継承した「22番」…取材エリアで冨安健洋に問いかけた吉田麻也「これから10年着け続ける予定だよな?」
[5.31 キリンチャレンジ杯 日本 1-0 アイスランド 国立]
偉大なレジェンドに贈られた盛大な花道は、伝統の「背番号22」を正式に引き継ぐ継承セレモニーでもあった。
日本代表復帰を果たしたDF吉田麻也(LAギャラクシー)は1試合限定招集されたキリンチャレンジカップ・アイスランド戦後、報道陣を前に「22番は今日からトミのものです」と高らかに宣言。大切に育ててきた後輩のDF冨安健洋(アヤックス)に自らの代名詞を受け継ぎ、熱くワールドカップに送り出した。
アイスランド戦後のミックスゾーン--。報道陣の取材を受ける吉田の後ろを冨安が通りかかった時のことだった。吉田はちょうど「今の日本代表の強さをどう捉えているか」という趣旨の質問を受けたタイミング。鮮やかにその話題を借りながら、後輩に向かって突然語りかけた。
「今の強さは冨安。冨安が22番を……これから10年くらい着け続ける予定だよな?」
冨安は恐縮した様子を滲ませながらも、はっきりと答えた。「はい。麻也さんにいろいろ学ばせてもらったので。この場にいられて良かったなと思います」。冨安はそのまま歩き去るかと思われたが、かつて連れ添った先輩と別れるのが名残惜しい様子で、その場に立ち止まったまま異例の“同時”囲み取材が始まった。
冨安が初めてA代表に選ばれたのは第1次森保ジャパンが発足した2018年9月。続く10月にA代表デビューを果たした際、当時の吉田は19歳の若きディフェンダーの台頭に喜びのコメントを残していた。
「マンツーマンの対応、ラインコントロール、一つ二つの能力が突出しているというより、全ての能力が平均的に高い。僕にタイプが似ているんじゃないかな」。自身との比較については「それ(自分)よりも全然可能性があると思う」と太鼓判。並ならぬ期待をかけている様子だった。
吉田の見込みが正しかったことは早々に証明された。冨安は2019年1〜2月のアジア杯から主力に定着し、吉田と盤石のCBコンビを形成。クラブレベルでも同年夏、当時所属していたシントトロイデンからセリエAのボローニャにステップアップ移籍し、弱冠20歳にして欧州5大リーグに辿り着いた。
吉田は当初から冨安と熱心にコミュニケーションを取り、自身の経験を懸命に伝えようとしていた。長期にわたるアジア杯期間中には失点につながらなかったシーンも映像で振り返り、ハイレベルな相手に必要な対応法を一つひとつ確認していた。同年秋のW杯2次予選、冨安が軽い肉離れで負傷交代した際には、自身が過去に同じ経験をして悔やんだことを赤裸々に明かし、過密日程で無理をしすぎないことの大切さを説いたこともあった。
その後、吉田と冨安は21年夏の東京五輪でもCBコンビを組み、コロナ禍無観客の短期決戦を戦い抜いた。大会後、冨安はアーセナルにステップアップ。プレミアリーグで7年半を過ごした経験を持つ吉田は当時「楽しみだなと素直に思うし、とてもうらやましい」と心境を吐露しつつ、夢のビッグクラブ移籍に「新たな壁を破って切り拓いてほしい」と夢を託していた。
吉田は当時の記憶を次のように振り返る。
「今までずっと代表でやってきて、若い選手がどんどん入ってくる中で一回も感じたことなかったんですけど、トミが19歳?アジア杯の前に入ってきた時、初めて『あっ、抜かれるな』って思いました。最初に思いました。で、やっぱり抜かれました(笑)。でもそれが日本が成長する上で正しい道のりだし、トミがステップアップしてビッグクラブでプレーしてくれたことは次の選手たちにも扉を開いたと思いますし、まだまだ頑張って欲しいですね」
そんな旧知のCBコンビだが、ピッチ上で再会するのはこの日が3年半ぶりだった。
共に出場したカタールW杯後、吉田はA代表から遠ざかり、冨安も度重なる負傷で代表参加は限定的だった。冨安は24年1〜2月のアジア杯で一度は「22番」を継承していたが、大会後に着けたのは同年6月のシリア戦1試合のみ。中澤佑二から連なる伝統の番号が定着しない時期が続いた。
それでも吉田の心は決まっていた。「僕が代表から外れた後、電話で『22番を着ける』って言ってくれて、それが一番嬉しかったこと」。冨安はアジア杯で背番号を受け継いだ際、吉田への電話について「連絡したら『なんやそれ』って言われたので、大きな意味はなかったのかな」と苦笑いで明かしていたが、どうやら単なる照れ隠しだったようだ。
そんなすれ違いの過去も経て、3年半ぶりの再会となったアイスランド戦。吉田は往年の「22番」、冨安はMF鎌田大地の不在を埋める「15番」で揃って先発し、吉田が交代するまでの12分間にわたって3バックで共演した。吉田は冨安のプレーぶりに「能力が高いんで」と目を細めていた。
冨安にとっても想像以上の好感触があったようだ。取材エリアで吉田の隣に立ち止まった後、冨安は「僕も2年この代表でやっていなかったし、麻也さんも4年ぶりですよね。なのに良い意味で普通というか、違和感なくやれたなと僕は思っているんですけど、どうですか?」と嬉しそうに問いかけ、少しばかり目を潤ませながら吉田への思いを口にした。
「本当にずっと隣でたくさんのことを学ばせてもらいながら、たくさんの試合、練習をこなさせてもらったので……。本当にこの場にいられて良かったな、という思いしかないです」。そう口にしてこの場を後にした冨安。数々の苦難を乗り越えて辿り着いたW杯、直々に託された22番がきっとその背中を押してくれるはずだ。
(取材・文 竹内達也)
偉大なレジェンドに贈られた盛大な花道は、伝統の「背番号22」を正式に引き継ぐ継承セレモニーでもあった。
日本代表復帰を果たしたDF吉田麻也(LAギャラクシー)は1試合限定招集されたキリンチャレンジカップ・アイスランド戦後、報道陣を前に「22番は今日からトミのものです」と高らかに宣言。大切に育ててきた後輩のDF冨安健洋(アヤックス)に自らの代名詞を受け継ぎ、熱くワールドカップに送り出した。
「今の強さは冨安。冨安が22番を……これから10年くらい着け続ける予定だよな?」
冨安は恐縮した様子を滲ませながらも、はっきりと答えた。「はい。麻也さんにいろいろ学ばせてもらったので。この場にいられて良かったなと思います」。冨安はそのまま歩き去るかと思われたが、かつて連れ添った先輩と別れるのが名残惜しい様子で、その場に立ち止まったまま異例の“同時”囲み取材が始まった。
冨安が初めてA代表に選ばれたのは第1次森保ジャパンが発足した2018年9月。続く10月にA代表デビューを果たした際、当時の吉田は19歳の若きディフェンダーの台頭に喜びのコメントを残していた。
「マンツーマンの対応、ラインコントロール、一つ二つの能力が突出しているというより、全ての能力が平均的に高い。僕にタイプが似ているんじゃないかな」。自身との比較については「それ(自分)よりも全然可能性があると思う」と太鼓判。並ならぬ期待をかけている様子だった。
吉田の見込みが正しかったことは早々に証明された。冨安は2019年1〜2月のアジア杯から主力に定着し、吉田と盤石のCBコンビを形成。クラブレベルでも同年夏、当時所属していたシントトロイデンからセリエAのボローニャにステップアップ移籍し、弱冠20歳にして欧州5大リーグに辿り着いた。
吉田は当初から冨安と熱心にコミュニケーションを取り、自身の経験を懸命に伝えようとしていた。長期にわたるアジア杯期間中には失点につながらなかったシーンも映像で振り返り、ハイレベルな相手に必要な対応法を一つひとつ確認していた。同年秋のW杯2次予選、冨安が軽い肉離れで負傷交代した際には、自身が過去に同じ経験をして悔やんだことを赤裸々に明かし、過密日程で無理をしすぎないことの大切さを説いたこともあった。
その後、吉田と冨安は21年夏の東京五輪でもCBコンビを組み、コロナ禍無観客の短期決戦を戦い抜いた。大会後、冨安はアーセナルにステップアップ。プレミアリーグで7年半を過ごした経験を持つ吉田は当時「楽しみだなと素直に思うし、とてもうらやましい」と心境を吐露しつつ、夢のビッグクラブ移籍に「新たな壁を破って切り拓いてほしい」と夢を託していた。
吉田は当時の記憶を次のように振り返る。
「今までずっと代表でやってきて、若い選手がどんどん入ってくる中で一回も感じたことなかったんですけど、トミが19歳?アジア杯の前に入ってきた時、初めて『あっ、抜かれるな』って思いました。最初に思いました。で、やっぱり抜かれました(笑)。でもそれが日本が成長する上で正しい道のりだし、トミがステップアップしてビッグクラブでプレーしてくれたことは次の選手たちにも扉を開いたと思いますし、まだまだ頑張って欲しいですね」
そんな旧知のCBコンビだが、ピッチ上で再会するのはこの日が3年半ぶりだった。
共に出場したカタールW杯後、吉田はA代表から遠ざかり、冨安も度重なる負傷で代表参加は限定的だった。冨安は24年1〜2月のアジア杯で一度は「22番」を継承していたが、大会後に着けたのは同年6月のシリア戦1試合のみ。中澤佑二から連なる伝統の番号が定着しない時期が続いた。
それでも吉田の心は決まっていた。「僕が代表から外れた後、電話で『22番を着ける』って言ってくれて、それが一番嬉しかったこと」。冨安はアジア杯で背番号を受け継いだ際、吉田への電話について「連絡したら『なんやそれ』って言われたので、大きな意味はなかったのかな」と苦笑いで明かしていたが、どうやら単なる照れ隠しだったようだ。
そんなすれ違いの過去も経て、3年半ぶりの再会となったアイスランド戦。吉田は往年の「22番」、冨安はMF鎌田大地の不在を埋める「15番」で揃って先発し、吉田が交代するまでの12分間にわたって3バックで共演した。吉田は冨安のプレーぶりに「能力が高いんで」と目を細めていた。
冨安にとっても想像以上の好感触があったようだ。取材エリアで吉田の隣に立ち止まった後、冨安は「僕も2年この代表でやっていなかったし、麻也さんも4年ぶりですよね。なのに良い意味で普通というか、違和感なくやれたなと僕は思っているんですけど、どうですか?」と嬉しそうに問いかけ、少しばかり目を潤ませながら吉田への思いを口にした。
「本当にずっと隣でたくさんのことを学ばせてもらいながら、たくさんの試合、練習をこなさせてもらったので……。本当にこの場にいられて良かったな、という思いしかないです」。そう口にしてこの場を後にした冨安。数々の苦難を乗り越えて辿り着いたW杯、直々に託された22番がきっとその背中を押してくれるはずだ。
(取材・文 竹内達也)
