パナソニック硬式野球部ナイン【写真:喜岡桜】

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創部76年の名門・パナソニック硬式野球が2026年限りで活動休止

 数多くのプロ野球選手を輩出してきた名門・パナソニック硬式野球部が、創部76年目の2026年シーズン限りで活動を休止することが決まった。昭和時代の終身雇用と違い、転職が珍しくなくなった時代。従業員の一体感醸成などの目的でつくられた社会人野球部が、活動を続けていく意義は何か。井上貴晴監督は「もう少しチームの価値をつくることができていれば、休部は免れたんじゃないか」と唇を噛んだ。

 パナソニック硬式野球部は、1917年に松下幸之助氏が創業した「松下電器器具製作所」が上場した翌1950年に「松下電器野球部」として創部。これまで、社会人野球の最高峰である都市対抗へ57回出場し、全日本選手権も2度制している。OBには、「世界の盗塁王」の異名を持つ福本豊氏、阪急で新人王を獲得した山口高志氏、“魔球”シンカーで西武の黄金期を支えた潮崎哲也氏など、プロ野球史に名前を残す選手がいる。

 自身も大学卒業後に外野手として入部し、全国大会制覇を目指した井上監督は「近年は結果を残せていません」と現実を見据える。「勝負事なので仕方ない部分はある」と現役選手たちの心に寄り添ったが、以前から会社には「結果を残して、強いパナソニックを示さないと事業としては成功ではない」と指摘されていたと語る。

「我々はパナソニック・スポーツに出向という形で所属しています。同じ社のサッカーやアメフトのように、プロチームなら、チケットやグッズを販売することで事業として成立するんですが、硬式野球部はアマチュアなので利益を出すことができません。スポーツだけでなく、パナソニックは結果を出せていない事業は売却するなど、前々から構造改革はやっていたので、『結果を残してください』と言われていました。我々は、残せなかったということになります」

井上監督が選手に伝えた思い「後ろを振り返っている暇はないよ」

 入社15年目を迎えた井上監督は、今年4月から野球専業でなく、社業をしながら野球をする就業形態へと変わった。日々の仕事を通し、従業員同士の会話が増えたことで痛感した思いもある。「硬式野球部と従業員に距離があると感じましたし、会社への貢献度が低かったと感じています。僕の思考が足りなかった」と悔やんだ。

「パナソニックほどのチームが休部なら、俺らはどうなるねんと言われます」と社会人野球関係者とのやり取りを明かすと、同社の休部発表によって生まれた社外への影響を「申し訳ない」と抱え込んだ。

 だが、時計の針は止まってくれない。2026年のシーズン始動時、井上監督は「我々には時間がない。後ろを振り返っている暇はないよ」と選手に伝えた。「試合中は休部が頭をよぎることはありません。試合が終わったとき、勝てているかどうかに重きを置いています。ビハインドでもどんどん仕掛けていきます」と指揮官。“いつかの復活”へつながるよう、名門の歴史に恥じない最後にするつもりだ。

 智弁学園時代に侍ジャパンU-18の主将を務め、近畿大から2024年に入社した副主将の坂下翔馬内野手は、昨年12月8日、報道各社へプレスリリースが送られる30分前に休部を伝えられた。「すごく寂しい」と心中を明かすも、「ラスト1年という想いを、自分たちはマイナスに捉えていません。勝ち進むための原動力になっています」と意気込む。「今、全員の気持ちが1つの方向へ向いているんです。全員が全てをかけている、まさに今年のスローガンである『ALL IN』の状態です」と、チーム全体に覚悟が漂っていると語った。

 今月14日には、都市対抗に14回出場しているセガサミーも2026年シーズン限りでの廃部を発表した。どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで、未来がどうなるものでもない。今のパナソニック硬式野球部にできることは、どのチームよりも最善を尽くすということ。休部するその瞬間まで、立ち止まる“選択肢”はない。(喜岡桜 / Sakura Kioka)