(※写真はイメージです/PIXTA)

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数年前に妻を見送り、地方都市で一人暮らしをしているミツルさん(仮名・69歳)。月15万円の年金を受け取り、正月休みに帰省してくる息子一家と孫の顔を見ることを楽しみに、穏やかな老後を送っていました。しかし、ある日の午前中、自宅の「固定電話」が鳴ったことで事態は急変します。受話器の向こうから聞こえてきたのは、「会社の金を失くした、逮捕される」という息子そっくりの声。親心につけ込んだ現代における詐欺の実態に迫ります。

穏やかな日常を壊した「見知らぬ番号」からの着信

ミツルさん(仮名・69歳)は、数年前に妻を見送り、現在は実家のある地方都市で一人暮らしをしています。

現役時代は真面目に働き、年金受給額も月15万円と、贅沢をしなければ穏やかに暮らしていけるだけの備えがありました。

ミツルさんの今の最大の楽しみは、都会で家庭を持った一人息子の一家が、正月休みに孫を連れて帰省してくることでした。

年の瀬も迫ったある日の午前中、ミツルさんの家の電話が鳴りました。画面には登録されていない見知らぬ番号が表示されていましたが、何気なく電話に出てみると、聞き慣れた声が切羽詰まった様子で飛び込んできました。

息子そっくりの声から「父さんしか頼れる人がいない」

「父さん、俺だけど。ごめん、携帯をトイレに落として壊しちゃって、会社の携帯からかけてるんだ」

声の調子や話し方が息子にそっくりだったため、ミツルさんはすっかり信じ込んでしまいました。息子を名乗る男は、言葉を詰まらせながら信じられない事実を口にしました。

「会社の重要な書類が入ったカバンを電車に置き忘れてしまったんだ。取引先に多大な損害を与えてしまって、今日中に示談金として900万円を用意しないと、横領で警察に捕まって懲戒解雇になる」

ミツルさんの口座には、老後の医療費や介護費用として蓄えてきた定期預金はあったものの、簡単に手を出せる金額ではありません。

「900万円なんて、そんな大金……」

しかし、電話口の男は「俺の人生が終わってしまう。頼む、父さんしか頼れる人がいないんだ」と泣きついてきました。

息子の未来を守るために老後資金900万円を振り込む

正月に孫の顔を見るのを楽しみにしていたミツルさんは、息子が犯罪者になってしまうという恐怖でパニックに陥りました。

男からは「会社の上司にも迷惑をかけているから、絶対に他の人にはいわないでほしい。銀行の窓口で理由を聞かれたら『実家の修理代だ』と答えて」と巧妙に指示され、ミツルさんは誰にも相談できない状況に追い込まれていました。

老後資金を失うことに葛藤しながらも、ミツルさんは息子の未来を守るため、震える足で付き合いのある金融機関へ向かいました。窓口で不審に思われないよう必死に嘘をつき、定期預金を解約。男の指示通り、指定された口座へ900万円を振り込んでしまったのです。

「なんのこと?」息子のひと言で、取り返しのつかない事実が発覚

振り込みの手続きを終え、自宅に戻ったミツルさんは安堵に包まれました。

「これで息子は助かる」と思い、報告のために“いつもの息子の携帯番号”へ電話をかけました。

「ああ、父さん? どうしたの?」

「お金、無事に振り込んだぞ。会社の方は大丈夫なのか? というか携帯も普通につながるじゃないか」

「なんのこと? てか、えっ、お金振り込んだってどういうこと?」

電話口の息子の声は、ひどく間の抜けたものでした。その瞬間、ミツルさんの頭は真っ白になりました。

「嘘だろ……。俺の老後資金900万円が……」

ミツルさんはようやく騙されていることに気がつきました。しかし、すべてが手遅れだったのです。

被害額1,100億円超…データが示す〈固定電話〉から始まる詐欺の実態

警察庁が公表した「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について」のデータから、ミツルさんのような高齢者を狙った詐欺の最新動向が明らかになっています。

データによれば、特殊詐欺のなかでも「オレオレ詐欺」の被害が爆発的に増加しています。令和7年のオレオレ詐欺の認知件数は1万4,393件にのぼり、前年比で急増しました。被害額も1,121億円を超えており、社会全体に深刻なダメージを与えています。

近年、携帯電話を入り口としたオレオレ詐欺が20代などの若い世代にも急増していますが、ミツルさんのような60代以上の高齢者に限ると、依然として「固定電話」への着信から被害に遭うケースが圧倒的多数を占めています。

犯行グループは、自宅の固定電話に出た高齢者に対し、家庭を築き上げた責任感やこどもへの愛情の強さに巧妙につけ込みます。自宅という閉鎖空間で「誰にもいわないでくれ」と電話越しに指示を出し続けることで、被害者を物理的にも心理的にも完全に孤立させる手口が見て取れます。

高齢者が老後のために築き上げてきた大切な資産が、安心できるはずの自宅の固定電話を通じて、奪い取られてしまう詐欺の恐ろしい実態が現代にはびこっています。

ミツルさんのような悲劇を未然に防ぐためには、「自分は騙されない」という過信を捨て、物理的な対策を講じることが不可欠です。

具体的には、「見知らぬ電話番号には出ない」「着信があった番号をネットで検索し、発信元を把握する」「知らない番号で家族を名乗られた場合はいったん電話を切り、“本当の電話番号”にかけ直して事実確認をする」といった行動が有効です。

犯人の巧妙な話術に飲み込まれないための防御法は、「電話越しの相手」を疑う勇気を持つことです。築き上げてきた大切な資産や家族を犯罪から守るためにも、今日からこれらの対策を心がけてみてください。

[参考資料]

警察庁「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)」