六協定を締結していない。

■「三六協定」がなければ1分でも違法残業

締結していない理由は「時間外労働・休日労働がない」が43.0%と一番多いが、皆さんはこれを信じられるだろうか。私はとても信じられない。締結していなければ1分労働時間がはみ出しただけでも違法なのだから、締結しない理由が無い。ただ単にめんどくさかったから、というのが本当の理由ではないかと思う。

一方、2位以下を見ると、「時間外労働・休日労働に関する労使協定の存在を知らなかった」(35.2%)、「時間外労働・休日労働に関する労使協定の締結・届出を失念した」(14.0%)、「就業規則等で規定を設けるのみで十分と思っていた」(1.0%)となっている。1位の理由に比べればまだこちらの方があり得る。特に規模の小さい企業の経営者の場合、本当に法律に無知な場合が多く、まさに「俺が法律」となっていることがある。

三六協定すら締結しない企業が、残業代をきちんと払うだろうか。私はそうは思わない。この三六協定締結率の異常な低さは、極めて多くの残業代不払いが発生していることを推認させると言ってよいだろう。

■抜け道で残業時間は青天井だった

そもそも締結すらしていない企業が全体で4割を超え、中小企業に限っては約6割にのぼるこの三六協定であるが、協定の際には上限を決める必要がある。では、その上限は労使で合意さえすれば限界はないのか。2019年4月に改正労働基準法が施行される前までは、この上限について、大臣告示(平成10年労働省告示第154号)が存在するだけであった(図表1)。

(出典)https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000150160.pdf

ざっくり言えば、1カ月45時間、1年360時間ということである。1カ月45時間だとおおむね毎日2時間程度の残業になる。なお、年合計360時間以内に収めるという縛りがあるので、毎月で平均すれば残業を30時間以内にする必要がある(360時間というのは、45時間を単純に12倍した数字ではない)。それだと、毎日の残業時間はだいたい1時間20分程度にしなければならない。

ただ、これはあくまで大臣告示なので、法律と同じ拘束力を持つわけではない。その上、臨時的に限度時間を超えて時間外労働を行わなければならない特別の事情が予想される場合、「特別条項」を設ければ、限度時間を超えられる、という抜け道が用意されていた。

そしてこの抜け道がフル活用されていたのである。すなわち、残業時間は事実上、青天井という状態であった。図表2は特別延長時間の上限についての調査結果である。

(出典)https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000150160.pdf

過労死ライン超えが許されていた

特に大企業に注目していただきたい。特別条項付き三六協定を締結している企業の割合は58.6%にも達し、うち過労死ラインである80時間を超えるものは14.6%、100時間を超えるものが3.9%もある。かつては特別条項を設けさえすれば、過労死ライン超えの残業をさせることが可能な状況だったのだ。これでは意味がない。

なお、中小企業はその割合が小さくなっているが、これは、先ほど指摘したとおり、中小企業の場合はそもそも三六協定自体締結していない企業が約6割を占めているからであろう。大企業より中小企業の方がマシというわけではない。

私の経験から言うと、大企業と中小企業の違いは「文書が整っているかどうか」に過ぎず、異常な長時間労働をさせるという点はまったく同じである。企業規模が大きくなれば、法務部門にも人的リソースをかけることができるので、文書だけはきちんと整っている。

■法改正で青天井は解消されたが…

2019年4月から改正労働基準法が施行され、従前は大臣告示で定められているだけだった前述の上限時間が法制化された(ただし、中小企業への適用は2020年4月から)。原則は1カ月45時間、1年360時間である。特別条項を付ければこの上限を超えられるが、従前とは異なり、この特別条項による延長時間にも上限が設けられた(図表3)。つまり、青天井状態は解消された。

(出典)https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf

非常にややこしいのだが、この特別条項の限度時間規制を要約すると次のとおりである。

〇間外労働が年720時間以内
∋間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
時間外労働と休日労働の合計について、「2カ月平均」「3カ月平均」「4カ月平均」「5カ月平均」「6カ月平均」がすべて1カ月当たり80時間以内
せ間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6カ月が限度

,砲弔い討蓮◆峙抛労働時間が含まれない」という点がミソである。なぜか休日労働の時間が除外されているため、大幅に時間が削られてしまう。

◆銑い竜制は、要するに過労死ラインに到達しないようにしろと言っている。裏を返せば、過労死ラインまでの残業が許容されているということである。月45時間という原則は、年6カ月までなら超過できてしまう。

■過労死や過労うつは簡単に無くならない

これで過労死や過労うつがなくなるのだろうか。私は到底そうは思えない。「過労死ライン」というのは、「そこに到達しなければ全部セーフ」というものではない。人によってストレス耐性には差があるし、過労死の認定に当たっては、労働時間以外のほかの要素も考慮されるからである。

現に、月50時間台の残業で労災認定されたケースもある。また、中小企業への上限規制適用は2020年4月からであるが、それ以外に、上限規制の適用が5年間猶予される業務がある(図表4)。

(出典)https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/karoushi/18/dl/18-2-1.pdf

このうち、建設事業と自動車運転の業務は、いずれも脳・心臓疾患の労災認定件数の上位を占めている「過労死・過労うつの発生件数が多い」業種である(図表5)。

(出典)厚生労働省「平成30年版過労死等防止対策白書」

見てのとおり、道路貨物運送業(中分類)は圧倒的に1位であり、道路旅客運送業(中分類)も5位に入っている。

また、建設業も、大分類で「建設業」に分類されるものが、6位、8位、14位に入っており、上位に位置する。このような状況であるにもかかわらず、これらの業種に対する上限規制は5年も猶予されてしまうのだ。

■人命、安全よりも長時間労働が優先された

これはだれにとっても他人ごとではない。これらの業種に従事する労働者たちの命が危険にさらされることはもちろん、疲労困憊したドライバーが運転する事故に巻き込まれたり、疲労のため施工ミスをした建物が倒壊するといったケースがあることを想像してほしい。人の命よりも、安全よりも、長時間働かせることが優先されてしまっている。

さらに、医師についても、以前から長時間労働が問題視されているにもかかわらず、上限規制が5年間猶予されてしまっている。人々の命を助ける医師自身の命が危険にさらされているという状況である。

そして、新技術・新商品等の研究開発業務については、上限規制の適用が、猶予ではなく、単に除外されている。なお、この業務につき、1週間当たり40時間を超えて労働した時間が月100時間を超えた労働者に対しては、医師の面接指導が罰則付きで義務付けられた。

事業者は、面接指導を行った医師の意見を勘案し、必要があるときには就業場所の変更や職務内容の変更、有給休暇の付与などの措置を講じなければならないとされている。しかし、このような措置が歯止めになるとは到底思えない。以上のとおり、上限が定められ、以前よりはマシになったと言えるかもしれないが、多くの抜け道が用意されており、極めて不十分である。

■企業側に甘すぎる罰則

三六協定を締結しないで残業させた場合や、締結しても前述の上限を超えて残業させた場合の罰則はどうなっているのかというと、懲役6カ月又は罰金30万円である(労基法119条)。懲役刑が科されることはまず無いので、事実上は罰金のみ。なお、この罰則は残業代不払いについても同じである。

行き過ぎた長時間労働は人の命にかかわることであるにもかかわらず、それを規制する法律に違反した場合の罰則がたったの30万円なのである。こんな軽い罰則だと、三六協定の締結すらしない企業が大量発生し、残業代不払いも無くならないのは当然であろう。

■電通への罰金「たったの罰金50万円」

あの高橋まつりさんの過労死事件も、電通に科された刑事罰はたったの罰金50万円であった(遺族に対する民事的な賠償は別途されている)。なお、なぜ30万円を超える金額になったかというと、次の理由による。

電通が起訴された事件は、高橋まつりさんを含む4名の社員に対し、三六協定で労使が定めた上限を超える残業をさせた(労基法32条違反)というものであった。このような場合、罰金刑の上限は、単純に4名分を合算することになるので、30万円×4=120万円となる。つまり、法定の上限からすると、70万円も減額されていることになる。

尊い命が奪われたにもかかわらず、このような軽い刑で済ませて良いのだろうか。

■国の姿勢は「企業優先」「人命軽視」

確かに実務上はどんな刑罰であれ、上限いっぱいの刑が科されることは稀であるものの、そもそもその上限が低すぎる。したがって、そこからさらに軽くする必要性はあるのか非常に疑問である。50万円など、電通にとっては痛くもかゆくもない。この罰則の異常な軽さは、次のとおり、ほかの法律と比較すると際立つ。

明石順平『人間使い捨て国家』(角川新書)

・著作権法の場合、著作権侵害に対する罰則は10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金。法人に対する罰金は最高で3億円。
・特許法の場合、特許権侵害に対する罰則は10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金。法人に対する罰金は最高で3億円。
・金融商品取引法の場合、有価証券報告書の重要事項に虚偽の記載のあるものを提出した場合は10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金。法人に対しては最高で7億円の罰金。

このように、いずれも個人に対する法的責任の上限は10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金となっており、法人に対しては、著作権法及び特許法が3億円、金融商品取引法については7億円にも達する。

これらと比較すれば、罰金30万円など無に等しい。これら3つの法律に共通するのは、このように罰則を重くしないと、企業の営業活動に大きな支障が出る点であると思われる。他方、その企業を支える労働者に対する保護は、恐ろしいほどに軽く見られている。「企業優先、人命軽視」というこの国の姿勢が透けて見える。

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明石 順平(あかし・じゅんぺい)
弁護士
1984年、和歌山県生まれ、栃木県育ち。弁護士。東京都立大学法学部卒業、法政大学法科大学院修了。主に労働事件、消費者被害事件を専門に弁護を行う。ブラック企業被害対策弁護団事務局長。
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(弁護士 明石 順平)