間違いなく英断だった。

 2020年シーズンの開幕へ向けて、Jリーグは例年どおりの準備を進めていた。2月8日のゼロックススーパーカップには、5万人を超える観客が集まった。僕自身は2月16日のルヴァンカップ第1節から取材をスタートしたが、クラブ側のメディア対応はそれまでと変わらなかった。翌週のJ1リーグとJ2リーグの開幕節でも、試合後には監督の記者会見が行われ、ミックスゾーンで選手に話を聞くことができた。

 しかし、2月25日に開かれた理事会で、Jリーグは3月15日までに開催予定の公式戦延期を決定する。3月2日には日本野球機構との共同で、「新型コロナウイルス対策連絡会議」を設立した。Jリーグはここから、リーグ戦とカップ戦を段階的に延期していく。

 Jリーグ(とプロ野球)が公式戦の延期に踏み切ったのは、「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」の見解を受けたものだった。リーグ戦の開幕前だったので、スケジュールを再調整しやすいところもあった。

 そのうえで言えば、国内2大プロスポーツのJリーグとプロ野球が手を組み、延期で歩調を合わせたのは大きかった。「連絡会議」は「プロ・アマを問わず多数の観客を集める競技団体などに対しても、両法人で共有した情報を広く公開し、我が国のスポーツ界全体の対応力強化を目ざす」とし、他競技の危機管理強化にも貢献する姿勢を示す。

 ステークホルダーもガバナンスも異なるJリーグとプロ野球がタッグを組んだのは、コロナと向き合うスポーツ界全体の方向性を決定づけたと言っていい。歴史的とも言われた“共闘”は英断だった。

 日本サッカー協会のもとで活動する日本代表は、10月にオランダ、11月にオーストリアでテストマッチを2試合ずつ消化した。

 活動期間中のスタッフと選手たちはホテル、練習場、試合会場のみを移動し、「三密」を防ぐための新しいオペレーションで動いた。代表チームの活動で大切なコミュニケーションの場所となる食事会場には、従来の円卓ではなく個別のテーブルが持ち込まれた。人数を分けて会場に集まり、会話をしないで食事をした。

 感染対策が最も難しかったのは、試合当日だっただろう。

 日本代表チームとして動いているだけなら、日本の感染対策の常識をそのまま当てはめることができる。しかし、試合はUEFAのプロトコルに基づいて行われ、現地スタッフの手も借りている。スタッフ同士のコミュニケーションも含めて、「日本で行なわれる試合とは違う難しさが、かなり多かったはずです」と森保一監督は振り返る。

 そのなかで、日本人選手とスタッフから感染者を出さずに、活動を終えることができた。他のスポーツ団体の海外遠征で、参考できるところもあるだろう。サッカー協会の関係者も、「自分たちの遠征が役立つのなら、いつでも情報は提供したい」と話している。

 Jリーグは12月13日までに、J1、J2、J3のいずれも順調に日程を消化してきた。すでにリーグ戦の成立要件を満たしている。

 感染の恐怖には、絶えずさらされてきた。複数のクラブの選手とスタッフが、PCR検査で陽性と判定された。クラスターが発生したクラブもある。

 限られた取材環境のなかで現場の声を集めると、各クラブは「三密」を避けた「新しい日常」を構築している。着替えをするロッカーを少人数ごとで使用し、シャワーや入浴、食事の人数を分けるといった対応をしている。

 クラブをまたいだ対策としては、練習試合を組まないことがあげられる。これまではほぼすべてのクラブが、リーグ戦の当日や翌日に練習試合を組んでいた。出場時間の短かった選手、出場しなかった選手に実戦の機会を設けるためである。ケガからの復帰過程にある選手にとっては、対外的な練習試合が戦線復帰の最終チェックとなる。各クラブの監督やコーチにとっては、選手のコンディションの見極めが難しいシーズンだった。

 こうした対策を講じても、感染者が出てしまっている。新型コロナウイルスとの戦いが、いかに厳しいものであるのかを物語っている。

 改めての五輪イヤーとなる新シーズンは、J1リーグが2月26日に開幕する。J2は翌27日、J3は3月13日に開幕する予定だ。

 緊急事態宣言を経験して、私たちは当たり前の日常の尊さを知った。スポーツの価値を再認識した。新型コロナウイルスとの戦いは新シーズンも続くが、Jリーグには選手にも観衆にも安全で安心な開催を、引き続き作り上げていってもらいたいものだ。