梅宮辰夫が40年来の親友だった故・山城新伍さんを語る「新伍が逝った」。
19日に更新されたエントリー「新伍が逝った」は、2人の出会いのエピソードから始まる。今から40年ほど前の昭和44年頃、梅宮辰夫が在籍していた東映の東京撮影所に、山城新伍さんが京都撮影所から移籍してきた。当時の京都撮影所には大先輩の大御所たちが名を連ねていたため、東京に移籍してきた山城新伍さんについて「これ以上自分の出る余地無しと判断したんだろう。手薄な東京へ進出してきたのだ。頭の廻る奴だナーと思った」そうだ。
山城新伍さんの密葬は18日に営まれたが、生前に交わした「生き残った方が葬儀委員長を務める」との約束を果たせず、また、事情があって密葬に参加できなかったことを「何か凄く心残りだ」とも。しかし、「俺も、もうすぐ72だ!そんなに遠くは無いと思うぜ。お前の好物は上海ガニだったよナ。俺が逝く時、時期が合えば、必ず土産に持ってってやるぜ。成仏してろヨ」と、親友らしい、飾らない言葉を山城新伍さんに贈り、最後には冗談を添えてエントリーをしめくくっている。
2人は映画「不良番長」シリーズをはじめとする数々の作品や、バラエティ番組などで共演。ともに“兄弟”と呼び合う仲だったが、山城新伍さんは特別養護老人ホームに入所してから、梅宮辰夫の「見舞いに行きたい」との希望を頑なに拒み続けていたという。なお、四十九日法要後には、梅宮辰夫が発起人となり、「お別れ会」が開かれることが決まっている。
