異彩を放つ杉咲花主演ドラマ『冬のさ春のね』 他の追従を許さない「神は細部に宿る」世界
取り立てて大きな事件が起きないが
冬ドラマで異彩を放つ、杉咲花(28)主演のドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね(冬のさ春のね)』(日本テレビ系)も最終回を目前にして、SNSに大きな反響が寄せられている。
今作は、映画『愛がなんだ』(‛19年)などで知られる“恋愛ドラマの名手”今泉力哉が脚本を書き下ろしたオリジナル作品である。
杉咲が演じるのは、小説家としてこれまでに2冊を出版し、現在3冊目を執筆中の27歳・土田文菜だ。さまざまな過去の恋愛体験が影響して
「大切な人とは付き合わないほうがいいのではないか?」
「そもそも恋愛とはなんなのか?」
と逡巡しながらも前を向いて歩んで行く。“正解のない恋愛のカタチ”を描いた話題作である。
「2話以降、過去の恋愛体験が明かされていくことで少しずつ文菜に対する印象が変わり、第1話でみた文菜とはまた違った文菜が見えてくる。さらにドキュメンタリーのような長い会話劇をワンカットで撮影して魅せる。独自な手法にも注目が集まりました」(制作会社プロデューサー)
“杉咲花”として、15年目の節目を迎える今年。近年では映画『市子』(‛23年)やドラマ『アンメット』(‛24年)など、視聴者の心に残る作品に出演して高い評価を得てきた。俳優として自身を常にアップデートさせてきた杉咲にとって、鬼才・今泉力哉との初タッグとなる今作も新たな挑戦となった。
「今作は“わかりやすさ”や“共感”が描かれてきた今までのドラマに比べると、取り立てて大きな事件が起きることもなければ、登場人物の成長物語も描かれない。あまりドラマにならないような何気ないやり取りの中で流れる“間”や、小さな心の機微に思いやりや切なさが宿り、視聴者の心に深く刺さる。ふたりは6月に配信される『クロエマ』(Amazon Prime Video)でもタッグを組むだけに強い信頼関係で結ばれています」(制作会社ディレクター)
そもそも“正解のない恋愛のカタチ”を描いてきた今泉力哉作品では、日常の中にあるあまり取り上げられないような、でもそれで苦しんでいる人は確実にいる「悩み」について描いてきた。それだけに、視聴者の読み解く力が試されてきた。
プロットを立てずに制作
「例えば、タイトルにつけられた“なんかさ”“なんかね”という言葉。それ自体あまり意味を持ちませんが、それを発する際に頭をよぎる言葉には、感情の整理のつかない心の底に沈む『オリ』のような感情が滲みでる。逆に言えば口にする登場人物の本音が、“なんかさ”“なんかね”に連なる言葉に見え隠れしているとも言えます」(前出・ディレクター)
今泉の作品は、“なんかさ”“なんかね”に代表される、細かい部分まで徹底的にこだわり抜くことでドラマの完成度が上がる。つまりは「神は細部に宿る」である。
「今泉さんの脚本の作り方は、映画『国宝』(’25年)で映画賞を独占し世界的な映画監督になった李相日さんと同じ。たとえ原作モノでも丹念に取材を行い、資料を徹底的に読み込んだ上でプロット(あらすじ)を立てずにシナリオを冒頭から書き始めます。つまり今泉さんも李さんも執筆方法は、そのシーンで何が起きたかで次のシーンを決めるスタイル。
それはまるで、ミリ単位で進むトンネルの掘削工事のよう。掘り続けて、固い岩盤にぶつかっては何日も止まり、また愚直に掘り続ける。どうしてもダメな場合は別の壁の前に立ち、また一から掘り始める。いつラストシーンにたどり着くのか、本人ですらわからない。こうしたシナリオの執筆方法が、作品のクオリティを上げていることは間違いありません」(前出・プロデューサー)
もちろん、あらかじめプロットを作り、描き進めなければ連続ドラマを作ることは難しい。
しかし大まかなプロットを決めてから各話を描き進めると、どうしても予定調和に陥り、神は細部に宿りづらいのではないか。今作『冬のなんかさ、春のなんかね』における今泉氏の挑戦も、今のドラマ界に新たな一石を投じたことは間違いない。
いよいよ文菜とゆきお(成田凌 32)が向き合う最終回。予定調和に陥らない、同調圧力にも屈しない、唯一無二のラストを期待したい――。
取材・文:島 右近(放送作家・映像プロデューサー)
