プーチン大統領はロシア国内では依然として高い支持率を誇っている。なぜロシア国民はプーチン大統領が好きなのか。テレビ東京の豊島晋作記者は「プーチン氏のプロパガンダがうまいだけではない。ロシア国民の多くは『強権的な独裁者のほうが、自由よりマシ』と考えているのだろう」という――。

※本稿は、豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Mordolff
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■「特別軍事作戦」への支持率は81%に

ロシア国民のプーチン支持は依然として根強い。レバダセンターの世論調査では開戦直後の3月時点で、「特別軍事作戦」への支持率は81%にのぼった。

4月になると74%まで低下しているが、欧米の経済制裁による物価高に直面し、ロシア軍の死者も増える中でなお7割が支持していたことは注目に値する。またプーチン大統領への支持率を見ても、3月は83%、4月も82%と驚異的だ。

もちろんロシアの人々も、プーチンが独裁者であることは知っている。情報統制がなされて言論の自由がないことも承知だ。それに何より、ロシアは開戦前に比べて国家として確実に貧しくなっている。

各国による経済制裁の影響もあるし、膨大な戦費の問題もある。武器弾薬の調達コストのみならず、占領地の駐留費などもこれから税負担として重くのしかかる。

にもかかわらず、なお多くのロシア国民がプーチンを支持しているのはなぜか。一つには、プーチン流の巧みなプロパガンダがある。国民が持つ歴史的な被害者意識に訴えかけ、混乱の訪れが近いと脅したり、ロシア国民はもっと世界から称(たた)えられて当然だと鼓舞したり。これが奏功していることは間違いない。

■ロシア国民は根元的に独裁者を求めている

しかし、それよりもっと大きくかつ根元的な理由がある。ロシアの人々が、本質的に独裁者を求めているからだ。正確に言えば、独裁者よりもさらに怖いものがあるからだ。それをしのいでくれるなら、「独裁者のほうがまし」という意識なのである。

それは何かといえば、「無秩序」である。ロシアは世界最大の国土面積を誇るが、そうであるがゆえに、本来的に全土の秩序を保つことは難しい。それを可能にするために、強力な権威と実力を持つ指導者が必要だという考え方である。

歴史的にも、ロシアは危機が訪れるたびに無秩序に陥った。1812年のナポレオンのロシア遠征のときも、1917年の帝政ロシア崩壊とその後の内戦時もそうだ。そして1941年のナチスドイツの侵攻時も大混乱に陥ったが、このときに無秩序を回避したのは独裁者スターリンだった。

また1991年のソ連崩壊の際も、今度は国内経済が文字どおり無秩序に陥った。ハイパーインフレで物価が急騰し、貧富の格差は前代未聞の規模にまで膨らんだ。人々は絶望し、自殺者も増えた。以来、20年以上にわたって死亡者数が出生者数を上回り、人口は減少し続けたのである。

■「自由」を与えられた国民はむしろ混乱した

このとき、「無秩序」に拍車をかけたのが、突如としてロシア市民に与えられた「自由」だった。市民は自由というものを根源的には理解できず、混乱に陥ったのである。帝政ロシア時代、多くの人々は皇帝と貴族の奴隷、つまり農奴として暮らしてきた。ソ連時代は赤軍の上官の命令に従って戦い、計画経済のもとで各地方の共産党幹部の指示に従って働いてきた。

長らく絶大な権力者や中央政府の指示に従って生きてきた人々は、自由という概念に慣れていなかった。アメリカやイギリス、フランスのように、革命によって勝ち取ったわけでもない。

そのため、互いの自由を侵してはならないとか、自由には責任が伴うといった根本的なルールを体感する機会もほぼゼロだったと考えられる。その結果、各自勝手に振る舞えばいいのだという間違った解釈が浸透する。自由とは、すなわち無秩序を意味することになったのである。

ある者は国有財産を自由に略奪し、またある者はオリガルヒと呼ばれる国家に寄生する新興貴族となり、マフィアは互いの利権と縄張りを争ってモスクワ市内でも銃撃戦を繰り広げた。テレビ東京モスクワ支局の近くにあった和食レストランも、暗殺の舞台となったことがある。支局のスタッフは、事件以来、決して食べに行くことはなかった。

■「自由」をもたらそうとしたエリツィンの苦悩

ロシアに「自由」をもたらそうとしたのは、ソ連最後の指導者となったミハイル・ゴルバチョフ書記長の後を継ぎ、ロシア連邦の初代大統領となったボリス・エリツィンである。彼は共産主義を捨て、市場経済を導入した。自由民主主義陣営である西側から求められるまま、経済の自由化を推進したのである。

ところが、経済は混乱するばかりで社会不安が広がり、自由と民主主義は無秩序へと転落していった。追い詰められたエリツィンは、アルコールにも溺(おぼ)れて酔ったまま執務を行うようになり、部下である首相の任命と解任を何度も繰り返した。その姿は、まさにロシアの無秩序と苦悩の象徴でもあった。

そして1999年8月、エリツィンはプーチンを首相に任命。事実上の後継者指名だった。

■プーチンが秩序を取り戻せた「運」と「敵」

少し前までFSB(ロシア連邦保安庁/KGBの後身)長官だったプーチンは、エリツィンの汚職を追及する検事総長や政治的なライバルをスキャンダルで蹴落(けお)とし、信頼を得ていた。同年末には、エリツィンの汚職等をいっさい罪に問わないという条件で大統領代行に就任。翌2000年の大統領選挙で勝利した。

政権中枢に昇りつめたプーチンはロシアに「秩序」を取り戻すことに成功する。これには、大きく2つの要因も絡んでいた。

一つは「運」だ。大統領就任後から、ロシアの重要な輸出産品である原油の価格が上昇し、ロシア経済に大きな外貨収入をもたらしたのである。FSBなどの治安機関の力を使ってオリガルヒを押さえ込みつつ一定の甘い汁を吸わせながら、国庫を潤した。

社会の格差は残り、時には拡大したが、2000年代前半の実質経済成長率は5%に達し、経済全体は好転していった。モスクワの街中にはショッピングモールが建設され、ソ連崩壊後、初めて国民生活は比較的安定し、多くの人々は西側世界に近い豊かさを手に入れた。

■敵を作り、潰すことで「強いリーダー」を植え付けた

もう一つは「敵」の存在だ。1999年、モスクワなどでアパートが爆破される事件が連続した。プーチンはこれを、すでに反乱を起こしていたチェチェン共和国のテロリストの仕業と断定。テロリストはロシアの「敵」であり、叩(たた)き潰(つぶ)さなければならないとの名目で、ただちにチェチェンに軍隊を送り、首都グロズヌイを容赦なく攻撃して灰燼(はいじん)に帰して制圧した。

写真=iStock.com/Valery Nutovtsev
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これにより、プーチンは国民からテロと戦う「強いリーダー」として評価され、高い支持を集めるようになったのである。

ただしよく知られるように、一連のテロは情報機関による仕業だった可能性も指摘されている。チェチェンを叩いて「強いリーダー」をアピールしたかったプーチンのために、情報機関のFSBが爆破したというわけだ。元FSB要員で、2006年に亡命先のイギリスで毒殺されたアレクサンドル・リトヴィネンコは、生前に同様の告発を行っていた。

なお、アメリカが同時多発テロを受け、対テロ戦争に突入するのは2001年後半から。プーチンはそのときアメリカを積極的に支援する姿勢を示したが、これはチェチェンに対する軍事力の行使を正当化する打算もあったと見られる。

■リベラルな政治家はロシアで忌避されやすいが…

プーチンは、ロシア国民が強権的であっても強いリーダーを求めていること、何より秩序を求めていることを知っていた。その期待にわかりやすく応えてみせるには、目に見える「敵」も永続的に存在しなければならない。

豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)

もっとも、これはプーチンに限らず、他の独裁国家でも、あるいは民主国家でもしばしば政治指導者が用いる手法である。ウクライナ戦争に反対し、プーチン体制の抑圧と腐敗を批判し続けるロシアの政治活動家にアレクセイ・ナワリヌイがいる。ナワリヌイはプーチン政権によって投獄されているが、多くの人々の支持を集めることはできていない。その理由は特にソ連崩壊時の混乱期を知る高齢の有権者にとって、リベラルな政治家と秩序は決して引き換えにできないからだ。

しかし、今のプーチンの秩序はいつまで持つのか。かつての無秩序を良い意味で知らない若い世代は疑問と反発を抱いている。秩序はあるが、これは決して正義ではないと気づいている。その若い世代が台頭し、今のプーチンの秩序が限界に達したとき、正義が秩序を変える、つまりロシアを変えるのかもしれない。

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豊島 晋作(とよしま・しんさく)
テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター
1981年福岡県生まれ。2005年3月東京大学大学院法学政治学研究科修了。同年4月テレビ東京入社。政治担当記者として首相官邸や与野党を取材した後、11年春から経済ニュース番組WBSのディレクター。同年10月からWBSのマーケットキャスター。16年から19年までロンドン支局長兼モスクワ支局長として欧州、アフリカ、中東などを取材。現在、Newsモーニングサテライトのキャスター。ウクライナ戦争などを多様な切り口で解説した「豊島晋作のテレ東ワールドポリティクス」の動画はYouTubeだけで総再生回数4000万を超え、大きな反響を呼んでいる。
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(テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター 豊島 晋作)