彼氏やパートナーがいる人が幸せって、誰が決めたの?

出会いの機会が激減したと嘆く人たちが多い2021年の東京。

ひそかにこの状況に安堵している、恋愛に興味がない『絶食系女子』たちがいる。

この連載では、今の東京を生きる彼女たちの実態に迫る。

▶前回:「年収3,000万以上の男がいい」彼氏いない歴4年。身の程知らずの29歳女の本性




現実の男に惹かれないオンナ・瑞希(29)


「瑞希ちゃん29歳なの!?全然見えない!」

「そうなの!瑞希は、童顔で可愛くて。お人形さんみたいでしょ?」

仕事帰りに、会社の同僚に『紹介したい人がいるから』と言われ、半ば強制的に、東新宿の小さなレストランに連れて来られた。

目の前に座る男性は、大手証券会社に勤めているエリートらしい。爽やかな短髪に、日本人離れした彫りの深い顔立ち。浅黒い肌と、筋肉質な体型。世間一般的には、カッコいい部類なのかもしれない。

でも……。

愛想笑いを浮かべながら、私はハンドバッグの上に置いたスマホをちらりと見る。

― ヤバい!あと数分で店を出なきゃ間に合わない……。

私の頭の中は、一刻も早く帰宅することでいっぱいで、二人の会話なんて上の空。

だって、今日は大好きな“彼”に会える日だから。

「……あの、私、仕事が残ってるのでもう帰りますね。ごめんなさい」

ああ、早く、大好きな彼の可愛い笑顔を眺めたい。

世界中で一番尊い彼に……。


瑞希が一刻も早く帰って、会いたかった相手とは…?


夢中になっている彼の正体


小走りで代々木上原の自宅に帰り、さっとシャワーを浴びる。パックをしながらiPadと小型スピーカーを準備。冷蔵庫から缶チューハイを取り出し、友人とスマホで通話を繋いだ。

『今日は僕たちの配信ライブに来てくれてありがとう!最後まで楽しんでいってね』

それほど広くはないステージに並ぶ、5人の若い男性たち。彼らは、界隈でそこそこ人気のある『メンズ地下アイドル』だ。

『さっくんこと、悠月咲斗(ユヅキサキト)です。この前、身長を計ってみたら、ちょっとだけ伸びてました!今日もよろしくね!』

ふわふわの茶髪に、小さな顔、大きな目と、八重歯が目立つ可愛い口元。色白小柄で、みんなの弟的存在だけど、実は誰よりもしっかり者で心優しい彼。

悠月咲斗(23)は、私の『推し』だ。

「ねえ、さっくん身長伸びたこと喜んでるの、めっちゃ可愛くない!?」

『さすがさっくん、あざといわ〜』

友人とライブを実況しながら、大好きな彼を眺める。私にとって至福のひとときだ。

今はコロナのせいで、彼に直接会いに行けないけれど、その分配信ライブで、気軽に彼を見られる機会は増えた。

もっと言えば、週の半分がリモートワークになり、会社での残業や無駄な飲み会は激減。以前より自分が自由に使える時間も増えて、のびのびと『推し活』に専念できることに喜びを感じている。




『次でラストの曲です。それでは聴いてください……』

手が届きそうで、届かない。永遠につかむことのできない泡のよう。

キラキラまばゆい輝きを放つ、尊い存在。それがアイドル。

アイドルが与えてくれる高揚感や多幸感は、そのへんのつまらない男性との恋愛じゃ絶対に得られない。

手を伸ばせばすぐに届いてしまう世の男性たちに、アイドルオタクの私は何の魅力も感じない。

― さっくんは、歌もダンスも未経験でデビューしたのに、今じゃメンバーの中で群を抜いて上手。本当に努力家なんだなぁ……。

彼のパフォーマンスを、うっとりと眺める。

― これからも、さっくんの成長を見続けたい。ずっとそばで応援したい。

そう、思っていたのに。

『皆さん、今日は本当にありがとうございました。実はここで、大事なお知らせがあります。

僕、悠月咲斗は、子どもの頃からの夢だった保育士を目指すため、次のワンマンでユニットを卒業し、芸能界を引退します』

いつもはリーダーが話すエンディングトーク。珍しくさっくんがマイクを握ったから、何を話してくれるのかとワクワクしていたら……。

「ウソ、でしょ……!?」

幸せな時間が一変。

天国から地獄に突き落とされたような、初めての感覚だ。


生きがいだった男性アイドルの卒業に、瑞希は驚くべき行動をとる


アイドルがいなかったら、何もない自分


翌日。

仕事を定時で上がり、帰路につく。

前職の多忙なIT企業のプランナーを辞め、今の飲料メーカーの事務職に転職を決めたのも、さっくんに会う時間を確保したかったから。

仕事だって、さっくんのライブやイベントに通うお金が必要だからやっているようなもので、彼がいなくなってしまったら、私の人生は空っぽだ。

『もしもし。瑞希、大丈夫?』

「急にごめんね。大丈夫…ではないかも」

耐えきれず、友人に電話をかける。昨日散々泣いたけれど、やっぱりまだつらい。

さっくんはユニットを卒業するだけでなく、芸能界も引退してしまう。それは、もう二度と彼に会えないことを意味している。

ふと、鏡台に映る自分と目が合った。この艶やかな髪は、さっくんが特典会で褒めてくれた日から、より一層大切にケアしてきた賜物だ。

年齢不相応な可愛い服を着て、ピンク系でまとめたメイクをしているのは、さっくんの好きな女の子のタイプが“お人形みたいな子”だから。

さっくんのためにあつらえたような自分を見て、再びむなしさが押し寄せる。

「さっくんがいなくなったら、私、何もないよ……」

震える声で話す私に対し、友人は諭すような、でも少しだけ皮肉るような口調で言った。

『……でもさ、瑞希はいいよ。可愛いんだから。すぐに彼氏できるよ』




「……え?」

予想外の言葉に驚く。

彼女とは大学時代の友人で、さっくんと出会うよりも前から一緒に色んなアイドルを追いかけてきた。

私は、25歳くらいまでは、何度か彼氏を作ったこともある。でも、結局アイドルよりも好きになれず、別れてきた。

彼女も似た境遇で、お互いに「現実の男なんて…」と言っていたのに。

『私さ、いま婚活してるんだ』

友人が婚活していることに驚いたが、彼女の深刻そうな声色に二の句が継げなかった。

『親から、結婚しないでふらふらしてるなら実家に戻ってこいって言われちゃってさ。今の職場でやっと昇進もできそうなのに。私は東京で頑張りたいから、思い切って結婚相談所に登録してみたんだけど……』

なかなか思うようにいかなくてさ、と自嘲的に笑う彼女。

『瑞希と違って、私は見た目も平凡だし、アイドルがいなくなったら何もないんだよ』

彼女の言葉に胸が痛む。

考えてみれば、自分の親ももう若くはない。私は一人っ子だし、孫の顔を見せて安心させたいという気持ちが全くないわけではない。

「婚活、か……」

飽き性だった私が初めて5年推したアイドル、悠月咲斗が卒業する。

他にも気に入っているアイドルはちらほらいるが、今後、さっくん以上に好きになれる人なんてきっといない。

私のアイドルオタク人生も、いよいよ潮時なのかもしれない。

「私も推し活卒業して、婚活を始めてみようかな……」

私の言葉に、友人は小さく笑った。


推していたアイドルの卒業と、友人の言葉を受けて、婚活を始めた瑞希だったが…


『推し活』卒業…?


私は、友人の紹介で結婚相談所に登録。初期費用だけで20万近くかかることに驚いたが、もう使いどころもないからと一気に振り込んだ。

プロフィールを提出するとあっという間に何人もの男性を紹介され、次々にお見合いがセッティングされた。

みんな口をそろえて「真剣交際をしたい」と言ってきてくれたけれど、誰とデートしても心がまったくときめかず、結局全員お断りしてしまった。

そして、さっくんの引退発表から3ヶ月後。悠月咲斗の卒業ライブ当日がやってきてしまった。

コロナの影響で完全配信ライブになってしまったが、ライブ後には、メンバーと1対1で会話できるオンライン特典会が実施されることとなった。

その特典会のために午前中は美容院へ行き、今日のために買ったクロエのワンピースに袖を通す。ソファに浅く腰掛け、泣きそうな気持ちで配信アプリを立ち上げた。

いよいよ、最後のライブが幕を開ける。

私はフレアのスカートをぎゅっと握り、固唾を飲んで画面を見つめた。




私は、私らしく生きる


2時間にわたるライブは、今までのワンマンライブの中で最高ともいえるクオリティーだった。悠月咲斗を超えるアイドルは現れないと、確信した卒業ライブだった。

特典会が始まる前に急いでメイクを直し、泣き腫らした顔をごまかす。

自分の時間になり、事前に送られてきたURLにアクセスすると、少しの待機時間の後にさっくんが現れた。

『やほ、瑞希ちゃん』

与えられた時間は2分間。何か話さなければあっという間に終わってしまうのに、いざ、さっくんを目の前にすると涙が溢れて何も出てこない。

『瑞希ちゃんは、泣き顔も可愛いね』

さっくんの優しい声に、感情がせきを切って溢れ出した。

「……私、やっぱりさっくんがいないと無理だよ。さっくんを忘れようと思って婚活までしたのに、全然誰のことも好きになれない」

本当はこんなことを言いたかったわけじゃない。「さっくんなら素敵な保育士さんになれるよ」とか「健康に気を付けて頑張ってね」と、ポジティブな言葉をかけてあげたかったのに。

いつまでもぐずる私に対し、さっくんは少しの間をおいてから口を開いた。

『瑞希ちゃんは、アイドルのファンをやってるの楽しい?』

「え、そんなの……楽しいに決まってるよ」

私が答えると、さっくんはにこっと笑って話を続ける。

『じゃあ、無理してアイドルのファンをやめる必要ないと思うよ。僕がこんなこと言うのも微妙だけど、きっとまたすぐ魅力的なアイドルが現れるから』

「……さっくんじゃなきゃ嫌だよ」

『瑞希ちゃん』

画面越しに、さっくんが私の頭をなでるような仕草を見せる。私が落ち込んでいるとき、彼はいつもこうして励ましてくれたことを思い出した。

『僕、今まで瑞希ちゃんにたくさん支えてもらったから、今日は僕が瑞希ちゃんの背中を押させて。――瑞希ちゃんは瑞希ちゃんらしく、幸せになってね』

私が何か言おうとした瞬間、終了時間が来て通信がぷつりと切れてしまった。

― ……終わった。これでもう、さっくんに会えないんだ。

私はソファに身体を預け、白い天井を見上げた。

― たくさん支えてもらったのは、私のほうだよ。

この5年間、どんなにつらいことがあっても、さっくんを思えば頑張れた。彼は私の生きがいだった。

でも、彼は新しい人生を歩み始めた。いつまでも、過去の彼にしがみついてはいられない。

私も、新しい人生のスタートを切らなければ。

“瑞希ちゃんらしく、幸せになってね”

私はおもむろにスマホを手に取り、結婚相談所のエージェントに解約の連絡を入れた。

「……絶対、さっくん以上の推しを見つけるから」

私はメンズ地下アイドルのライブ情報を探しながら、少しだけワクワクするのを感じていた。

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