「期間限定の海外暮らし」と喜んでいたのに…ずっと働きづめだった瞳さんには「やることのない時間」が苦痛すぎた

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「期間限定の海外生活」……覚悟を決めて夫の赴任に帯同したものの、現実には“何もすることのない日々”が待っていて――。夫の海外赴任に同行する駐在妻、駐妻。一見、華やかそうなイメージだが、水面下ではさまざまな問題も。実母も駐妻、自身も駐妻を経験した、臨床心理士で公認心理師の前川由未子さんは、そういった「まわりに理解されづらい駐妻問題」専門のメンタルカウンセラーだ。前川さんが相談を受けた事例から、駐在生活にまつわるさまざまなトラブルや実態を紹介する。

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 慣れない異国の地で、キャリアを中断して夫に帯同した駐在妻たちが、孤独や閉塞感を打破しようと踏み出す一歩に、「ボランティア」という選択肢がある。

「期間限定の海外暮らし」と喜んでいたのに…ずっと働きづめだった瞳さんには「やることのない時間」が苦痛すぎた

 通信会社に勤める夫の拓也さん(39歳・仮名、以下同)の転勤に伴い、インドネシアのジャカルタに赴くことになった瞳さん(34歳)。

 20代後半に妊娠したのを機に接客業を離れ、産後は自宅近くの施設で介護職の実務経験を積み、介護士の資格も取得していた。それだけに、駐在帯同による離職も大きなショックではなかったという。

「転勤が頻繁にある会社だというのは、あらかじめ覚悟していました。すでに国内の転勤は経験済みでしたし、なにより求人の多い介護の資格があれば、帰国後の再就職も有利だろうと考えていたので、不安はなかったですね」

時間を持て余す日々が心を蝕む

 むしろ、期間限定の海外暮らしを楽しみにしていたという瞳さん。そんな彼女がボランティアを始めたのは、ある切実な理由からだった。

「インドネシアでは、ビザの関係で帯同家族の就労は認められていません。初めこそ浮かれて過ごしていましたが、数か月も経つと、朝に家族を送り出した後、何もすることがない日々に耐えられなくなって……」

 これまで介護士として、人の役に立つ実感を得てきたからだろうか。何も生み出さない時間をただ浪費している毎日に、言いようのない罪悪感や閉塞感を覚えるようになったという。

 そこで思い切って、日本人が運営するボランティア団体への参加を決めたのだ。孤児院などで生活が困難な子どもたちを支援する活動だった。

 海外経験が豊富な心理カウンセラーの前川さんによれば、国外のボランティア活動には、子ども向けのプレイグループの運営や博物館の日本語ガイド、駐在妻のキャリア支援、貧困家庭の子どもたちの支援など多岐にわたるという。

 しかし、そんな前向きな行動に、思わぬ壁が立ちはだかる現実がある。

マンションのお局様から……

「ある日、同じマンションに住む、お局様のような年上の駐在妻に呼び止められたんです。そこで『そんなことをしないほうがいい』と、ボランティア活動を止めるよう言われたんです……」(瞳さん)

 瞳さんは、夫や夫の勤務先にも事前に確認し、了承を得たうえで活動していた。後ろ暗いことは何ひとつない。だからこそ、その場では毅然と反論したという。しかし、なぜこれほどまでに他人の私生活に干渉してくるのか。前川さんは次のように分析する。

「上の世代の駐在妻の中には、自分はやりたいことを我慢して夫に尽くしてきた、という強い自負を持つ方がいます。そんな彼女たちにとって、若い世代が自由に活動し、キラキラ輝いている姿は、自身のこれまでの歩みや価値観を脅かす、受け入れがたいものに映るのかもしれません。『駐在妻たるもの、家を綺麗に整えて、奥ゆかしく夫や子どもの帰りを待つのが務め』――。そんなふうに考える方も、決してゼロではないのです」

 こういった忠告があったことを瞳さんは夫に伝えず、自分の胸にしまい込んだ。正確には「伝えられなかった」のだ。それには理由があった。

俺の邪魔をするな! 夫たちの勝手な言い分

 瞳さんの動きを阻む壁は外側だけではなかった――。駐在員とその家族という狭い日本人コミュニティゆえに、妻が目立つことを嫌う夫たちも少なからず存在するのだ。

「妻がSNSで活動を発信したり、コミュニティ内で顔や名前が知られたりすると、夫が『奥さん、ああいう活動をしているんだね』と同僚から言われることがあります。それを『自分の評判に響く』『余計な目立ち方をして、仕事の邪魔をされたくない』とネガティブに捉える男性は、実は少なくありません。

 さらに、その心理の奥底には、独占欲や依存心も隠れていると前川さん。

「妻に、自分以外の居場所ができることへの不安や、自分を優先してもらえなくなることへの焦りもあるのでしょう。一部の夫にとって妻は、あくまで家庭という自分の城を守る存在であってほしいのです」(前川さん)

 残念なことに、瞳さんの夫もまた、無意識のうちに妻を家庭という檻に閉じ込めるタイプだった。

 ボランティア活動を通して、瞳さんに明るさが戻ってきたのとは対照的に、拓也さんは不機嫌になることが増えていった。ある日、活動から帰宅した瞳さんを待っていたのは、ねぎらいの言葉ではなく、妻をなじるような言葉だった。

「誰のお金で、ここで暮らせていると思ってるの? お金にもならない無償の奉仕で、家のことが疎かになるくらいなら、そんなのはやる意味がない。しょっちゅう家を空けて、俺や子どものことはどうでもいいのか? ボランティアなんて自己満足はやめて、家のことだけやっていればいいんだ」

アイデンティティを奪われないために

 せっかく前向きな一歩を踏み出そうとしても、周囲からは出る杭として打たれ、夫の理解も得られなければ、心は折れてしまう。周囲の無理解が、妻たちがアイデンティティを再構築しようとする努力を、無慈悲に踏みにじっているのだ。この壁をどう乗り越えるべきか。前川さんはこうアドバイスする。

「まずは、その活動に参加することが、自分の人生やキャリアにどれほど重要なのか、自分自身に問い直してほしいです。そのうえで、夫には『これは私にとって、仕事と同じくらい本気で取り組みたいことなんだ』と根気強くプレゼンし、味方につける必要があります」

 瞳さんは、夫から投げつけられた言葉に「お金を稼がなければ、私には妻や母としての役割しかないの!?」と激しいショックを受けた。と同時に、「自分を取り戻したい」という強い思いが湧き上がったという。夫の不条理な言葉が、彼女をさらに奮起させたのだ。

「誰かの役に立っているという実感が、私の心の大きな支えになっていたからです。だから、夫とは何度も話し合いましたし、時には激しいケンカに発展することもありました。今もまだ完全には理解を得られたわけではありません。でも、誰かの顔色を伺って自分を殺して過ごすのは、もうやめました。自分の人生を悔いなく生きたいんです」(瞳さん)

「周囲の雑音を鵜呑みにして活動を辞めてしまうのではなく、自分の価値観をしっかりと言葉にして、コミュニケーションを諦めないこと。それが、異国でアイデンティティを守る第一歩になります」と前川さんは締めくくった。

前川由未子さん
金城学院大学経営学部 准教授。臨床心理士、公認心理師。産業組織領域を専門に、これまで5000人以上の支援に携わる。2025年、海外居住者のメンタルヘルスケアを提供する(株)Taznaを設立。

取材・文/荒木睦美

デイリー新潮編集部