LINEヤフーは”社員の失望”とどう向き合うのか…フルリモートを約束→廃止の企業に求められる「優秀層の退職を防ぐ制度設計力」
2026年4月、LINEヤフー社は新拠点「赤坂オフィス」の開設に伴い、週3回出社を原則とする体制への段階的な移行を公表した。この発表を受け、SNS上では議論が紛糾。
特に旧ヤフーのXの採用アカウントが2020年9月に発信した「コロナ収束後もフルリモートを継続する」といった趣旨の過去投稿が改めて注目され、当時の方針との整合性を問う声が相次いでいる。
この件について、30年以上人事の現場を見てきた組織人事コンサルタントの曽和利光氏は「よい、悪いの二択の考えに意味はなく、『共創』と『育成』を取りにいく強い経営意思の表明と捉えるべきです。ただ同時に、採用ブランドや心理的契約という『見えにくい資産』に影響を及ぼし得る、繊細な経営判断でもあります」と語る。
前編記事〈LINEヤフーが炎上覚悟で「フルリモート勤務」を廃止したワケ…ネットの巨人が無視できなかった「出社回帰の合理性」〉では、出社シフトで生まれる経営上のメリットなどを解説している。
本稿では、大きな制度変更が社員に与える影響や企業に求められる制度の設計力などについて、曽和氏が詳しく解説する。
納得なき変更で生じる「代償」
フルリモート廃止に経営上の合理性があったしても、この種の変更で最も難しい論点は、制度の中身そのものより、実は心理的契約の取り扱いにあります。
組織行動論で言う心理的契約とは、雇用契約書には書かれない相互期待、つまり「約束だと信じられているもの」のことを指します。DeniseRousseau(デニース・ルソー)の古典的整理によれば、心理的契約は当事者が「約束がなされた」と信じることで成立し、その違反認知は態度と行動をマイナス方向に変えてしまうことがあるとされています。
2020年のSNS投稿は、もちろん法的拘束力を持つほどの約束ではありません。しかし「期待形成」としての効果は、文書化された規程に劣らないほど強いものです。一度形成された期待は、後日の方針変更を「裏切られた」と受け取られやすくしてしまう。
近年では、リモート勤務の機会が心理的契約の一部になってきたことが様々なところで指摘され、変更はコストなしでは行えないと言われています。
人事担当者として肝に銘じておきたいのは、「事実として違法でないこと」と「心理的に納得されること」は別物だ、ということです。法務的にクリアでも、納得が得られなければエンゲージメントは下がり、優秀層から静かに辞めていく。「見えにくいコスト」は、後から請求書として届きやすいのです。
人事のプロが提言「7つのこと」
では、どうすればよいのでしょうか。方針の正否を争うより、「変化を扱う力」を組織能力として示すことが本質だと私は考えています。実務的な提言を七つに整理します。
第一に、見直し条件の明示です。「何が起きたら出社を増やす/減らす」をKPIとセットで提示することです。意思決定リードタイム、オンボーディング期間、部門横断PJの手戻り回数、エンゲージメント、離職意向など、こうした指標を社内に開示し、定期的にレビューする。出社が「信仰」ではなく「仮説検証」になった瞬間、納得性が生まれます。
第二に、例外をきちんとした「制度」として扱うこと。育児・介護・治療・障害・遠隔居住は「例外」ではなく、多くの企業で既に常態です。基準・手続・守秘・更新をルール化し、現場上長の恣意に任せない。公平感はここで決まります。
第三に、代償措置と経過措置の用意。転居猶予、段階導入、遠距離通勤者への補助、サテライトやコワーキングの活用。就業規則の不利益変更における合理性判断でも、代償措置は重要な考慮要素となり得ます。
第四に、出社日の業務内容の工夫。出社しても会えない、会っても会議ばかり、では摩耗するだけです。出社日を、オンボーディング、コードレビュー、企画レビュー、顧客同席のワークショップ、部門横断の意思決定など、対面である必然性が高い活動に寄せる。集中作業はリモートに寄せる。この設計が整うと、ハイブリッドは強くなります。
第五に、評価制度との整合。出社の多寡が評価に影響するように見えた瞬間、心理的安全性は崩れます。「近接性バイアス」(近くにいる人に好意的に思う)を避けるためのガードレールを明文化し、管理職への教育を行うことが必要です。
第六に、データ開示と対話プロセス。Gartnerの調査では、出社回帰が離職を増やすことへの懸念はHR側で広く共有されています。だからこそ、社員の声を拾う仕組み(サーベイ、タウンホール、個別相談窓口)を"先に"置き、決定後も改善を続けることが肝要です。
第七に、採用戦略のアップデート。地域採用の優位を残したいなら、職種別に「リモート比率の高い役割」を残す、地方拠点やサテライトを組み合わせる、出社前提の職種でも転居支援とセットにする。こうした再設計が必要になります。国土交通省の最新調査(令和7年度)でも、テレワーク実施率は減少から増加に転じ、安定基調にあるとされています。そのような候補者のリモートワーク志向そのものは消えません。
決め方と直し方が問われる
最後にもう一度強調させてください。
LINEヤフーの今回の決定が正しいか間違っているかを論じることに、私はあまり意味を感じていません。週3回出社が正解の企業もあれば、フルリモートが正解の企業もあります。職種構成、評価制度、管理職の力量、そして出社日の設計によって、結果はまったく違ってくるからです。
経営や人事として問われるのは、決定そのものではなく、「決め方」と「直し方」です。なぜそう決めたかを言語化できるか。例外と代償をどう設計するか。データに基づいて修正する勇気があるか。そして、社員と候補者に対して、誠実に説明し続けられるかということではないかと思います。
働き方をめぐる議論は、これからも揺れ動くでしょう。
出社回帰の波の次には、また別の最適解が現れるかもしれません。そのたびに右往左往するのではなく、「変化を扱える組織」をつくっておくこと。それが、いま経営や人事部門に求められている最大の責務ではないでしょうか。
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