松本人志がお忍びで来た「お笑いライブ」で周囲の”度肝を抜いた”…! 誰よりも大きな「声量」でステージを制圧した日

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「地下芸人の帝王」と呼ばれ、お笑い界で異彩を放ち続けるコンビ「虹の黄昏」(野沢ダイブ禁止・かまぼこ体育館)。芸歴20年超の二人は、テレビや賞レースとは異なる舞台で、数え切れないほどの芸人たちの栄枯盛衰を目撃してきた。天才、狂人、そして伝説――。地下の世界でしか見ることのできない“芸人の凄み”とは。今回は野沢ダイブ禁止による寄稿をお届けする。 

(構成・キンマサタカ)

同期にはオリラジ、はんにゃ、トレンディエンジェル

最近では地下芸人という言葉が浸透しましたが、その中でも僕たちはちょっと特別、というと恥ずかしいんですが、我が道を貫いてきた芯のある芸人だと思われているようです。おかげさまで。最近はお笑いファンの方にも知っていただけるようになったのか、ライブにたくさんのお客さんに来ていただけるようになりました。

僕たちは売れたいとずっと思ってきました。もちろん今でもそう思っています。芸人ってのはみんな売れたいなあと思ってるけど、売れ方は誰も教えてくれないんです。

芸人とはどうあるべきか。それを教えてくれるのが養成所だと思っていました。でも、僕がいたころのよしもとの養成所は生徒が毎年600人入ってきます。もちろん隅々まで講師の目は届きませんし、芸人に憧れて中途半端な気持ちできたやつらは、理想とのギャップを感じて授業に出なくなり、卒業する頃には半分以下になっています。

真面目に通ったとしても、養成所の中には明確なヒエラルキーがあって、下のほうに分類されると作ったネタを見てももらえません。芸人らしいことをなにもせずやめていったやつがたくさんいました。

僕の同期にはオリエンタルラジオ、はんにゃ、トレンディエンジェルなんかがいました。彼らは在学中から一目置かれていましたし、なかでもオリエンタルラジオは、卒業と同時にあっという間にスターになっていきました。それを見てまた翌年も学生が入ってくる。それの繰り返しです。ほんの一握りのエリートと、僕らみたいな箸にも棒にも引っかからない存在で養成所は成り立っていました。

養成所を出ると一部のエリートは劇場やテレビから声がかかります。一方で、僕たちみたいなのは養成所から放り出された瞬間からライブ出演をかけた過酷なバトルが始まります。ここで芸人を辞める奴も多い。数え切れないほどのライバルと争うオーディションに怖気付いて、僕はしばらくはぶらぶらしてたんです。でも、「芸人になる」って美容師を辞めて地元を飛び出したのにカッコつかないじゃないですか。そんなとき、同級生に紹介してもらったかまぼこ体育館に声をかけてコンビを結成し、ようやく地下芸人生活をスタートさせます。小さな事務所に入ることも決まりました。

繰り返しになりますが、オリラジみたいに最初から売れる奴らはほんのわずかです。ほとんどの芸人は地下ライブで泥水をすすって這いあがろうとしていました。

その中でも印象に残っている芸人がいます。

バイきんぐとハリウッドザコシショウから受けた衝撃

コンビを組んで間もない頃でした。事務所の先輩の知り合いがやるというライブを観に行ったのは中野にあるtwlという小さなハコで、狭いステージを所狭しと動き回っていたのがバイきんぐさんとハリウッドザコシショウさんでした。彼らがやっていた「やんべえ」というツーマンライブだったんですが(編注初回ライブは観客動員9人という記録が残っている)バイきんぐさんはとにかく変な二人組だなって思いました。

天才的な雰囲気でもなければ、スタイリッシュさもない。でもネタが始まった瞬間から圧倒されました。面白いんです。引っ越しのネタ、変態コント、めちゃくちゃな設定を全力でやりきる。当時は小峠さんがボケだったんですが、放つワードがとにかく強くて、ぶっ飛んだ設定の中で、さらにぶっ飛んだことを大きな声で言う。座ってるだけでその声の大きさとパワーに圧倒されるんです。客席にいる全員が大笑いしていましたね。

シショウはといえば、全然違う種類の衝撃でした。今でこそ誇張したモノマネなどの不条理な笑いが人気ですが、その原型ともいえるネタのオンパレード。その時やっていたのが、ネタの最後は必ず大仏の形になって終わるコントです。いや、意味がわからないんですよ。今思い出しても意味がわからない。とにかく大きな声でわけのわからないことを叫んで、最後にかならず大仏のポーズになって終わる。好き勝手やってるし意味なんてわからないけど、つい笑ってしまうんです。

この人たちは絶対に売れる、なんて思いませんでした。でも、「超すげえ」とは思った。自分らの好きなことでお客さんを喜ばせてるのってかっこいいなとも思いました。その時、「お笑いって何をやってもいいんだ」「こんなに自由なんだ」と気付いたんです。よしもとの売れっ子みたいなお笑いがやっぱり頭にあったから、どうやったら幅広いお客さんにウケるかばかり考えたけど、全くコツが掴めず、ずっと苦戦してたわけですよ。ネタもまともにやってもウケないし、変わったことをやってもうまくいかない。八方塞がりだった自分たちにとって、めちゃくちゃなことをやってお客さんを喜ばせるライブは人生を変えるくらいの衝撃でした。自分たちが進みたい道の先に、この人たちがいる気がしたんです。

その後、バイきんぐさんは少しずつ形を変えていきました。露骨な変態ネタや、一般ウケしないテーマはやめて、普通のコントの中に強烈なフレーズを差し込む形にして、広く受け入れられるようになったと思います。さらに小峠さんがボケからツッコミに回ることで、迫力ある言い回しがさらに活きるようになりました。

シショウは、あの頃からやっていることがほとんど変わっていませんよね。お客さんに向かって大きな声でしゃべくり続けて好き勝手やるスタイルのままです。

バイきんぐさんが少しずつ修正を重ねながら売れて、シショウは基本的に変わらないまま売れました。どちらが正しいとかではなく、売れる人というのは、自分がどちらに進めばいいのか客観的に見れるんですよね。そして二組とも、大きな声でお客さんを圧倒できるパワーがあったんです。

2019年の12月末、僕たちはバイきんぐ、シショウと同じ舞台に立っていました。その日は彼らが所属する事務所SMAが年に一度開催する大きなライブで、僕たちはゲストとして声をかけてもらっていたんです。あれから20年が経ち、ようやく彼らと同じステージに立てるようになっていました。

シークレットゲストとして、ダウンタウンの松本さんがきているというのは、楽屋でも話題になっていました。プライベートで来てくれたそうで、一番後ろの関係者席でライブも見ていたと。

松本人志の威圧感

すべての演目が終わり、出演した芸人たちがステージにあがると、松本さんが袖から出てきます。お客さんはもちろん大興奮ですが、僕たちだって生でお会いするのは初めてです。入ってきた時から威圧感があったのは、筋トレで鍛えたムキムキの体に、ワンサイズ小さいTシャツのせいではないでしょう。松本さんがマイクをもった瞬間、僕はまた度肝を抜かれました。その場にいたどの芸人よりも大きく通る声だったんです。

ダウンタウンに憧れない芸人はいないでしょう。そんなスターが僕たちだれよりも大きな声でステージを制圧するんですよ。神様はまだまだ俺たちに試練を与えるつもりなんだと思いましたね。

その日は、30組以上の芸人が立つステージに立っていたんですが、みんな浮き足だっていました。「ここにいるメンバー、ほとんどが初めて見る顔やな」って松本さんが言ったとき、僕は反射的に一瞬腰が浮いたんです。そして一歩前に出ようかなと思った。でも、その一歩がどうしても踏み出せなかった。空気なんか読まずに「げんしじん事務所の虹の黄昏です!」ってウザがらみすればよかった。きっと「誰やねん」って面白くしてくれたことでしょう。でも、松本さんの存在感と声量の前で、完全に怖気づいてしまったんです。

あの日のことは、今でもときどき思い出します。なんであの時に前に行けなかったんだろうという後悔が僕を苦しめるんです。

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