ライバル店で子供が「マクドナルドください」…藤田田が日本での店名を「マクダーナルズ」にしなかった天才的直感
※本稿は、藤田田『起業家のモノサシ』(KKベストセラーズ)の一部を再編集したものです。

■なぜ「マクダーナルズ」ではダメなのか
マクドナルドで私が成功したひとつの理由は、店名を「マクドナルド」としたからである。
マクドナルドを英語読みにすると「マクダーナルズ』になる。はじめ、アメリカの連中は「マクダーナルズ』という共通の呼び名で世界にチェーンを広げているのだから、日本でもそれでいきたい、といった。
「日本語というのは、3音か5音か7音で成立している。3音か5音か7音で音が切れない“マクダーナルズ”では、日本人には受けない。日本で事業をしたいのなら、3音で切れる“マクドナルド”にすべきだ」そう主張した。
「マクドナルド』といえば、6音で長いが、3音ずつ切れる「マクド/ナルド」がいい、といったのだ。日本人はこうした場合、けっして「マクドナルド」とは切らない。「マクド」と「ナルド」を切りはなして発音する。
そのほうが、日本語のフィーリングに近く、親しみやすいからだ。もちろん、日本語のわからないアメリカ人たちは、「マクドナルド」に難色を示した。しかし、私も「マクドナルド」をゆずらなかった。今では、押し切ってよかった、と思っている。
■単なる「ハンバーガー」ではダメだ
それと、ネーミングではもうひとつ、成功している。「マクドナルド・ハンバーガー」と、常に「マクドナルド」に「ハンバーガー」をくっつけたことだ。
「マクドナルド」だけでも「ハンバーガー」だけでもなく、最初から「マクドナルド・ハンバーガー」と二つをひとつの商品名にして、売って売って売りまくったのだ。表音文字の漢字民族の日本人には、これは効果があった。
たとえば「村」という漢字は「木」と「寸」でできている。単独で読めば、あくまでも「木」は「木」、「寸」は「寸」である。ところがこれが一緒になると、まったく別の「村」という字になり、意味もまったく違ってくる。
「マクドナルド」も「ハンバーガー」も片仮名であるが、これを一緒にして「マクドナルド・ハンバーガー」と続けることによって漢字的に作用させることを私は狙った。これも狙いどおりに成功した。
看板も広告もすべて「マクドナルド・ハンバーガー」として「ハンバーガー」を「マクドナルド」からはなさなかったのが大成功だった。つねに「マクドナルド・ハンバーガー」と続けて書いた看板を眺め、続けて読んでいるうちに、一般の人の意識の中で、両者は不可分のものになってしまったのだ。
つまり「マクドナルド」と聞いただけで「ハンバーガー」を連想するようになったのだ。
■ライバル店でも「マクドナルドください」
先日、大阪へ行ったとき、ある人が私にいった。
「藤田さん、マクドナルドのライバル店ができましたよ。そこでもやはりハンバーガーを売っています。面白いから行ってみましょう」
「何が面白いのですか」と私がたずねると、「とにかく行ってみればわかりますよ」とニヤニヤするばかりだ。仕方なく、その店に連れて行ってもらった。
ところが行ってみると、子供たちがやってきて、「マクドナルドください」とハンバーガーを注文する。来る子供、来る子供、みんな、「マクドナルドください」という。
「ね、面白いでしょう、藤田さん」案内してくれた人はそういって笑ったが、このとき私は、「マクドナルド・ハンバーガー」と常に続けて、漢字的に表現してよかった、としみじみ思ったものだ。

■日本語で「語呂がいい言葉」は3、5、7音
漢字的表現を徹底したために、今や「マクドナルド」は「ハンバーガー」の代名詞になってしまったのだ。今、振り返ってみて、うまくいったと思う。
日本語は、俳句にしろ短歌にしろ、すべて、5、7音が基礎になっている。日本語で語呂がいいという場合は、3、5、7音で成立している。「マクドナルド」も今では、単に「マクド」といわれることが多くなった。
「マクドの誰が来た」とか「マクドの広告を見た」というように使われている。この前も国文学の大家の暉峻(てるおか)康隆先生とお話する機会があったが、暉峻先生も「マクド/ナルド」と三音ずつに区切って発音しておられた。
私があえて「マクダーナルズ」をけって『マクドナルド』を主張したのが正しかったことは、暉峻先生が「マクド/ナルド」と発音されたことで証明されたようなものだ。このライバル店で子供たちが「マクドナルドください」というのを聞いたとき、私は、マクドナルドは勝っている、と思ったものだ。
■マクドナルドの看板が赤と黄色の理由
日本にマクドナルドを開店するに当たって、私は看板の色にも気をつけた。そして、看板の色は赤、「マクドナルド・ハンバーガー」のかしら文字のMの色は黄色に決定した。信号でいえば、赤は「停まれ」で、黄色は「注意」である。

街頭を歩いている人は、10人が10人、マクドナルドへ来る目的を持っているわけではない。わが社の調査によれば、客の25パーセントは、マクドナルドに来る目的で家を出ている。残りの75パーセントは、マクドナルドに行こう、という目的で街に出た人ではない。
そんな人が看板を見る。看板の赤を見て、はっとして立ち止まる。そして「注意」の黄色のMのマークを見る。その横に「マクドナルド・ハンバーガー」と書いてある。そこで、「マクドナルド・ハンバーガー。食べてみるか……」かくして、店に入って、ハンバーガーを注文する。
■紫色や茶色の看板は「どういうつもりだ」
この「赤」と「黄色」の作戦は、当たった。

昨今は、どの店もマクドナルドを真似て、赤と白の看板を出すようになった。中には、赤と黄色というマクドナルドの配色をそっくり真似た大手の食品メーカーのチェーン店も現れた。
ときには、紫色とか茶色の看板を見かける。私は紫色や茶色の看板を見ると、ここの経営者は一体どういうつもりであんな色の看板を出すのだろう、と首をひねらざるを得ない。
あまり、人が好む色ではないからだ。そういう色の看板を見ると、私はその店の経営者が、「ウチの店には客はいらないんだ」とか、「絶対にこの店に入ってもらっては困る」といっているような気がしてならない。
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藤田 田(ふじた・でん)
日本マクドナルド創業者
1926年大阪生まれ。旧制北野中学、松江高校を経て、1951年東大法学部を卒業。在学中GHQの通訳を務めたことがきっかけで「藤田商店」を設立、学生起業家として輸入業を手がける。1971年、米国マクドナルド社と50:50の出資比率で「日本マクドナルド(株)」を設立。同年7月、銀座三越1階に第1号店をオープン。そこからハンバーガー旋風を巻き起こし日本人の食生活を変えていく。「価格破壊」など革新的な手法を次々と展開した。のちに「日本トイザらス」も設立。2004年没。孫正義氏、柳井正氏ら、日本を代表する企業を率いる経営者たちに影響を与えたとされる。『ユダヤの商法』『勝てば官軍』など著作多数。
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(日本マクドナルド創業者 藤田 田)
