村木厚子氏を追い詰めた検察のストーリーが、初公判で「破綻」した理由…客観的証拠をあえて無視する検察

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約1分の勾留質問で164日間勾留、検事の作文で作られる供述調書、証拠改竄や捏造……。

おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』(村木厚子 著)では、冤罪に巻き込まれた著者がみた驚愕の刑事司法の実態が明かされています。

本記事では、〈日本の刑事裁判は「なんちゃって当事者主義」…刑事裁判の主体であるはずの被告人が、法廷で「客体」として扱われる無力感〉に引き続き、村木氏の実際の裁判がはじまる様子をみていきます。

(※本記事は村木厚子『おどろきの刑事司法』より抜粋・編集したものです)

客観的証拠をあえて無視する検察

初公判では、最初に「人定質問」があり、氏名、住所、生年月日、本籍を裁判長から聞かれます。自分の名前を言う自信はありましたが、そこから先はちゃんと言えるかどうか不安になるほど緊張し、身体がふわふわしているような感覚だったので、本籍について裁判長が「○○でいいですね」と言ってくれた時にはホッとしました。

人定質問のあとは、検察官の起訴状朗読、裁判長からの黙秘権の告知、起訴状に対する被告人の意見陳述(いわゆる罪状認否)と進んでいきます。

起訴状に対する意見陳述では「私は無罪です」と言いました。それまでマスコミなどに話をする時には「無実です」と言っていましたが、裁判での勝ち負けは必ずしも「無実かどうか」ではありません。裁判のルールで決められるのは「有罪か、無罪か」。法廷ではそのルールに従って無罪を主張していこうと、初公判前に弁護団と相談して決めていました。

このあたりまでは身体がふわふわしていましたが、そのあとの検察側の冒頭陳述(証拠により証明する事実が何なのかの説明)を聞いているうちに強い怒りが湧き上がり、そんな状態は吹き飛びました。証明書の作成時期が検察のストーリーと日付が合わないことは公判前整理手続で指摘していたのに、検察は方針をまったく軌道修正していないのです。「客観的証拠を無視したこのストーリーと闘っていくのだ」と、気持ちが定まりました。

検察側の冒頭陳述では、私が事件関係者に言ったとされる言葉は、「ちょっと大変な案件だけど、よろしくお願いします」「なんとか、ご希望に添う結果にしました」「Bさんは、もう気にしなくていいですよ。もうこのことは忘れてください」などと超リアルでした。

ところが、その一方で、私が「犯行」に至る経緯で関係者が関わったとされる19件の面談や電話での会話などがいつ起こった出来事なのかということは、すべて曖昧な表現にされていました。

「凜の会」の幹部が石井議員に証明書発行の口添えを依頼してから、厚労省のA部長が課長の私に便宜を図るよう指示し、それを私がB係長に伝えるまで計9回の面談や電話でのやりとりがあったという時期は、すべて「2月下旬頃」。

証明書発行の進捗状況の確認や調整をしたという時期は、「3月中旬頃」と「5月中旬頃」。

私がBさんに偽証明書の作成を指示し、彼がそれを作成して私に渡し、私から「凜の会」のC会長に手渡したという核心部分の時期は、すべて「6月上旬頃」。

私のセリフのリアルさと、そのセリフを発したとされる時期の曖昧さには、誰が見ても違和感をおぼえます。検察側冒頭陳述が終わると、弘中弁護士がやおら立ち上がり、

「6月上旬のいつの日のことか」と、日時の特定を要求しましたが、検察はすべての日時について特定を拒否しました。

そのあとの弁護側冒頭陳述では、証明書の実際の作成時期と検察ストーリーとが矛盾していることを具体的に指摘し、「検察の主張は破綻している」と断じました。

初公判から予想外の展開になったことは大きく報道され、検察内部は最高検察庁も含めて大騒ぎになったということです。

検察が圧倒的優位に立つ密室での取調べ

その後、約2ヵ月にわたって行われた証人尋問では、弁護側証人として法廷に立った関係者が、次々と供述調書の内容を否定する証言をしました。

調書にサインしてしまった厚労省の職員たちは、最初の証人が供述調書の内容を翻したと知り、「本当のことを言って大丈夫だ」と楽になったはずです。弁護側がそういう先制点を取れないと、証人は自分の記憶に基づいて証言することを躊躇してしまいます。

最重要証人のBさんの証言は、密室取調べで検察官が圧倒的優位にあることを物語っていました。彼は、「偽の証明書は自分の独断で作った」と何度も取調べ検事に話したのに聞き流され、自分の知らない情報をどんどん与えられて混乱し、心身ともにボロボロになり、保釈の誘惑に負けて「村木課長に指示されて作った」という検事が作文した虚偽の自白調書にサインをした、などの事実を、時に涙を流しながら証言しました。

「取調べでは屈服させられたけれど、この法廷は絶対に頑張り抜きたい」というBさんの思いが私にはよくわかり、内心、「頑張れ!」と応援しながら証言を聴きました。彼の思いは傍聴に来ていた私の娘たちにも伝わったようで、「Bさんに、もう怒ってないよって伝えたい」と言っていました。この言葉が、私たち家族の気持ちを代表しています。

Bさんが勇気をもって事実を証言できたのは、弁護人の存在が大きかったと思います。彼を担当したのは刑事弁護を専門とする大阪の鈴木一郎弁護士で、被告人にとことん寄り添ってくれる方。だからBさんは耐えられたのです。これがもし、検察側の意向を汲むような弁護人だったら、彼は法廷で偽証を強いられていたでしょう。もしそのような展開になっていれば、私も有罪にされていたかもしれません。

石井一議員の証人尋問では、検察がこの事件の「入口」から嘘で固めていたこと、それについての重要な証拠を隠蔽していたことが明るみに出ました。

検察のストーリーでは、事件の発端は「凜の会」の幹部が永田町の議員会館にある石井議員の事務所を訪ね、厚労省へ証明書発行の口利きを依頼したことだとされていました。ところが石井議員は、「その日は千葉県内でゴルフをしていた」と証言したのです。その時のスコアを記した石井議員の手帳、ゴルフ場の記録などの裏付け証拠もありました。

しかも、検察はゴルフ場に照会してその事実を把握していながら、自分たちに不利な証拠になるため隠していたことも、この日の法廷で明らかになりました。

石井議員の手帳には、ゴルフ場の名前やその日のスコアは記されていましたが、インスタートかアウトスタートかは書かれていませんでした。ところが、反対尋問に立った白井智之公判担当検事は質問のなかで、「石井先生のご証言では、インスタートでゴルフをされて……」と、口を滑らせてしまったのです。弘中弁護士がすかさず立ち上がり、「手帳には書かれていませんけど」と異議を申し立てると、白井検事は慌てて「今の質問は全部撤回します」と言いましたが、さらに問い詰められると、「現時点では証拠になっていません」と答えました。この一件で、検察もゴルフ場に照会して石井議員にアリバイがあると知っていたことが露見したのでした。

検察にとって、真実とはいったい何なのでしょうか。

さらに〈誠実な公務員だったのに突然の逮捕…村木厚子氏が驚き、怒り、絶望した日本刑事司法の「暗部」〉では、村木氏が逮捕された経緯を詳しくみていきます。

●特に言及のない限り、登場人物の所属・肩書、法律や制度の名称・内容は、すべて当時のものである

【つづきを読む】誠実な公務員だったのに突然の逮捕…村木厚子氏が驚き、怒り、絶望した日本刑事司法の「暗部」